検問を突破せよ
ミシガルを出た俺たちは、モネへの街道を進んでいた。
その道中の話題と言えばもちろん、どうやって騒ぎを起こして検問を通過するかだ。
「嬢ちゃんに狼になってもらって、ちょっと暴れてもらえばいいと思うぜ」
「スバルがちょっと先に行って、検問のニンゲンをのして来てもいいですよ」
「手荒なのはちょっと・・・・・・。探されてるのは俺だけだし、トウゲンさんたちは普通に検問を通過してもらって、俺はスバルに別ルートで運んでもらうというのはどうだろう?」
「ほう、それだと俺たちがモネにたどり着くのが深夜になっちゃうよう」
まとまりのない話し合いが続き、すぐに俺たちは橋の見えるところまで来てしまった。ミシガル寄りの、商人たちを助けた森のすぐ近くにあった橋だ。
「やっぱりシギの言ったとおり、教団の人間は三人くらいしかいないぜ。・・・・・・ただ、通過待ちの旅人が多いな。これじゃ嬢ちゃんが怪我をするかもしれないから、一人で行かせるわけにはいかんぜ」
「確かにニンゲンが多いですね。別に一人で行けるですが、これだけ邪魔がいるとなると、無関係のニンゲンを怪我させるかもです」
「あー、ごめん、血が出る状況になると俺がやばい。穏便にどうにかできないかな」
「このごたごたした様子ならターロイが紛れてても通過できちゃいそうだけどねえ。モネに着くのが朝になりそうだよう」
行列を遠巻きに見ながら四人で思案する。橋の向こうとこちら側、両方に伸びる列は減るどころか増える一方だ。
「・・・・・・なんかこれ、処理しきれてないんじゃない?」
「む、検問のニンゲンが先頭の旅人と言い合いをしているようですよ。・・・・・・なになに、『休憩を取るためにここを通行止めにして検問を一時中止する』『はあ? ふざけんなクソ野郎』『どうでもいいから早くここを通らせろ』・・・・・・と。どうやら検問が止まっているみたいです」
「ほう! それはいいねえ」
スバルの話を聞いたホウライが、にいと笑う。
「お、いけそうか、ホウライ。だったら頼むぜ」
「おまかせだよう」
トウゲンもにやと笑って、どうやら二人で何かを示し合わせたようだ。わけが分からない俺とスバルを置いて、ホウライが一人行列の方へ行ってしまった。
「ホウライさんは何を?」
「こういう一触即発の場面は、騒ぎを起こすのにうってつけなんだぜ。ホウライは人心を誘導するのが得意でな。特に怒りの感情を誘導するのは簡単なんだと言っていたぜ」
「確かに、怒りというのは視野を狭くし、判断力を鈍らせるですからね。あのじーさん、ほうほう言ってるだけかと思ったら、なかなかの曲者です」
「見た目もしゃべりもあんな感じだから、警戒心も持たれにくいしな。それに、あいつは落としどころも上手いんだぜ。まあ見てな」
俺たちも遠巻きに見ていた行列に並びに行き、その列の脇を通って口論の場へ行ったホウライの様子を伺った。
どうやら双方を取りなしているようだ。
「ほう、お前さん方、お互い主張をしていてもらちがあかないよう。急ぐのは分かるけれど、旅人の皆さんは落ち着けよう。教団の方たちもきっと本部に言われてるだけで、好きでやっているんじゃないんだよう? もしかしてほぼ不眠不休じゃないのかなあ?」
「そ、そうだ。だから一旦通行を禁止して休憩を」
ホウライの言葉に検問をしている教団員が頷く。それを確認して彼は話を続けた。
「でも休憩をしても、その後が大変なだけだよねえ。人は溜まるし俺たちも早く通過したいから殺気立つし、暴力に訴えようとする輩もいるかもしれない。良いことないよう?」
「それは分かっているが、応援もまだ来ないし・・・・・・」
「だからさあ、酷いのは教会だと思わない? ここの教団員さんは被害者だよう。旅人の皆さんも、一番悪いのは検問するのにちゃんと人数を揃えない教会だと思うでしょ?」
「まあ、確かにそうだな」
「こんな人数で旅人をチェックしようというのがおかしいよな。俺だったらこんな検問係はうんざりするわ」
「教会のせいでこいつらも可哀想だよな」
あっ、ホウライが双方の怒りの矛先を教会に変えた。
