破壊を厭わぬ男
※残酷表現がありますのでご注意ください。
サージがさきほど破壊した家具の木材を、ターロイは手に取った。
棚の支柱だった角材だ。それほど太くはないが、長さは軽く両手を広げたのと同じくらいあるだろうか。
それを彼が二つに折れば、簡易だが鋭利な杭ができあがった。
「サーヴァレットの持ち主に責め苦を与えるなら、永続的な解消できない苦しみが一番だ。狂うことも死ぬこともできずに体は延々修復される。自分からサーヴァレットを手放さない限りな」
ターロイがその杭の切っ先をサージの心臓に照準を定めてかざす。
それで男の体を貫く気なのだ。彼が意図することに気が付いて、サージはじりと後ずさった。
「つまり剣を手放したら死ぬってことだろうが・・・・・・!」
「その方が楽だと思うかもよ?」
本気なのか揶揄なのか分からない笑みを浮かべるターロイ。
「普通の武器じゃ剣の修復速度にダメージが追いつかないが、オリハルコンの充魂武器ならサーヴァレットと同等の破壊速度。これで粉々にぶっ壊してやるよ、お前の傲慢で独りよがりなプライドを、な」
そう言い放った彼にゴツ、とハンマーの柄で叩かれた床板が、瞬く間にひび割れて部屋全体で一気にドンッと落ちる。
「うわっ、くそ!」
かろうじて転倒は免れたものの大きくバランスを崩したサージに、素早く近付いたターロイは足払いを掛けた。
結局背中から地面に落ちた男の、サーヴァレットを握る右手首を足で踏みつける。同時に真上から、ターロイはその喉元間近に杭を構えた。
酷薄に口角を上げた彼は、不遜な態度でサージを見下ろす。
「本当はサーヴァレットを壊せば済むことだがな。お前なんかよりこの剣の方が遙かに大事で貴重なんだよ。ただ厄介なことに、お前が自分の意思で手放さないと、結びつきが外せない・・・・・・。選べ、サージ。今ここで剣を手放してぼこぼこにされるか、俺にこの杭をぶっ刺された苦痛に耐えてかねて、結局それを手放して、死ぬか」
「ひっ・・・・・・」
ひどく怯えた様子で見上げる男の視線を受けて、ターロイが暗い笑みを深める。
「無様に泣き喚いて俺に許しを請うてもいいんだぞ? その罪が許されるかどうかは保証しないけどな」
先ほど宣言したとおり、サージのプライドを潰しにかかる彼は異様に楽しげだ。その罪の報いを受けさせるよりも、子供のように相手より自身の優位を誇示することが大事とでも言うように。
いつもの彼はどこへ行ってしまったのだろうか?
そんなターロイの変化を不安げに後ろから見ていたスバルだったが、ふと、遠くから聞こえてきた大勢の足音にぴんと耳をそばだてた。
「・・・・・・ターロイ、ここに向かってくる、たくさんのニンゲンの足音が聞こえるです」
この僅かな時間で、それでも少しだけ回復した体を叱咤してスバルが立ち上がる。
「ああ、おそらくサージを捕まえに来た僧兵部隊だろう。・・・・・・ちょっと面倒だな」
彼女の報告に少し興を殺がれた様子の彼は、小さく舌打ちをして男の手首を踏みつける足に力を込めた。
「い、痛えっ、やめろ!」
「早くサーヴァレットを手放せ。マジで殺すぞ」
「は、もうすぐ教団が来るんだろ! お前に刺されたって、少し我慢すれば助けられてすぐに治る! 教団員の罪は、教会で懺悔すれば許されるからな! 俺はこいつを手放さねえ!」
「馬鹿のくせに、そんなことにはすぐ頭が回りやがる・・・・・・」
忌々しそうな顔をすると、ターロイは即座に杭をサージの右肩に打ち込んだ。
「ぎゃああああっ!」
血がほとばしることはなかったが、杭は男の肩を貫通し、地面に男を縫い付ける。自力で起き上がれず、サーヴァレットも振れないことを確認して、ターロイはスバルを振り返った。
「スバル、ここを離れるぞ。歩けるか」
「大丈夫、ですが、こいつは?」
「教団が到着するまで、残りの短時間で剣を放棄させて壊すのは無理だ。とりあえず俺に対する恐怖だけ植え付けといてやる」
後ろで悲鳴を上げるサージには目もくれず、彼は裏口を出る。
それについてよろよろとスバルも外に出ると、ターロイは躊躇いなく自宅の壁にハンマーを叩き込んだ。
「ターロイ!? 何してるですか!」
打突した場所を起点として、壁、そして家全体に綺麗な放射線状の亀裂が入る。
「家ごと、サージを押し潰す。まあ殺すことはできないが、相応の恐怖と痛みは味わうだろ」
彼がこつりとハンマーの柄で軽く壁を叩くと、ターロイとイリウの家は他にがれきを飛ばすこともなく、素直に屋根からがらがらと崩れた。
「さて、僧兵が来る前に逃げるぞ。まだ犯罪者扱いされてる俺も、見つかると面倒だからな」
自宅が崩壊した・・・・・・いや、自分で自宅を崩壊させたというのに、何の感慨もないらしい。さっさと歩き出すターロイに、スバルは眉根を寄せた。
頼りになる、という点で言えば、このターロイはどうやら知識もありそうだし、能力も突出している。非情なまでの即決力も目を瞠る。
だけど、やはり違うのだ。
彼には心を許せるような温かさが感じられない。
スバルはニンゲンとして、仲間として、バディとして、いつもの少しへなちょこのターロイの方が、何倍もいいと考える。
「・・・・・・いつものターロイはどうしたです?」
裏道を通りながら、前を歩くターロイに訊ねる。
彼には先ほどのように流されるかと思ったけれど、予想を外して今度は足を止めて振り返られた。
「いるよ、俺の中に。だって俺だし」
さっきよりは大分険のとれた瞳がスバルを捉える。
「でも何にも役に立たない俺よりも、今の俺の方がいいだろ? スバル」
「スバルはいつものターロイの方がいいです」
正直に返すと、彼は少しだけ機嫌を損ねたようだった。
「ふん、そんなこと言っていいのか?」
「な、何ですか」
意味深な口ぶりに困惑する。それに僅かに意地悪っぽく口端を上げたターロイは、特に勿体ぶることもなく思わぬ言葉を告げた。
「今の俺は、アカツキの祠を開けられるんだぜ」




