一触即発
「とりあえず俺が話して様子を見る。お前らは二階に隠れていろ。上にはマルロもいるから、事を荒立てたくねえだろ」
親父が俺たちを追い立てると、スバルはそれを拒んだ。
「あの男は許すことはできんです。スバルがこの場でぶち殺します」
「・・・・・・俺もスバルと同じ気持ちだ。もうサージは許せない」
俺も彼女に同調する。すると、親父がいつになく深刻な顔で俺を見つめた。
「お前・・・・・・まさか」
何かを言いかけて、しかし一度頭を振った親父は、再び俺たちを追い立てた。
「こんな街中で人殺しなんかしてみろ、それこそお前らを処刑する口実ができて教団の思うつぼだぞ。いいから今回はあきらめて俺に任せろ。一応おやっさん同様、俺もサージが小さい頃は世話をしてやったんだ。いきなり無体を働くことはねえさ」
確かにここでスバルを変身させるわけにもいかないし、一般の住人を巻き込むわけにもいかない。親父の言うことはもっともだ。
「分かった・・・・・・でもあいつが何かしようとしたら、すぐ降りてくるから。行くぞ、スバル」
俺が促すと、スバルは不服げながら二階へ上っていった。俺もそれに続こうと親父に背を向けると、
「ターロイ」
自分で追い立てておきながら、なぜか俺を呼び止める。
「何?」
それに足を止めて振り返った俺に、親父は一瞬口ごもって、それから少し声を潜めて訊ねてきた。
「・・・・・・旅に出ている間、随分血を見たのか?」
「直接見て気を失ったのは一回だけど・・・・・・。みんな俺に見せないように気をつけてくれたから」
「そうか・・・・・・それでも影響が・・・・・・。分かったもういい、とっとと上に行け」
今度は呼び止めておきながら、しっしっと手で払われた。一体何なんだ。
「ターロイ、早く上がってくるです。あいつ、もう近くまで来てるですよ」
階段の上からスバルに呼ばれて、慌てて二階に上る。それに合わせて親父が店舗の方に出て行った。
二階に上がると、すっかり小物のなくなった部屋のベッドにマルロが座っていて、商人二人とスバルがその側にいた。
その存在に、サージの来訪を前に尖っていた心が少しだけ凪ぐ。
「マルロ、ただいま。元気だったか?」
ゆっくりと近寄って、相変わらず無反応な少年の頭を撫でる。
「ほう、この子はイリウかターロイの隠し子かよう?」
「でもどっちにも似てねえぜ。母ちゃん似か?」
「ちょ、違いますよ! 孤児を引き取ったんです!」
「この子供はどうしちゃったんです? 全然反応しないです」
スバルがマルロの顔を覗き込みながら訊ねた。それからほっぺたをつんつんとつつく。
「ここに来たときからその状態なんだ。魂濁っていう症状らしい。俺は元々この子を治すために再生師を目差しててさ。・・・・・・それがどうしてこうなったかなあ」
「イリウは教団の再生師がどういうものか知ってたはずだぜ。あいつ、ターロイを止めなかったのか?」
「そう言えば・・・・・・」
親父は助力もくれなかったが、再生師になるのを止めさせようともしなかった。どういうつもりだったのだろう。
俺が少し思案をしていたところで、不意に窓の外から軽鎧の金具の音がした。
「・・・・・・来たです。それほどの人数ではないようですが」
「街中だし、自分の故郷だし、あっちもそれほど事を荒立てる気は無いんだろう」
こっそり窓から外を伺うと、家の前に再生師のローブを着たサージと、護衛らしき僧兵が三人ほど立っている。そしてその周りに何事かと様子を見に来た近所の住人が十人ほど集まっていた。
そこに、親父が自分から外に出てきたのが見える。
「さすがイリウは強気だぜ」
「多分、家がすでに財産を移した後だと知られないためだよう。バレたら腹いせに家ごと壊されそうだもんねえ」
「親父、大丈夫かな・・・・・・」
「・・・・・・ターロイ」
俺がはらはらとしていると、外の様子を観察していたスバルが眉根を寄せてこちらを見た。
「どうした?」
「あいつ、エンチャントの充魂武器を持ってるです」
「な、それって・・・・・・!」
脳裏につい先日の森の惨劇が蘇る。あの武器を持ったものはそのエネルギーにあてられて血が昂ぶるのだ。持ってきたのか持たされたのかは定かではないが、つまり話し合いで済ますつもりは無いということ。
俺の家を完全に破壊するために来たのだ、この男は。
「ちょっと待てよう、あいつが古代武器を持ってるって?」
「それも充魂って・・・・・・あいつら、誰を殺したんだぜ?」
商人という職業柄なのか、それともウェルラントの影響か、二人もエンチャント武器について知っているようだ。スバルの言葉に色めきだつ。
「親父も危ないかもしれない・・・・・・!」
「様子を見に降りようぜ。古代武器で吹っ飛ばされたら、一階にいても二階にいても同じ事だ」
トウゲンたちは静かに窓際から離れた。
「子供も連れて行くです?」
「そうだな、二階に置いてたらいざというとき守れないし」
スバルに荷物を持ってもらって、俺は虚ろに窓の外に視線を泳がすマルロを抱えて階段を静かに降りた。そして裏口近くの椅子に座らせ、自身は足音を忍ばせて店舗の表扉に近付く。
扉は閉まっているが、そこまで行くとスバルの言伝を頼まなくても内容は十分聞き取れた。窓からこそりと様子を覗く。
「死にたくなければ、このままどっかに行ってくれよ、イリウさん。教団はここを没収するって決めたんだ。昔のよしみがあるから親切に忠告してやってんだぜ?」
薄ら笑いを浮かべたサージがエンチャントされたハンマーを肩に担いで、親父を脅している。親父はこちらに背を向けていてその表情が見えないが、全身に緊張が漲っているようだ。
「理由もなくはいそうですかと自宅を渡せると思ってんのか。ちゃんと説明できる教団の偉いさん連れて来いって言ってんだよ」
「はあ? 俺の格好が分かんねえのかよ。俺は再生師、偉くなったんだよ! 今期ただ一人の優秀な採用者だ!」
「小物に限ってぎゃんぎゃん吠えやがる」
「何だと!」
言いざまにサージが振り下ろしたハンマーが地面に当たって、その衝撃でズンと付近一帯が揺れた。それに驚いた周囲の住人がざわめく。
「言っておくが、俺を怒らせるとイリウさんだって容赦しないぜ? 今の俺の力、見ただろ」
「そりゃお前の力じゃなくて武器の力だろ。本来のお前はクソ弱いくせに。昔から俺に一度も勝てたことねえだろうが」
「うっ、うるせえ! そんなに言うなら相手してやってもいいんだぞ!」
サージは再びハンマーを担ぎ上げた。




