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テオ

 テオという男は、ひょろりとした体に白衣をまとった、いかにも研究者然とした人物だった。見るからに顔色が悪く、無精髭を生やし、目の下にはひどいクマがある。


「・・・・・・グレイの研究所に行きたいって?」

 トルクに紹介されてすぐに用件を告げると、彼は少し驚いたようだった。

「あたしが危なく温室で植物の餌になりそうなところを助けてもらったんだ。お礼に場所教えてやってくれない?」

 横からトルクが助け船を出してくれる。

「ふうん。まあ君まで喰われると、あそこの採取が出来る人間がいなくなるところだったからね。場所を教えるくらい、別にいいけど」

 ・・・・・・明らかに他に植物に喰われた人がいるらしき発言は聞かなかったことにしよう。俺はただ頭を下げた。


「ありがとうございます! それで、グレイの研究所ってどこにあるんですか?」

「教団の奥に古代の文献や書類を収蔵した図書館があるんだけど、そこをグレイが勝手に改造して研究所にしている。もちろんだが一般人は入れないよ」

 やはりあっさりとは会えないようだ。


「あんたの植物は、グレイと取引してたりしないの? あたしがこの間取ってきた毒草とか、あいつ欲しがるでしょ」

「確かに、時々取引はするけど・・・・・・。基本は物々交換だ。今は特にグレイと交換したいものはないよ」

「そんなの適当に用意すればいいじゃないの」

「俺がそこまで手配してやる義理はないだろう」

 確かに、彼にとっては何の益もない話。そこまでしてもらえる理由がない。

 どちらにしろ、正確な場所が分かっただけでも俺にとってはありがたかった。


「トルクさん、大丈夫。あとは自分たちでなんとかするよ」

「うむ、大丈夫ですよ、スバルもいるですし。じゃあとっとと行くです、ターロイ」

 今まで研究者を警戒して目深にマントをかぶり、無言で俺の後ろに隠れていたスバルが、ここからの離脱を促すようにひょこりと顔を出した。


「あれ、女の子?」

 俺とトルクに全く興味を示さなかったテオが、即座にスバルに反応する。

 それにびく、と肩を震わせた彼女は慌ててまた俺の後ろに隠れた。

「あ、ええと、俺の連れです」

「マントで顔を隠してるから分からなかった。恥ずかしがり屋なのかい?」

 さっきまでのぶっきらぼうな反応はどこへやら、声音が妙に丸くなっている。


「インザークにいる女はトルクみたいな男勝りか、研究一辺倒で性格に癖のあるやつばかりで、普通の女の子っていないんだ。良かったらマントを脱いで、ちょっと話をしようよ」

 スバルの存在になんだかそわそわしているテオは、正直ちょっと怪しい人っぽい。歳は俺の一回り上くらいに見えるから、余計に。

 もちろんスバルも更に警戒したようで、俺の上着の裾を掴んでぶんぶんと首を振った。


「マ、マントは脱げないです! 温室で植物に着てた服をぼろぼろにされたですから!」

 おそらくこのマントを取ったらめっちゃ毛を逆立てているんだろうなあ。しかし向けられているのが敵意じゃないから、威嚇をするにもしきれない様子だ。

 そして目の前の男も、女慣れしていないからなのか、そんなスバルの反応にニマニマしている。


「そうなのか。うちの研究植物が悪いことをした。しかし恥ずかしがってマントを脱げないなんて、奥ゆかしいね」

 今の彼女は全然そんな表情じゃないんだけど。苦虫を口いっぱいにほおばって噛みつぶしたような顔をしている。


「す、すみません、これからスバルの服も買いに行かないといけないので、そろそろ・・・・・・」

 スバルの腕に鳥肌が立っているのに気が付いて、これ以上ここにいると彼女がテオに噛み付きそうだと、俺は話を無理矢理切り上げることにした。

 それに彼が見るからにがっかりした顔をする。

「ええ、もう? それは残念だな・・・・・・。そうだ、じゃあ俺の植物が悪さをしたお詫びに、これを持って行きなよ」


「これは・・・・・・?」

 テオが差し出して来たのは根が人型のように割れた植物だった。

「マンドレイクだよ。栽培が難しい植物で、使い方次第で毒にも薬にもなる。グレイはこういう自分のさじ加減でどうにでもなるものに目がないんだ」

「え、いいんですか?」

「お前にじゃないよ。スバルちゃんにだ」

「・・・・・・さっきまでそんなことする義理はないって言ってたくせに、現金だねえ」

 隣のトルクから彼に注がれる視線が冷たい。


「何とでも言え。さあ、スバルちゃん。受け取りにおいで」

 名指しされたスバルがびくう! と体を強ばらせた。

 しばしおろおろとして、一度俺を見て、それからテオの持つ植物を見る。そこでさらに躊躇っていたけれど、彼女は意を決したように彼に近付いた。恐る恐ると。


「あ、ありがとうです・・・・・・、っ!?」

 そしてマンドレイクを受け取るために手を差し出した。それを乗せるついでに手を重ねるようにテオに握られて、スバルが固まる。

「ちょっと、テオさん!」

「近くで見るとさらに可愛いね。指も細いし・・・・・・」

「いい加減にしろ、テオ」

 俺が慌てて助けに行く前に、トルクが見かねてスバルをテオから引き剥がす。そのままこちらに押されて、すごい険しい顔で戻ってきたスバルは、すぐに俺の後ろに隠れてしまった。


「だ、大丈夫? スバル」

「・・・・・・ああいうタイプの人間は初めてで・・・・・・恐ろしいです・・・・・・」

 めっちゃブルブルしてる。

 しかしそんな彼女の様子を正しく読み取っていない男は、まだ恥ずかしがっているだけだと思っているようだ。


「マンドレイクは増強剤と交換してきてくれよ、スバルちゃん。それで次に来るときは、新しい服を着て、今度こそ恥ずかしがらずに俺に見せてくれよな!」

「次・・・・・・!?」

「それは交換用に貸すだけだから、交換したものは持って帰って来てもらわないと。そうだ、教団宛に一筆書いてやるよ! その方がスムーズに事が運ぶだろ?」


 ・・・・・・いや、ありがたいけれど。

 妙な男に気に入られてしまったようだ。スバルはもはや涙目だった。


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