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形勢逆転

「・・・・・・親父、結局サージのこと煽ってるんだけど」

 扉の陰で困惑する。それにスバルが小さく頷いて補足した。

「さっきまでは説得してたです。でもおそらくあの男の様子にそれが無駄だと分かって、わざと煽り始めたですよ。表に注目を集めて、裏からターロイたちを逃がすつもりかもです」

「そういうことかよう。だったらイリウの意を汲んで、とっとと脱出するよう」

「そうだな、どうせ俺たちが今出て行っても混乱するだけだぜ」

 スバルの説明に合点して、どこか慣れた様子で請け合った二人はすぐに裏口に向かう。

 しかし俺は割り切れずに首を振った。


「・・・・・・みんな先に外に出ててくれ。俺はもう少し様子を見る」

「ならスバルもターロイとここに残るです」

「いや、スバルは外でトウゲンさんたちとマルロを守ってて。あいつの武器、破壊できるのは俺だけだ」

 告げると一瞬だけ逡巡したスバルが、ちらと外を伺った。

「こういう状況では一瞬の判断ミスが命取りになるです。ターロイはあの男に集中して。スバルの姿はあいつに知られてないですから、外から住人に紛れて、周りの奴らを片付けるです」

 ここでごねて問答をするなんて愚行はしない。

 さすが、命の駆け引きを知る彼女は、すぐに最善の策を導き離脱していく。


 素早く裏口の方に消えた仲間に安堵して、俺はサージと親父に意識を戻した。

 これで最悪家を吹っ飛ばされても、とりあえずの犠牲はない。目下一番危険なのは充魂武器を持った男を煽り続けている親父だった。





「そもそも、お前教団を何だと思って再生師をやってんだ? 信心深さや慈悲の欠片もない奴が、偉いだと? 教団の教義には金儲けしかないのかね。ここを潰すことでいくら分け前をもらえることになってんのか知らないが」

「うるせえって言ってんだよ! 信心や慈悲なんて今時関係ねえだろ! 仕事の報酬をもらって何が悪い!」

 力を誇示することでしか優位に立てないサージは、それが効かない親父を前に顔を真っ赤にしている。

 周りで様子を見ている住人がサージの言いぐさに眉をひそめてざわつくことに、男はさらに頭に血を上らせたようだった。


「言っておくが、こんなことをしてるのはあんたがターロイなんかを養子に取ったからだ! 俺のせいじゃねえ! 悪いのはあいつだ!」

 サージはそう言い切って一度大きく息を吸うと、口端を引きつったように歪めて笑った。

「そうだ、悪いのはあいつだ! はは、黙っててやろうと思ったのによ、あんたの息子は犯罪者だってこと!」

「へえ、ウチのターロイが、何をしたって?」

 訊き返した親父に、男は勢い込んで話し出す。


「俺の金を盗んで牢屋に入れられたうえ、今度は他の研修生をたぶらかしてどこぞの屋敷を襲撃して、挙げ句に仲間を見捨てて自分だけとんずらしやがったんだぜ! ははは、最低だな!」

 笑いながら人に擦り付けた罪を堂々と提示したサージに、俺は扉の裏で怒りに身震いをした。ゆっくりと背負っていたハンマーを両手に取り、握りこむ。


 今すぐ飛び出してあいつをぶち壊してやりたい。

 その衝動が体の内で暴れている。


 しかし、それでは本当に犯罪者になってしまうのだ。

 俺は自戒をして努めて深く呼吸をすると、扉の前に立った。

 一瞬の判断が命取り。感情のままに動いてその一瞬を見誤るわけにはいかない。

 そのときを待って、扉を細く開け、俺はそこからサージを睨めつけた。そして奴が手にした武器の破壊点を確認する。やはりハンマーヘッドは壊せないが、柄の部分は十分に砕けるようだ。問題ない。


 未だ耳障りな笑い声を上げる男は護衛を従えているためか、周りに全く警戒していなかった。行けるだろうか。奴らの後ろにスバルが控えているのが見える。


「サージ」

 タイミングを計っていると、不意に親父がその笑い声を遮った。

「お前今、『最低だ』って言ったよな。それ、ターロイを前にしても言えるのか?」

「な、なんだと?」

 思わぬ反論だったのか、サージが見るからに狼狽える。

「お前が小さい頃から知ってるんだよ、俺は。お前は都合の悪いことをごまかそうとするとき、いつも饒舌になる。サージ、昔おやっさんに酷いいたずらをして、俺のせいにしたこと覚えてるか? そのときもそうやって無関係を装って、『最低だな』って俺を指差して笑ったよな」

「っ、んな昔のこと、覚えてねえよ!」


「さて、本当に『最低』なのは誰だろうな。お前、人を馬鹿にしたつもりで、実は自分を罵ってんじゃねえ?」


 嘘を覆そうとする親父の指摘に、サージがハンマーを握る手に力を込めたのが分かった。俺もハンマーを構え、姿勢を低くする。

「うるせえ、うるせえ! その口、きけねえようにしてやる!」

 癇癪を起こしたように喚いた奴が武器を振り上げた瞬間、俺は扉を肩で弾いて飛び出した。


「親父、どいて!」

 声を掛けると攻撃を予期していたらしい親父が素早く脇に回避し、代わって俺がサージの正面から振り下ろされるハンマーを迎え撃つ。

「ターロイ!? てめえ、また邪魔をっ・・・・・・!」

「くらえ!」

 こいつがスバルを殺そうとしたときと同じ構図、しかし俺はそのときよりも十分な殺意を持っている。

 俺はその両腕まで奪う心づもりで、思い切りサージのハンマーの柄を打ち抜いた。


「ぐあっ!!」

「くっ・・・・・・何だ!?」

 ハンマーの柄がぼろりと砕け、オリハルコンのハンマーヘッドだけが近くに飛んでぽとりと落ちる。

 その衝撃がサージの両手に痺れをもたらしたようだが、俺の思った結果にはならなかった。

 木っ端微塵にしてやるつもりだったのに。

 かろうじて破壊はできたが、力を通しきれない違和感のある手応え。こんなの初めてだった。


 しかし同じタイミングで飛び出していたスバルが護衛の三人を瞬時に伸して、形勢は十分に逆転した。俺は気を取り直して、腕を抑えて膝をついたサージを、ハンマーを肩に担いだまま見下ろした。

「随分と勝手なことを言ってたな、サージ? 自分の罪を俺にかぶせて仲間を捨てて逃げ去って、のうのうと一人で再生師のローブを着て・・・・・・最低だな」

「く・・・・・・っ! ふ、ふん、そんな戯言・・・・・・、犯罪者の言葉なんて、誰も信じねえよ!」

「・・・・・・お前、もう黙れよ」

 男の反論に自分の感情が冷えていくのが分かる。


 俺の視界には、サージの体中に破壊点が見えていた。


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