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彼女の正体

「・・・・・・ええと、ありがとうございました」

 その後スバルは俺が助けた女性にあっさりと助け出され(まぎらわしい)、俺は温室の外で礼を言った。


「いや、礼を言うのはあたしの方だろ。よく見つけてくれた。危うくあのまま洒落にならない痩身術になるとこだったよ。そっちのお嬢ちゃんも、あたしのせいでごめんね」

「全くです! お前はこんなとこで何してたですか、もう!」

 衣服のほとんどをぼろぼろにされてしまったスバルが、それを隠すようにマントを前で合わせたままぷりぷりと怒っている。


「ああ、あのドラゴンネペントって獣を誘う蜜腺の分泌液があるんだけど、結構いい値で売れるんだよね。それを取ろうと思ったら、つるっと滑ってぽちゃーんと」

 あれ、何かどこかで聞いた話が。

「・・・・・・てっきり武闘家かと思ったんだけど、あなた商人なんですか?」

「武闘家で合ってるよ。ただ父親が商人やっててさ、折角だから次に会ったときにお土産にでもと思って」


「武闘家で、父親が商人って・・・・・・」

 思い当たる人が一人いる。スバルの服を選んでいるときに聞いた、酒を飲むと性格が変わり、酔ってミシガルの城壁に穴を開けたという・・・・・・。

「ところで青年、もしかしてターロイって君? この間父さんがドラゴンネペントに閉じ込められて、それをターロイって人が割って助けてくれたって言ってたんだ。あれを割れる人間なんてそうそういないからね」

「あなた、トウゲンさんの娘のトルクさんですか・・・・・・」

 当たりだ。まさか父親と同じ出会い方をするとは。


「しかし、何でこんな危ない研究用の温室にわざわざ土産を取りに? それに無断で入って蜜を取ったら泥棒ですよ」

「無断じゃないよ。旅の資金稼ぎにこの施設の持ち主の仕事を請け負っててね。この中の危険な植物を採取してくる代わりに、稀少な素材を分けてもらってるんだ。もちろん死んだら自己責任だけど」

 そんな言葉をさらりと口にする。

 本当にさっきの姿とは別人だ。


「いつもは何の問題もないんだけどね。今日はたまたまネペントの中に落ちたときに酒が切れちゃってさ。荷物も下ろしてたから燃料補充できなくて、今回は正直やばかった。本当に助かったよ。何かお礼ができればいいんだけど」


「あ! あの、それなら」

 はたと、彼女がこの施設の研究者と知り合いなことに思い至って、俺はその言葉尻に乗っかった。

「その依頼主の方を紹介してもらえませんか? 俺たち教団のグレイという人の研究所を探してて、この町の人なら知ってるかと思うので・・・・・・」

 訊ねると、トルクは目を丸くして、それから怪訝そうな顔をした。


「グレイ? あの変態に何の用があるんだ?」

「トルクさんはグレイを知っているんですか?」

 これは予想外。それにしても、グレイの代名詞は変態が定番なのだろうか。

「あいつは一部で有名人だからね。教団の異端児だし。正直、すすんで会いたい男じゃないことは確かだ。・・・・・・まあ、こっちの依頼主もグレイに負けず劣らずの変態じみた研究オタクだけど」

 彼女は肩を竦めてから、何かを思案するように頭を掻いた。


「でもあいつに会うためなら、有効な人選かもしれないね。グレイは動植物の神経毒などの毒性学にも造詣が深い。依頼主・・・・・・テオって言うんだけど、テオの育てる植物ならグレイが取引をしているかもしれないよ」

「本当ですか!? じゃあ、是非紹介して・・・・・・」

 思わぬ朗報に前のめりになる。

 しかしそんな俺を遮って、ふいと彼女が視線をスバルの方に逸らした。


「ちょっと待って、その前に訊きたいことがある。お嬢ちゃんの、その耳と尻尾は本物?」

「え? あ・・・・・・えーと、それは・・・・・・」

「そうですよ。スバルは獣人族です」

 一瞬、答えていいものかと口ごもった隙に、スバルが素直に肯定してしまった。相手がトウゲンの娘とはいえ、そんな簡単にばらしていいんだろうか。真っ正直過ぎるのも考えものだ。


 けれど焦った俺をよそに、トルクは特に驚いた様子もなく頷いた。

「やっぱり。本物は初めて見たけど、ほとんど人間と変わらないんだね。・・・・・・とりあえず、この街ではそのマントをかぶって、絶対に正体を知られないようにね。インザークでは命の価値よりも研究の価値の方が上なんだ。見つかったら解剖だってされかねない」

「解剖って・・・・・・」

「一番そういうことをしそうな奴がグレイだから。気をつけなよ」


「・・・・・・ターロイ、そんな奴のところに行くですか?」

 彼女の言葉にスバルが嫌そうに眉根を寄せて俺を見た。

「そ、そんなにひどい人じゃないと思うんだけど」

 なんだかグレイの評判って散々だ。

「まあ、何にせよ気をつけろってこと。・・・・・・じゃあ、これからテオに紹介してやるから、ついてきな」


 俺たちにそう言い含めると、トルクは背を向けて歩き出した。

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