俺の中の誰か
「・・・・・・武器が使い物にならなくなる?」
訊ねると親父はちらりとマルロを見て、それから再び俺に視線を戻して頭を掻いた。
「俺もよくは知らん。そっちのおっさん商人たちの方が詳しいだろう」
俺の質問を商人二人に逸らした親父が、くるりと背中を向ける。
「さて、教団のやつらに見つかる前に、俺はもう行くぞ。ターロイ、インザークでの用事が終わったら、一度ミシガルに来い。大事な話がある。・・・・・・じゃあな、死ぬなよ」
肩越しにそう告げた親父は、マルロを抱き上げると真っ直ぐ裏通りへと消えていった。
「さて、俺たちも移動しなくちゃだよう」
「ちょっと待って、スバルの武器が駄目になるなら、助けに戻らないと・・・・・・!」
「戻ったところで嬢ちゃんの邪魔になるだけだぜ。あの剣相手じゃ俺たち何もできないしな」
焦って訴えた俺に二人は神妙な顔をする。
「二人は、あのサーヴァレットのこと、何か知ってるのか?」
「うーん・・・・・・実はウェルラント様に頼まれて、教団に通じてる人間からあの剣を買い取っただけなんだけどねえ」
「そのとき、ウェルラント様がくれぐれも扱いを注意しろと言ってたんだぜ。魂を喰い、人を狂わせる剣だって」
そんな物騒なものだとは知らなかった。グレイは大いなる力を持った神器だとしか言っていなかったし。馬鹿に使われると笑えない事態になると言っていたのはこういうことだったのか。
「スバルが使ってるエンチャント武器の方は?」
「ほう、そっちもあんまり詳しくないよう。基本的に充魂された武器というのは扱ったことがないからねえ。普通遺跡から発掘されるのはエネルギーを使い切った状態のものばかりだもの」
「原理としては、魂の力を込めて武器の基本性能を底上げし、使用するごとに少しずつエネルギーが減っていく仕組みだぜ。それ以外に、さっきの子供や嬢ちゃんみたいに力を解放するやり方があるんだが・・・・・・こっちはあっという間にエネルギーが空になるんだぜ」
「使い物にならなくなるって、そういうことか・・・・・・! じゃあ、もうスバルはサージと丸腰で戦ってるかも」
「そうかも知れないけど、後はスバルちゃんが自力で逃げてきてくれるのを待つしかないよう」
「もうすぐ教会からあの男を捕まえる僧兵部隊が出るだろうぜ。そしたらあいつも俺たちに構っていられないだろうから、嬢ちゃんにも逃げる隙ができるんじゃないか」
「でも・・・・・・すみません、二人はここで待ってて下さい! 俺、スバルの様子を見に戻ります!」
俺はいても立ってもいられず、引き返そうとした。
「待て、ターロイ! お前、血を見たら卒倒するんじゃないのか? 行って倒れたら、それこそ嬢ちゃんに迷惑が掛かるぜ!?」
「血・・・・・・、そうか、スバルは」
そこで唐突に気付く。逃げるときに俺に振り返っては駄目だと言ったのは、おそらくスバルが自分の負傷を覚悟してあの攻撃を仕掛けたからだ。
ウェルラントと戦っていたのなら、武器のエネルギーに制限があることも分かっていただろう。
彼女はそれらを一人で納得した上で、一人でリスクを取り、俺たちを逃がしたのだ。
「・・・・・・やっぱり行ってきます。もしスバルに何かあったら、絶対俺は一生後悔する。何のためのバディだよって」
きっぱりと告げた言葉にホウライが心配そうに眉根を寄せた。
「ほう、じゃあ俺たちも隠れてついていこうかよう?」
「そうだな、倒れたターロイの回収くらいはできるかもだぜ?」
「大丈夫、二人はどこかに隠れてて」
申し出を苦笑と共に断る。だっておそらくこれは一人の方がいい、気がするのだ。
