モネ脱出
「二人とも、無事で良かったよう」
ようやく合流を果たした商人たちは、門から少し離れた路地の茂みに隠れていた。
「うわっ、嬢ちゃん、随分派手にやったな。折角の可愛い洋服がぼろぼろじゃねえか、もったいないぜ・・・・・・」
「今はマントがあれば十分です」
トウゲンを軽くあしらって、スバルがくるりと俺を振り返る。
「・・・・・・あの男は、ターロイがこの街にいることをすぐに教団に報告するはず。警備が強化される前に街を出るですよ」
「門を破るってことか? 俺はいいけど、トウゲンさんたちが今後モネを通るのに不都合がでると申し訳ないな・・・・・・」
「ほう、もうあのサージという男にターロイの仲間だと知られたと思うから、今更な気もするけどねえ」
「でもまあ、前科を付けられたわけじゃないから、穏便に済むならその方がいいと思うぜ」
みんなの言葉を受けて、スバルは即時に提案をする。
「ターロイなら外周の塀を破れるですよね? どこか目立たないところに抜け道をあけたらどうですか」
「そうだな・・・・・・いちいち教団にケンカをふっかけて行くのも何だし、罪状が増えるのも面倒だし、その方がいいかも」
「だったらあそこがいいぜ。俺たちがさっきまで隠れてたそこの塀の際にある茂み。あの陰なら通りから見えないぜ」
「じゃあ決まりです。とっとと行くですよ」
妙に性急なスバルに促されて、俺は彼女と茂みの陰に入った。
壁を破る邪魔が入らないようにだろうか、商人二人は茂みに入って来ずに、通りを見張っている。
暗がりであることも手伝って、俺は躊躇いなくハンマーを取り出した。
「・・・・・・あれ?」
しかしそこで、いつものハンマーと重みが違うことに気付く。
見ればその違いは、明かりがあまり届かないところでも分かった。ヘッドに特殊な金属がはまっていたのだ。
「これ、オリハルコンの・・・・・・」
怪訝に思って首を傾げた俺に、何故だか隣にいるスバルが慌てたように弁解する。
「あっ、それは・・・・・・ターロイが気を失っている間に、スバルが借りて付けたです! 柄がないと使いづらかったものですから!」
「そうなんだ? まあ、このままでも使えるか。光ってないところを見ると、もうエネルギーは入ってないみたいだし」
俺は特に突っ込むこともなくそれを構えた。
今は塀を壊すことの方が先決だ。
どう壊そうかと目の前の石造りの塀に集中する。
するとスパークした破壊点がすっきりと四角く、そう、俺の望んだとおりの形でそこに浮かび上がったことに驚いた。
今まではいくつかに割るか、粉々にするかの二択しかなかったはずなのに、俺はいつの間にこんなことが出来るようになっていたんだろう。
・・・・・・そう言えば、以前部分破壊ができるようになったときも、突然だった。
「・・・・・・どうしたです? ターロイ」
隣からスバルがどこか不安げな瞳で見つめてくる。
「よく分からないんだけど・・・・・・俺の破壊の能力が上がったみたいだ。どうしてだろう?」
「能力が?」
俺の言葉に一瞬目を丸くした彼女は、すぐに何かを思案したようだった。
「それは朗報なのか凶報なのか・・・・・・。あいつの影響なのは間違いなさそうですが」
何事かを独りごちる。
「スバル? 何か心当たりでもあった?」
「いや、気にするなです。・・・・・・大丈夫、スバルはターロイの能力を信じている。気にせず壁を破るですよ、さあ」
どこか自分を納得させるように言った彼女は、改めて俺を促した。
「・・・・・・わかった。じゃあ」
それに少しだけ、心に引っかかりを感じたけれど。
あまり気に留めずに塀を叩けば、脱出口は容易く開いた。
それからインザークにたどり着いたのは三日後の事だった。
最低限の食料と水しか持ち合わせていなかったから、到着した頃にはスバル以外へろへろで、検問を抜けると取る物も取り敢えず、商人たちの行きつけの酒場に飛び込んだ。
「水くれ、水! それから、お腹に優しいものから見繕って、適当に持ってきてくれ! 腹がぺこぺこなんだぜ!」
個室を用意してもらってようやく荷物を下ろし、トウゲンが給仕に注文を言いつける。
すぐに運ばれてきた水を俺たちは一気に飲み干した。
「ああ・・・・・・生き返る・・・・・・」
「二日三日の飲まず喰わずくらいで情けないですよ、大の男が」
少しだけ毛づやが悪くなっているものの、スバルだけが平然としている。
「・・・・・・スバル、平気なのか?」
「野生でいると、四、五日食べないこともざらですから。スバルは水分も川の水でOKですし」
「ほう、スバルちゃんはワイルドだよう・・・・・・」
「でも最短日数で来れたのはラッキーだったぜ。街道途中の検問もなくなってたし、インザークの検問も大して厳しくなかったし」
「俺がモネにいるってことになってるからかな? 外に出たの気付かれてないだろうしな」
「そうかもしれないねえ。まあ何にせよ面倒ごとがないのはいいことだよう」
ホウライがそう言って、最初に眼前に運ばれてきたリゾットに手を付けた。
そこからは次々と料理がテーブルに乗せられていくのを、みんなで無心に平らげて。
並んだ皿があらかた空になり、一息ついたところで、おもむろに立ち上がったトウゲンが、個室の扉を閉めた。
そして何故か、内緒話でもするように声を潜め。
唐突に、俺が思いもしなかった話を切り出した。
「さて、俺たちがターロイたちに同行するのはここまでだぜ。しかし別れる前に、ちょっと話がある。・・・・・・お前、ここの用事が済んだら、国王に仕えてみないか?」




