情報を持って
古着屋を出ると、俺たちは僅かな水と食料だけ買って城門へと向かった。
インザークへはモネを経由して徒歩で五日ほどかかる。まずは今日の夕刻までにモネに着くのが目標だった。
「おっ、今日も子供は元気だぜ。どれ」
差し掛かった通りではキッズギルドの子供があちこちの店で手伝いをしている。
トウゲンがそのうちの手の空いた子供を見つけて、手招きで呼び寄せた。いつものことなのだろう、すぐに気付いた子供が、躊躇いなく走って近くに寄ってくる。
「まいど、トウゲンさん。ご用は?」
笑顔で御用聞き、やっぱり慣れた様子だ。
「今日も情報頼むぜ。モネと教団関係で、新しい話はないかい?」
「ああ、なんかあったよ。えっと・・・・・・」
少年はズボンのポケットからメモを取り出す。
「うん、昨日から、街道で教団が検問を始めたらしいね。たぶんモネへの道でもやってるんじゃないかな。詳しい話が知りたいなら、シギを呼んでくるけど」
「そうか。じゃあシギを頼む」
「了解」
トウゲンが銅貨を渡すと、それを受け取った少年は路地に入っていってしまった。
「わざわざシギに話を?」
「そう。出発前は必ずだぜ。旅をしてると近隣の情報は重要だからな。お前もミシガルに立ち寄ったら、話は聞いておいた方がいいぜ。特にシギは情報提供だけじゃなく、そこからの推論が的確なんだ」
「あの子は賢いからねえ」
確かに彼の言葉遣いや知識は孤児とは思えない。何か教育を受けていたんだろうか?
「シギというのは何者です?」
隣で話を聞いていたスバルが首を傾げる。
「情報をくれる子供だよ。すごく頭の良い子なんだ」
「ふむ。ターロイやおっさんたちの味方ですか?」
「シギは味方と言うか、信用できる人間だぜ。嬢ちゃんも顔を覚えておきな。ほれ、あの子だぜ」
トウゲンがそう言って路地に視線を送ると、シギが歩いてきた。
「おはよう、トウゲンさん、ホウライさん。ターロイも一緒なんだね。・・・・・・そっちの人は?」
俺たちをぐるりと見回したシギが、スバルに目を留める。
「スバルはターロイのバディですよ。お前がシギですか。なるほど、意志が強そうな良い眼をしてるです」
「へえ、ターロイの相棒か。よろしく」
軽く挨拶をすると、少年はすぐにトウゲンに向き直った。
「みんなはこれからモネに行くの? だとしたら、少し面倒かも。聞いたと思うけど、昨日から街道の要所で検問が始まったんだ。特にミシガルからモネの街道が厳しいらしいんだよ」
「ほう、厳しいって、どんな感じかねえ」
「今日の早朝にモネから来た旅人の話だと、通行手形があってもなかなか通してもらえないみたい。教団が誰か人を探してるみたいで、一人一人を確認してるんだって。おかげで昨日は日暮れまでにミシガルに着けなかったって言ってた」
「へえ、そりゃあ面倒だぜ」
教団が探している誰か・・・・・・まあ、俺のことだろう。
商人二人もウェルラントから聞いて承知しているのか、それはおくびにも出さない。
「シギ、迂回できそうなとこはないのか? 俺たちは急いでるんだぜ」
「検問は要所にあるって言っただろ。川を渡る橋の手前とか、谷を跨ぐ橋の先とか、絶対通らないと次の街に行けないとこにあるんだよ。そこを避けるなら、別の手段で渡るしかない」
そう言ったシギに、スバルが平然と提案する。
「そんな間怠っこしいことせずに、検問所をぶっつぶして行ったらどうですか?」
それに周りの四人の男は一瞬固まってしまった。
「いや、スバル、簡単に言うけど・・・・・・」
「そうだな、つぶしていくのは後々のことを考えると賢明ではないけど、通り抜けるくらいならできるかもしれないよ」
俺が彼女をたしなめようとして、しかし、思いも掛けずそこにシギが言葉を挟んできた。
「ほう、どうやってかねえ」
「検問に時間が掛かるのは、おそらく急ごしらえで人員が足りないからだ。ミシガルに教会が無い分、モネの教会から派遣される人間だけでまかなってるからね。昨日から始まったばかりで、交代要員もまだ用意できていないと思う。今ならそこで何か騒ぎを起こせば、どさくさに紛れてモネ側に行けるんじゃないかな」
「騒ぎを起こすか・・・・・・そういうことなら、いけるかもだぜ」
トウゲンがスバルを見る。あ、これスバルを使って何かやる気だ。
「なんか、この提案に従っちゃうと、シギを悪事に荷担させたみたいで気が引けるんだけど・・・・・・」
俺がなんとなく気乗りせずに渋い顔をすると、逆にシギにたしなめられた。
「ターロイが気にする必要なんてないよ。俺はトウゲンさんたちやターロイを信用していて、だからみんながしようとすることは悪事だなんて思っていない。もしこれが悪事だったなら、俺の見る目がなかったということだよ。・・・・・・そもそも、俺は検問も含め教団がやってること全て、ひとつも良いことだと思ってないしね」
「ほおう、お前はなかなか見所があるですね! スバルはシギが気に入ったですよ。自分の目と判断を信じ、自分で責任を取る覚悟、立派な男です!」
シギにシンパシーを感じたらしいスバルが大きく頷く。そしてどこからか木の実を取り出して、シギに手渡した。
あ、この実は。
「何? これ」
ぱちくりと目を瞬いた少年に、スバルがにこと微笑む。
「シギにもあげるですよ。これはホーチ木の実というです。思い切りつぶすとスバルを呼ぶことができるですから、何か困ったことがあったときにつぶすといいです」
「え、困ったとき呼ぶって、どういうこと?」
にこにこ笑ったままのスバルに困惑するシギに、俺は苦笑してフォローを入れた。
「こう見えてスバルはめちゃくちゃ強いんだ。万が一、力を借りたいとき用に、お守り代わりにもらっておけばいいよ」
「・・・・・・うん、わかった。ありがとう、スバル」
まだ少し怪訝そうではあるけれど、素直に頭を下げた少年にスバルはふふふと笑った。
「安心するが良いです、シギ。スバルたちはお前の信用を裏切らない。信用される己という自負がいかに自分の心を支えているか、スバルは知っているのです」
彼女の言葉は恣意的で分かりづらい。けれどシギはスバルの言わんとしていることをいくらかくみ取ったようだった。
「・・・・・・スバルって、変なひとだね。でも、なんか信用できる」
彼が肩を竦めて小さく笑うと、彼女もにっこりと笑った。
「シギ、変なひとだけ余計です」




