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逃げろ!

「ターロイ、集中しろです。隙を見せると一気に間を詰められる」

 動揺している俺に、隣にいたスバルが小さく叱責した。

「あ、ああ」

 それに表面上だけ取り繕って。

「・・・・・・でもあいつ、俺の力じゃ・・・・・・いや、おそらくお前も、誰も、傷つけることができないみたいなんだ。一体どうすれば・・・・・・」

 俺の中の存在は無視して小声で告げると、彼女はちらとこちらを一瞥した。


「・・・・・・あの男、さっきあの勢いで吹き飛ばされたのに、何の傷も負っていない。あの爆風はウェルラントと戦っているときにスバルもよく食らったですが、普通のニンゲンが無傷でいられるものではないです。・・・・・・おそらくあの剣が、あいつの魂を保持しているのです」

「魂を保持?」

 意味が分からず訊き返したけれど、スバルはそれに答えずに先ほど拾ったハンマーのヘッドを俺に示した。


「これには多分ウェルラントの武器と同じ魂術が込められているです。だとすれば、あいつを足止めできるかもですよ。ターロイ、スバルが合図をしたら、みんなを連れて街の外に逃げるです」

「逃げるって、・・・・・・スバルを置いて?」

「今魂術発動のコトバを知るのはスバルだけですから。と言ってもスバルもウェルラントの呟きを聞いてただけなので、少し怪しいですが・・・・・・まあ、どうにかなるですよ」

「どうにかって・・・・・・」

「女は度胸。さあターロイ、あっちを向いて、振り返っては駄目ですよ!」

 そう言って彼女は俺を親父たちの方へ押し出すと、サージに向かっていきなり駆け出し、攻勢に転じた。


「女にかばってもらうのか、ターロイ! 俺に敵わないと分かって臆したか! まあいい、まずはこいつからだ!」

 剣を振りかざして俺をあざ笑う男に、スバルが構わず飛びかかる。

「スバルをただの女だと思ったら痛い目を見るですよ!」

 サーヴァレットの切っ先を目がけ、彼女はスピードを乗せて思い切りオリハルコンを当てに行った。

「今ですターロイ、走るです! ルファリ・カテ!」


 瞬間、ドォン! と到底鉱物同士が当たったとは思えない音が鼓膜をつんざく。

 大きな力同士のインパクト、さっきとは威力が段違いの衝撃波が周囲を襲い、俺は半ば吹き飛ばされるように他の仲間たちがいるところに走り着いた。付近の建物が軋み、圧を伴った空気がびりびりと皮膚を震わす。

 その威力に怯みかけて、しかしそれどころではないと商人と親父たちに声を掛けた。


「みんな、街の外に逃げるぞ!」

「え、嬢ちゃんはどうすんだ」

「スバルはエンチャントの武器で戦えるらしい。とりあえず足止めするから逃げろって」

 急いでみんなを追い立てる。街の外まで出てしまえば、そう簡単に追って来れないだろう。あの男は公衆の面前で仲間の教団員を消してしまったし、教団がそう簡単にモネから出すとは思えない。

 ・・・・・・サージが、立ちふさがる教団の人間をまた襲うかもしれないけれど。




 荷物を担ぎ、子供を抱えたままではそれほど早くは走れなかったけれど、スバルのおかげでどうにか街の端にたどり着く。

 急ぎ向かったインザーク側のモネの西門はすでに閉まっていたが、この騒ぎのせいか警備が手薄だった。


 むりやり突破してしまおうか。みんなに相談しようとしたところで。

「まあまあ、イリウさん、大丈夫だった?」

 不意に、通りかかった親父に気付いた女性に話しかけられた。

「ああ、大丈夫だ心配ない。まだもめてる最中だけどな」

 どうやら彼女はさきほどの様子を見ていたらしい。


「今みんなで教会に話をしてきて、人殺しをしたサージを捕まえに行く手はずを整えていもらってるわ。ご両親にもあの子が大変なことをしているって話をしたんだけど、そんなわけないの一点張りで、説得するのは無理みたい」

 彼女の話に親父が呆れたように小さく肩を竦める。

「そうか・・・・・・ま、あそこはそういう家だからな。でも教会に通報してもらえたのはありがたい。恩に着るよ」

 礼を言った親父に応えるように頷いた女性は、すぐにそわそわと身を翻した。


「街の一大事ですものね。この後はみんな家に待避しているようにって言われてるから、じゃあね。イリウさんたちも、早く安全な場所に行った方が良いわよ」

「わざわざありがとよ」

 挨拶をして去って行く女性の背中にもう一度礼を述べると、親父は思案顔で俺を振り返った。


「これはちょっと面倒なことが始まりそうだな・・・・・・。ターロイ、俺はもうモネを出るつもりでミシガルへの通行手形を取ってある。マルロの分もだ。だから俺たちはこのままミシガルに行く」

「えっ、これから?」

「もう夜だから今からは無理だ。明日立つ。俺たちだけなら多分エイランに匿ってもらえるだろう。・・・・・・おやっさんのことも話さないといけないし」

 そう言うと、今度はトウゲンを見た。


「悪いが、ターロイを頼む。ウェルラント様には俺が報告しておく」

「そうだな、これは捨て置けない事案だぜ」

「ウェルラント様・・・・・・?」

 親父が誰かを様付けするなんて珍しい。訝しむ俺に、親父は強烈なデコピンをした。

「余計なこと考えずにとっとと行け。あのスバルって子の足止めも、おそらく長くは続かないぞ」

「え? でもエンチャントの武器があれば・・・・・・」

「あれはもうすぐ使い物にならなくなる」


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