強くて弱いスバル
一度に大挙して押し寄せた旅人で、モネの入り口はひどい混雑だった。対応する検問員も少なく、人数をさばくためにほぼ通行手形の確認しかしていない。
その流れに乗って偽の通行手形を提示すれば、すんなりとモネに入れてしまった。
旅人の一部がそのまま教会に向かっていく。
「ほう、兄ちゃんたち、頑張って抗議してこいよう」
ホウライは彼らを見送ると、俺を振り返った。
「さてターロイ、街中じゃ知り合いがいるだろうから、とりあえずスバルちゃんとどっかに隠れててよう」
「そうだな、まずは俺とホウライでイリウの店に行ってくるぜ」
「はい、お願いします」
「おっさんたちが戻るまで、ターロイはスバルが守るですよ」
「頼んだよう」
街に入ってすぐの通りで二人と別れる。
彼らは大きな通りを行ったけれど、俺たちはそこから細い横道に入ることにした。
少し歩くと薄暗く舗装をされていない林に続く分かれ道がある。
「こっちは風下かな? スバル、二人が近くに来たら匂いでわかる?」
「大丈夫です。このあたり、他にニンゲンがいないようですから、匂いがなくても音で分かるです」
「この先が墓地なんだ。夕暮れ以降はほとんど人が来ないから、しばらくここで待とう」
「うむ、了解ですよ」
素直に頷いたスバルはかぶっていた帽子を脱いで、その場で周囲を警戒するように耳をそばだてた。
「ミシガルとは街の音が違うですね。梢の音も・・・・・・ちょっと落ち着かないです」
そういえば、彼女はずっとアカツキの祠を守っていたんだっけ。きっとあそこから離れたことはなかったんだろう。
「・・・・・・スバル、今更だけど俺について来ちゃって良かったのか? 祠を守らなくちゃいけなかったんだろ?」
ずっと自分のことで手一杯で気が回らなくて、本当に今更スバルの現状に思い至る。
確かに彼女の命を救ったけれど、あれは俺がたまたまエリクシルを持っていただけのこと。なのにこんな俺個人のことに付き合わせていいのだろうか。
「かまわんですよ。どうせアカツキ様の祠はターロイがいないと開かないですし」
しかしこちらの心配をよそに、スバルは軽い調子で思わぬ言葉を返した。
「・・・・・・俺?」
「ウェルラントが無理に開けようとしてたので警戒してたですが、あの男自体には開ける力がなかったのです。ターロイと祠前で初めて会ったあの日に分かったことですが」
そう言えばウェルラントも、あの祠の封印を一段階解いたのは俺だと言っていた。しかし俺は何もしていないし、あのときまで旧時代のことに僅かも関わったことがなかったのに、そんなことを言われても。
「俺、祠の開け方なんて知らないけど」
「ターロイが知らぬのなら、まだそれを知る必要がないということです。そしてターロイがここにいるということは、まだ祠が開くときではないということです」
それはつまり、スバルが俺についてきたのは、俺がアカツキの祠を開くときを待つためということか。
「スバル悪いけど、もしできたとしても俺は、祠を開けるつもりはないよ? スバルは良いやつだけどさ、アカツキって人間を滅ぼそうとした魔王だし・・・・・・。だから俺についてきても無駄足かも」
なんとなく申し訳ない気持ちになって正直に言う。
すると彼女は街の方に向けていた意識と体をこちらに向けて、仁王立ちをしたまま腕組みをした。
「ターロイが祠を開けるかどうかと、スバルがお前を守ることを混同するなです。祠の解放をするか否かはすでにターロイに委ねられた。今のスバルの使命はターロイの守護であり、アカツキ様の復活に立ち会わずにもしこの道中で死んでも、スバル的には何も問題はないのです」
「ちょ、死んでもって、・・・・・・俺のためにそこまでしなくていいよ!」
「まあ、ものの例えですよ」
ものの例えだろうが、スバルが言うと重みが違う。どうしても本気を感じさせるのだ。
「スバルはターロイを守ると宣誓したのです。スバルはこの一度きりの生を、己の信じるように誇り高く生きたいのですよ。仲間を信じ、守り、盾となる。死の瞬間までそれを貫くことができれば、スバルは本望なのです」
自身の死生観を語る、その瞳は揺らがない。
「・・・・・・スバルは強いな」
事なかれ主義で生きてきた己には耳が痛い。思わず感嘆の息を吐くと、彼女は肩を竦めた。
「それは誤解です。スバルは弱い。ただその弱い自分から目を逸らさずに、それが自分であると認めているだけなのです。スバルは弱いから仲間を欲しがる。失うのが怖いから守る。傷つけたくないから盾になる。嫌われたくないから裏切らない。・・・・・・スバルは本当に弱い。でも、実はそれが存外幸せだということも、知っているです」
すっかり暗くなった景色。その中でも街から零れる明かりに淡く照らされたスバルの顔が、小さく微笑むのが分かった。
達観しているというか何というか。彼女の根底に流れる思想は、どこで手に入れたものなのだろう。
綺麗な言葉を教えてくれたのはカムイだと言っていたけれど、その思考も彼の影響なのだろうか。
「あのさ、スバル・・・・・・」
スバルの過去をちょっと訊いてみようか・・・・・・と思ったら、言葉の途中で不意に彼女の耳がぴくりと動いた。
「あ、ターロイ、おっさんたちが近くに来たです。さっきの分かれ道のあたりでスバルたちを探しているですよ」
このタイミングでトウゲンたちを感知したらしい。すぐに俺から意識を逸らしてしまったスバルに、俺もつられて気が逸れてしまった。
まあ、話をする機会なんてまだいくらでもある。スバルの身の上話を訊ねるのははまた今度にしよう。
俺は気を取り直して、上げていたフードを再び目深にかぶる。
「じゃあ、急いで戻ろう。スバルも、ちゃんと帽子かぶって」
「うむ、大丈夫ですよ」
下ろしていた荷物を担ぐと、少し離れた街灯の灯る通りを目差して、俺たちは並んで歩き出した。




