教団の足音
「イリウが裏口から入ればいいって言ってたから、行くぜ」
合流したトウゲンは、声を低めてそう告げた。すぐに踵を返し、足早に一度確認して来た道を戻り始める。しかし特に周囲を気にしてはいないようだ。
「教団に見張られていたりしなかったんですか?」
安易に行っていいものかと俺が訊ねると、ホウライが肩を竦める。
「ほう、もちろん見張られてたよう。でももうすでにイリウがその見張りを買収済みでねえ。とりあえず目立ったことさえしなければお咎めなしでスルーだよう」
「ば、買収!?」
目を丸くすると、トウゲンが意外そうに俺を見た。
「なんだ、息子なのにあいつの遣り口を知らんのか。何事も金で解決がイリウの基本だぜ」
「知らないですよ、親父あんまりそういう話をしないし、仕事にも俺を一切関わらせなかったから・・・・・・悪徳じみた高利貸しだってことしか」
「ターロイの親父は悪いやつなのですか?」
横で聞いていたスバルが訊ねた言葉に、ホウライが苦笑する。
「悪人ってわけじゃないよう。性格はなかなかの曲者だけどねえ。ただ頭は切れるし、お金に関する知識や勘はずば抜けてて、使いどころを弁えてるんだよう」
確かにそんな感じだ。どうやら彼らは俺より親父に詳しいみたい。
「でもあいつも万能じゃねえぜ。金の力にも限界があるしな。少しイリウの家の様子がおかしかったし、急ごう。何かあるかもしれんぜ」
「・・・・・・何かって?」
「まあ、楽しいことじゃないのは確かだよう」
「ターロイも少し覚悟しておいた方がいいぜ」
商人二人はそう言うと、また少し歩を早めた。
「来たかターロイ。教団相手に随分名が売れたようだな」
「親父・・・・・・何これ?」
久しぶりに戻った我が家は随分と殺風景になっていた。そして隅にはまとめられた荷物が。
「店を引き払うことになった。お前も自分の部屋にある大事なものは持ち出しておけ。マルロも連れて行く」
「これ・・・・・・もしかして俺のせいで教団に店じまいをさせられたのか」
「別にお前のせいってわけじゃ・・・・・・いや、お前のせいか? でも別に店じまいさせられたんじゃねーよ。先手を打つんだ。急げ、いつあいつが来るかわからん」
「あいつって?」
「お前と一緒に街を出たサージだ。とある情報筋の話だと、今期唯一の再生師認定者としての初仕事で、急ぎモネに派遣されてくるらしい」
「サージだと・・・・・・!」
親父の告げた名前に、しばらく凪いでいた俺の血が一瞬でざわざわと沸いた。あの男、他人を犠牲にして一人だけで逃げおおせておきながら、平然と再生師を名乗るつもりなのか。
「その再生師がイリウの店じまいに何の関係があるんだぜ?」
横から訊ねたトウゲンに親父は肩を竦めた。
「ウチの愚息が粗相をしたのをネタに、俺の財産没収に来るらしい。抵抗したら実力行使で家ごと破壊するつもりなんだろ。教団の再生師の仕事なんてそれがメインみたいなもんだ。その一部が自分の懐に入るからあいつもウハウハだしな」
「お、俺は悪いことなんて何もしてない! なのに・・・・・・!」
サージが、今度は親父まで巻き込みに来る。それを知って俺は唇を噛みしめた。
あの男を、破壊したい。この手で。
内なる声がなくても、もはや躊躇いがない。あの卑小で唾棄すべき男を壊すことに。
すると思わず力が入った肩を、親父がぽんと叩いた。
「お前が悪事を働くやつじゃねえことぐらい分かってんだよ。何年お前の親父やってると思ってんだ。・・・・・・ターロイを犯罪者扱いしてるのは教団だけだ。一般人には知らされてねえ。この時点で教団に後ろ暗いことがあると言ってるようなもんだろ。それを声高に言うとお前に罪を擦り付けた教団が逆に弾劾される可能性があるから、こっそりお前ごともみ消そうとしてるんだ」
「ほう、確かにねえ。ターロイが無実だということはウェルラント様が知ってる。あの方は公明正大で人気のある方だから、そこから糾弾されると教団も嫌だろうしなあ」
「しかし、イリウがそこまで分かってて迎え撃たずに逃げるとは、予想外だぜ」
トウゲンの指摘に、親父はフンと鼻を鳴らした。
「逃げるんじゃねえよ、先手を打つって言ったろ。そこそこ稼ぎ始めた頃から、教団が俺の財産狙ってんのは知ってたんだ。ターロイのことがいい口実になっちまっただけなんだよ、準備はしてた」
「準備?」
「ミシガルに家を買って、もう大体の財産は移してある。あそこが一番安全だからな。モネでの大体の仕事は済んだし、・・・・・・まあ、そろそろいい頃合いだろ?」
親父がなぜか商人二人に同意を求める。トウゲンたちはそれに小さく肩を竦めた。
「まあな」
「そうかもねえ」
「いい頃合いって、何のこと?」
その問答に疑問を投げかけると、
「お前は知らなくていいんだよ。それより、さっきから黙って後ろにいる女の子は誰だ。お前も隅に置けねえな」
いきなり大きく話を逸らされてしまった。
当のスバルは窓の外をじいと眺めたまま一言も発していなかったけれど、親父の言葉に一旦こちらに視線を移した。
「スバルはターロイのバディです。話を振ってもらって何ですが、少し放っておいてくれていいですよ。今外の様子がおかしいので探っているです」
「外の様子が?」
少し険しい顔をしているスバルに気がついて、俺たちは会話を止めて彼女に注目した。
「・・・・・・何がおかしいんだぜ?」
トウゲンが訊ねる。
「教団のニンゲンがざわざわしてるです。街の住人も。それから、ここに向かう何人かの足音が・・・・・・」
スバルはそこまで言ってから、はっとして帽子を取り、耳をそばだてた。
「わ、ちょっとスバル!」
不用意過ぎる。俺が慌てて手で隠そうとするが時すでに遅し。
「耳!?」
それを見た親父が目を丸くする。まあ当然だろう。
しかしホウライにしーっと沈黙を促されると、彼は口を閉じた。
「・・・・・・あのときの男の声がするです」
再び静かになった部屋で、スバルがうなるように呟く。
「スバルを殺そうとした男・・・・・・。なるほど、あれがサージという奴だったのですか」
彼女の静かな殺気が肌を刺すようだ。そしてその言葉に親父が反応した。
「もうサージが来たのか。思ったより早いな・・・・・・門が閉まっちまえば、今日は安泰かと思ったんだが」
「もしかして俺がここにいることがバレちゃってるのかな」
「ターロイがいることは知らないみたいです。ターロイが知らないうちに自宅を没収してやるザマミロ的なことを言っているです」
「・・・・・・馬鹿にしやがって」
どこまでも卑怯な男に嫌悪と憎悪が増していく。
いや、しかし油断している今がチャンスかもしれない。
あいつを、破壊するのなら。
俺は知らないうちに、口元に暗い笑みを浮かべていた。