俺は急いた気持ちですぐに来た道をとって返す。
「せめて見つからないように気をつけて行けよ!」
トウゲンの声に手を上げるだけで応えて、俺は走り出した。
道を戻りながら、先ほど無視した俺の中の誰かを探る。
今スバルを助けに行こうとする俺の、唯一の光明はこれしかない。きっとこいつは血が苦手なんて言うまいし、サージを壊せる可能性を秘めている。
その正体が恐ろしくもあるが、今はこれに縋るしかなかった。
「おい、いるんだろ、応えろよ」
独り言のように呟いても、反応はない。だがじっと潜んでいるのは分かる。
こいつはだいたい俺が破壊衝動を募らせると出てくるのだ。きっとサージを目の前にしたら、再び現れる。
表通りから近付くとすぐに見つかってしまうと考えて、俺は途中から路地を走っていた。ようやく自宅の裏に差し掛かると、振り回された剣がヒュンと音を鳴らすのが聞こえる。直後に家の壁にゴス、と何かが当たる音がして、サージが舌打ちをした。
「そんな状態でちょこまかと逃げやがって・・・・・・」
「・・・・・・お前の、鈍臭い太刀筋に、っ、当たるわけ、が、ないです」
スバルの声が酷く呼吸を乱している。
こそりと家の陰から覗くと、スバルは見えなかったけれど、体に全く傷を負っていないサージがこちらに背中を向けているのが見えた。
今ならいける、のに。
じいと見つめてもやはり男の破壊点は見えなかった。
それでも、あいつを壊さなくては。
『お前じゃ無理だ』
「・・・・・・やっぱり出てきたか」
内側の声がいつもよりやけに鮮明に聞こえる。俺と同じ声。お前は誰だと訊ねるには、度胸も時間もない。俺はとりあえず単刀直入に話かけた。
「俺はどうすればいい? あいつを壊せるなら、お前の力を借りたい」
『封印を解き、俺の体を明け渡せ』
「封印? ・・・・・・俺の?」
何を言っているんだ、この体は俺ので、お前のものでは・・・・・・。
「きゃあっ!」
自問自答をしていると、何かが壊れる音とスバルの悲鳴が聞こえて、慌てて意識を外に向けた。
いつの間にか二人の姿が通りにない。家の壁が壊れた勢いで、中に入ったようだ。次いでいくつかの家具が倒れる音がして、スバルを追ったサージが暴れているのだと知れた。
俺は急いで裏口に回り、家の中に入っていく。
「どうすればいいんだ、くそっ」
とりあえずハンマーを手にしたものの、俺の力ではあいつを止められない。しかし、俺の中の誰かに委ねるのも恐ろしい。
体内でざわざわと騒いでいる血に応えず、その落ち着かない心持ちのままで、それでも中に進んでいくと。
「ようやく追い詰めたぜ! 手間掛けさせやがって!」
部屋の隅にスバルを追い詰めたサージが、彼女に向かって剣を振り上げていた。
男の向こうで観念したように動かないスバル。
それを目にした瞬間の俺には、何かを考える余裕などありはしなかった。
「待て!」
咄嗟に。
何の画策もなく二人の前に飛び出す。
「ターロイ・・・・・・! ちょうどいいところに来やがった! こいつの次はお前だ! 見ろ、てめえの連れが血だらけだぞ!」
「ターロイ、何で戻って来たですか!? こっち見ちゃ駄目です、逃げて・・・・・・!」
サージがわざと彼女の前からよけて、傷だらけで血を流すスバルが視界に入る。途端に、血の気が引いていく。
「すぐに消してやるから、てめえはそこでひっくり返ってろよ!」
男の嘲笑に、しまったと自身の失態を認識したがもう遅い。これは最悪の展開だった。
視界の赤にふうっと気が遠くなる。
『待ってたぞ、このときを』
しかし意識を失う瞬間。
意図しなかった俺の声が、頭の中にこだました。




