スバルの葛藤
「アカツキ様の祠を、開けられる・・・・・・!?」
思いがけない申告にスバルが目を丸くすると、ターロイはにやと笑った。
「俺に協力するならすぐにでも」
その含みのある言葉に僅かに警戒する。
「・・・・・・協力とは、何ですか」
「あっちのターロイを消すんだ」
質問にあっさりと返された科白は、彼女にとって容認しがたいものだった。
「ターロイを消す!? そんなことできないです! スバルはターロイを裏切らないですから!」
「おかしな事を言うな。裏切るも何もターロイは俺だぜ? それにあいつじゃ祠を壊せない。せっかく祠を開けられる機会を棒に振るなんて、そっちの方がアカツキに対する裏切りじゃないか?」
ターロイの言葉にスバルがぐ、と口を閉ざす。しかしそれでも彼女は、やすやすといつものターロイを消す気になんてならない。
ただ黙って目の前の男を怪しむように見つめていると、彼は小さく肩を竦めた。
「言っておくが、あっちのターロイは自分が何者かも、どんな過去を持つ者かも知らないんだぞ。俺はそれを知っている。つまり本物のターロイは俺ってことだよ」
「じゃあ、あっちのターロイは・・・・・・?」
「あんな腰抜け、偽物さ」
「違うです、ターロイは腰抜けなんかじゃない。確かにちょっとだけへなちょこですけど、命懸けでスバルを助けに来てくれたですし」
「あれは俺の力があいつと同調しただけだ。あいつだけでは再生・・・・・・、くっ」
何かを言いかけて、不意にターロイがめまいを起こしたようにふらついた。
「ど、どうしたです?」
「あいつが覚醒し始めた。くそ、まだ俺は劣位か・・・・・・」
男がその場で膝をつく。ち、と舌打ちをすると、苛立たしげに額を抑えながら、スバルを見上げた。
「・・・・・・スバル、これは裏切りじゃない。アカツキの復活を願うなら、俺に与しろ。難しいことも謀ることもない、お前はただ、あっちの俺の視界から血を隠さなければいいだけだ。見せる景色は惨状であるほど効果は高い」
「血・・・・・・」
そう言えばカムイは、なぜ彼に血を見せないようにしていたんだろう。ターロイの中に潜んでいたこの男の存在を知っていた?
本物のターロイだというこの男はいったい何者なのだ。
そもそもこのターロイは、どうしてあのターロイの中に封じられていたのか。
「よく考えろ、スバル。お前にとって、どっちが有益なのか・・・・・・」
どう返事もできなくて困惑しているスバルに、そう告げたターロイがどさりと地面に体を投げ出した。
「ターロイ!」
慌てて駆け寄ってその体を揺すると、すぐに彼の瞳がぱちりと開く。
「・・・・・・スバル?」
そのきょとんとした険のない視線に、スバルは肩の力を抜いた。
戻ってきたのだ、己の好きなターロイが。
「ターロイ、大丈夫です?」
「いや、それ俺の科白なんだけど。サージはどうした?」
「え? うーんと、ですね・・・・・・」
どうやらあちらのターロイが表出している間の記憶はないらしい。どうしよう、本当のことを言うべきだろうか。
スバルは一瞬悩んで、しかしとりあえずはごまかすことにした。真偽のほどは分からないが、彼とは別に本物を名乗るターロイがいるなんて、言えるはずもない。
「どうにか逃げ出して来たです。あの男は倒せなかったですが」
「そうか、それよりスバルが無事で何よりだったよ。ごめんな、助けに行ったつもりが、結局気を失っちゃって」
「き、気にするなです。・・・・・・ところでターロイ、今のスバルの姿を見ても平気なんですか? 傷口は一応ふさがってるですけど、血のあとが・・・・・・」
裂けた服に血が滲んだ自分の姿をあまり彼に見せたくなくて、スバルは体を縮こめる。それに気付いたターロイは、今更のように自身の変化に戸惑った。
「そう言えば・・・・・・。もともと血のあとくらいなら気分が悪くなる程度だったけど・・・・・・なんだろう、今は平気だな。・・・・・・慣れたってことなのかな?」
彼の反応にスバルは眉根を寄せる。
血を見ることで封印が緩んだとあちらのターロイは言っていた。おそらくその影響なのだろう。こうして血を許容できるようになっていけば、そのうちこのターロイは血を見ることに抵抗がなくなって、ある日あのターロイが優位となるのかもしれない。
思い至った考えに深刻な顔をしていると、スバルの体が辛いのだと勘違いしたらしいターロイが、自身のマントを脱いで彼女にまとわせた。
「トウゲンさんたちが門の近くで待ってる。歩くのが辛ければおぶっていくぞ?」
その気遣いに安心して気が抜けて、眉間のしわがほどける。
「・・・・・・平気です。スバルの回復の早さは知ってるですよね? すぐにおっさんたちと合流して、街を出るですよ」
アカツキを復活させなくてもいいと言ったら嘘になる。
けれどやはり、このターロイを消すなんてできないと思う。
スバルは考える。
本物のターロイと言うあいつができることなら、このターロイだってできるかもしれない。ならば彼を守り、彼の望む再生師への道を歩ませるのが、今の自分にできる最善のこと。
悩むのは行き詰まってからでいい。彼のために、自分のために、できることを今はするしかないのだ。