「俺たちでモネの教会に抗議に行こうよう。検問の教団員さんは可哀想だし、俺たちは迷惑だし、何も良いことがないよねえ? 他にやり方があるんじゃないかってみんなで訴えようよう」
「その方が話が早い。みんな、そうしようぜ。おい検問係、お前らはここで休んでろよ。検問の担当が疲労困憊で倒れてるって言っておいてやる」
ホウライに釣られた旅人が、教団員を言い含める。もうすでに嫌気がさしていたらしい彼らはそれを素直に聞き入れた。
「教会にはくれぐれも、もう動けないほど酷い状態だと言っておいてくれよ。言っておくがこれは職務放棄じゃないからってな!」
「分かってるって。よし、じゃあ行こうぜ! どうせみんな真っ直ぐモネに行くんだろ? これからの旅にも支障が出るし、教会に抗議してやろう!」
「おお!」
いつの間にか先頭の旅人がリーダーになり、その語りの最中にホウライは役目を終えたとばかりにそこから離脱した。
モネに向かう行列がぞろぞろと進み始め、途中でしたり顔の彼と合流する。
「ノリのいいお兄さんがいて助かったねえ。この人数でモネに乗り込めば、その混雑に紛れて中に入れるよう。今のモネの教会は周りの街道に人員を出していて、さらに守門の人数がいないからねえ」
「ははは、これでモネまでの道のりは大丈夫だな。全くお前はのらりくらりとしてるくせに、食えない奴だぜ」
「むむむ、じーさんの戦術はスバルの苦手とするものです・・・・・・恐ろしい。スバルも気をつけないとじーさんに操られてしまいそうです」
「大丈夫だよう、スバルちゃん。大局を見ていれば俺の誘導など子供だましだよう。スバルちゃんは大事なところでは引っかからないと思うなあ」
大局か。確かに教団員たちは苛立ちに支配され、自分のことだけで、そんなものは見えていないようだった。良い悪いは置いておいて、彼らの目がこの検問の重要性に行っていたら、こんなふうには収まらなかったに違いない。
「怒りって、大事なものが見えなくなっちゃうんですね。ホウライさんが誘導しやすいって言うのも分かるな」
「感情的な爆発を伴うものはそうだねえ。でもそうじゃない怒りもあって、俺はそういうのは関わりたくないんだよう。大局を見た上で怒りを利用する奴というのがいてねえ。そいつは本当に恐ろしい」
彼の物言いが、誰か特定の人物を指しているようなニュアンスなのに引っかかる。誰のことを言っているのか。
訊ねてみたいと思ったけれど、でも多分答えを聞いても知らない人だろう。俺はなんとなくそのまま話を流した。
「さて、モネに着いたら、まずはどうするかだぜ?」
周囲が薄暗くなってきて、モネへの道程もそろそろ終盤に差し掛かる。四人の先頭を歩いていたトウゲンが振り返って、誰にとも無く訊ねた。
「良かったら俺の家に泊まって下さい。親父も文句は言わないと・・・・・・いや、言うかな? でも駄目とは言わないと思うんで」
「ほう、ターロイの家、大丈夫かねえ? 教団に見張られてない?」
「あ、そうか」
教団に俺の出自は知られている。俺が戻ってこないか見張られている可能性は十分にある。
「まあ、どうにかなるだろ。まずは俺たちだけ行って様子を見ようぜ。スバルとターロイはどこかの店で待って・・・・・・つっても、街には顔バレする知り合いも多いか。どこかに隠れてるしかないな」
「ああ、そうか。ターロイの家にいるのはイリウだねえ。じゃあどうにかしてくれるかもだよう」
親父と知り合いの二人は随分と楽観的だ。しかし俺はふと不安になる。
「うーん・・・・・・親父、ちゃんと家にいるかな。俺のせいで捕まってたり、店じまいさせられたりしてたら・・・・・・」
「まあ、そんなことはありえないだろうぜ」
「イリウがおとなしく従うわけないよう」
なんでか即行で否定された。
「じゃあ、とりあえずその後のことはモネで一息ついてからだな。ターロイ、顔がバレないように、気をつけて行くぜ」
「は、はい」
行列の先頭がモネにたどり着く。
俺は目深にフードをかぶり、付近に知り合いがいないことを祈った。




