VS食人植物
「ス、スバル、大丈夫!?」
慌てて扉を開けると、入り口から少し入ったところで、妙な植物の蔓に逆さにつり上げられたスバルが、スカートと衣服を抑えてじたじたしていた。
「最初から服を着ていないときは全然気にならないのにぃ、何でか剥かれると無性に恥ずかしいですううう!」
すでにマントは剥がれてしまって、下に落ちている。元々モネの一件でぼろぼろになっていた服がさらに形を崩されていた。
確かに、少し前はあの服を着ていないスバルを平気で見ていたのに、この状態だと見たらドギマギと申し訳ない気持ちになるのは何故だろう。
「くう、ここはどうやら食獣・食人植物を育てているようです。狼の姿に戻れば蔓くらい切れるのですが、そこにドラゴンネペントがあってそうもいかないのですよ~。獣はその匂いで酔っ払っちゃうですので・・・・・・」
「あ、ほんとだ、ドラゴンネペントがある・・・・・・あれ?」
この袋状の食獣植物は、過去にあの商人たちが捕まっていたのと同型のものだった。その存在に気付いて視線を移すと、それがひとりでに揺れているのが分かる。
「そこに誰かいるんですかあ? 助けて下さいい~」
その動きに合わせて、くぐもった声が微かに聞こえた。あまり声量のない、ころころと高い女性の声だ。中で飛び跳ねてるっぽい。
よく見たらその下に置き去りにされた荷物が放置してあった。
「スバルの聞こえてた声って、ここからか!」
「そうです、けど、助けにいく直前にこいつに捕まったですよ・・・・・・って、うひゃあ!? こ、こやつ、スバルの服をバナナの皮か何かみたいにいいいい!」
シャツをぺろりとめくられて、スバルがさらに慌てる。
「待ってろ、スバル、これは植物を壊すしか・・・・・・」
勝手に入って研究植物を潰していくって、随分恐ろしい賠償になりそうだが仕方がない。今はまだただのイカガワシイ蔓だが、おそらく余計な物を取り去ってから幹に取り込み、養分として吸収しようとしている食人植物なのだ。うかうかしてると命に関わる。
俺は出費の覚悟を決めてハンマーを取り出すと、両手に握りしめた。
「ターロイ、スバルはまだ平気です! とりあえずスバルより先に、そっちのニンゲン助けるですよ! もう消化液に浸ってしまってるみたいですし」
「わ、分かった、すぐそっちも助けるから」
自分は強いという自負があるからだろう、先に女性を優先させるスバルの気遣いを汲んで。動く蔓植物の近くを避けて、急いでドラゴンネペントが植わった区画に移動する。
足早にたどり着いたそこには、消化液の甘ったるい匂いが漂っていた。でも他に何があるわけでもない。なのにこの女性はどうしてこんなとこにはまっているんだろう。
「ええと、ここにいますよね? 大丈夫ですか?」
固い袋の表皮を拳でごつごつと叩く。すると中の女性がおっとりとした声で返した。
「今飛び跳ねたせいでブーツに消化液が入って来ちゃった・・・・・・。これは角質が溶けて、つるっと美肌になっちゃいそう」
助けを求めていたわりに、たいして動じていないようだ。なんとなく既視感を感じる科白に気が抜ける。この町には変人が多いという話だけれど、彼女もその類いだろうか。
「不運の陰にも必ず幸運は存在するって、本当だわあ」
なんだかポジティブなことをしみじみと呟いてる。
「え、ええと、とりあえず袋を真ん中から割って助けますんで、端に寄って下さい」
「・・・・・・え? お兄さん、このドラゴンネペントの袋を破れるの?」
「大丈夫です」
気を取り直して集中すると、俺は破壊点を探ってそこにハンマーを打ち付けた。
二回目ということもあり、力加減は問題ない。いきなり割れて女性が中から投げ出されないように、絶妙な割れ目を作り、中の消化液を外に零す。最後にそこからにゅるんと女の人が吐き出された。
「ふう~。助かったあ。ありがとうね、お兄さん」
出てきた女性は、見るからにおっとりとしたいいとこのお嬢様という感じだった。俺よりもいくらか年上に見える。ライトブラウンのポニーテールに黄色いリボンを付けているが、消化液のせいで全体的に少しぬめぬめしている。
その見た目に反して、まとっているのは、その顔と雰囲気に似合わぬ武闘家用の簡易な鎧だった。
「きゃっ」
立ち上がろうとして、消化液のぬるぬるに足を滑らせてひっくり返っている、彼女が武闘家にはとても見えないけれど。
「あの、一人で帰れます? 俺、連れを助けないといけないんで、これで」
まあ、ネペントの中からは助け出したのだから、もう平気だろう。俺は彼女に一言断って背を向け、スバルの元に行こうとした。
「ちょっと待ってえ、お兄さん」
しかし何故か呼び止められる。時間がないのにと眉を顰めて振り向くと、結局這って自分の荷物にたどり着いた彼女が、何かをごそごそと漁っていた。
「あの、すみません、急ぐんで」
「分かってるけど、あの女の子が捕まってる植物、今みたいに近付いて行ったらお兄さんもあれに捕まるわよお? あいつ結構賢くて、最初に武器を奪いに来るから・・・・・・あたしみたいな、素早い動きが出来る人間じゃないとお」
言ってる言葉がすでにとろくさい。動きも緩慢で、全然素早くないんだけど。
ようやく荷物の中から目当ての物を探し出したらしい彼女は、飲み口の付いた容器を取り出して、にこおと笑った。
「うふ、残しておいて良かったあ。・・・・・・お兄さん、助けてもらったお礼に、今度はあたしがあの子を助けてあげる」
「え、あなたが?」
思わず怪訝な声が出てしまったのは仕方ないと思う。しかし彼女は気にした様子もなく、容器のふたを開けると、ぐいと中の液体を煽った。女性の喉が、それを嚥下する。
「うん、よっしゃ、燃料入ってきたあ! さあぶっ飛ばしてやるか!」
「・・・・・・え?」
途端に立ち上がった、彼女の顔がさっきまでと違う。
ほにゃほにゃしていた表情はきりりと引き締まり、動きがきびきびして、口調がまるで違っている。
「おい、青年。あたしの荷物持っておいて。すぐにあの子を助けてくるから、出口のとこで待機してな」
・・・・・・なんか、別人なんですけど。




