ターロイ?
ターロイの気配が変わった。
スバルはそれに気が付いて息を飲んだ。
この気配はあのとき・・・・・・そう、初めてターロイと会ったとき。ウェルラントとスバルの血を見て、途端に彼が変貌したときと同じものだった。
「な、何だよ、てめえ、この血が見えねえのか?」
サージが血だらけのスバルを見ても卒倒しないターロイを訝しむ。しかし彼は常にない不敵な表情でにやりと笑った。
「見えているさ。サージ、お前には随分世話になった。みんなが俺に血を見せないようにする中、お前だけがちょくちょく血を見せて、俺の封印を緩めてくれたんだからな」
「封印・・・・・・? 何をわけの分からないこと言ってやがる」
「まあ、分からなくていい。俺は恩義の欠片も感じてないし」
「うわっ!? な、何だ!?」
言いつつターロイが手にしたハンマーで床をこつんと叩くと、そこからドドドッと真っ直ぐサージの足下まで亀裂が伸び、男の足下を崩して転倒させた。
「スバル、派手にやったな。つってもほぼ、サージを吹き飛ばすためにやった最初の一撃の自爆のせいだろうが」
ターロイが悠々と傷だらけのスバルの元まで歩いてくる。
スバルは警戒を解かぬまま、彼を見上げた。
「・・・・・・お前は、誰ですか?」
「ターロイだよ、匂いでわかるだろ」
肩を竦めて笑う顔は、ターロイであっても何かが違う。
「匂いは同じですが、気配が違うです」
「まあ何でもいいさ。スバル、オリハルコンのヘッドを渡せ」
スバルの猜疑心など気にせずに、自身のハンマーからヘッドを取り外したターロイはエンチャント武器を要求した。
「これを?」
それに彼女は一瞬躊躇ったけれど。
どちらにしろサージを足止めするためのさっきの一撃で、エネルギーはほぼ空になっている。自分が持っていても好転は望めない、役に立たないそれを、スバルは素直に渡した。
「くそっ、ふざけやがって!」
足を取られて無様に転げていたサージが立ち上がると、ハンマーのヘッドを交換したターロイも同時に男を振り返る。
「じゃあ、ふざけず本気で相手してやるよ。・・・・・・これだとあと一発食らわすのがせいぜいだが、ハンデとしてはちょうどいい」
にいと悪い顔で笑った彼に、サージは怯んだようだった。
「き、来たら消すぞ!」
「ふん、リーチを考えろ。その剣が届く前に、俺はお前をぶっ壊すことができる」
ターロイが事も無げにその距離を一歩詰める。その顔はこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
それを後ろで見ながら、スバルはその片鱗を元のターロイからも感じていたことを思い出す。
穏やかな彼がひどく好戦的になったとき、同じ気配が確かにあった。その変貌ぶりに戸惑うけれど、別の誰かではない、彼は事実ターロイなのだ。
「さて、壊されるのは腕がいい? 足がいい? いっそ頭を割ってやってもいいけど。お前には苦しんでもらわないとなあ」
「は、はは、言っておくが、俺はこの剣があれば無敵なんだぞ? 見ろ、さっきからかすり傷ひとつ付いてない」
「知ってる。その剣を手から放したら、ただの一人の馬鹿に戻るってことも。それに剣を持っていても、与えられた痛みや苦しみは免れないってことも」
そう言って、ターロイはハンマーを両手に構えた。
「言っておくがサーヴァレットはお前が思っているような都合の良い剣じゃない。服毒すれば死ぬことができず延々と苦しみ、大岩に押しつぶされても痛みを味わいながら生き続けるしかない、普通の人間にとっては死ねない呪いと言ってもいい代物だ」
「呪い・・・・・・だと? けっ、そ、そんなこと言って俺にこの剣を手放させようったって、そうはいかないぜ! 毒なんか飲まねえし、岩なんて自分で壊せばいい!」
サージは動揺を見せながらも剣に縋る。その言葉を聞いて、ターロイは呆れたようなため息を吐いた。
「やれやれ、やっぱりお前は救いようがねえな。すでに剣への執着に呑まれてんのか」
しかしすぐに浮かぶのはどこか楽しげな笑み。
「・・・・・・ならいい。決めたわ、壊すとこ」




