出立の朝
「おう、元気だったか、ターロイ」
「久しぶりだよう」
翌日、出立の支度を終えてエントランスへ行くと、そこには以前世話になった二人の商人がいた。
彼らはウェルラントと何かを話していたけれど、俺たちに気付くと手を上げて朗らかに挨拶をしてきた。二人も元気そうだ。俺はそれに頭を下げて応えた。
「トウゲンさん、ホウライさん。どうしてここに?」
「私が呼んだ。お前たちは旅をするのは不慣れだろう。二人はそれぞれの街に伝手があるから、同行を頼んだのだ。商人の一団となれば道中で教団の目眩ましにもなるしな」
ウェルラントの言葉に、トウゲンがわはは大きくと笑う。
「ホウライの髭面にも飽き飽きしてたから、新顔は大歓迎だぜ。そっちの女の子が獣人の嬢ちゃんかい」
「えっ、トウゲンさん、スバルのことを知って・・・・・・?」
「ほう、存在は俺たちも知ってたよう。お目に掛かるのは初めてだけどねえ」
「これからしばらく衣食を共にするんだ。隠していては窮屈だろう。安心しろ、二人は口は堅いし機転も利く」
確かに、俺だけではスバルを隠しきれるか不安がある。旅慣れた二人がついてきて来てくれるのはありがたい。
しかし、スバルはどうだろう? 知らない商人が同行することをどう思うだろうか?
ちらりと隣の彼女を見ると、スバルも俺の方を見た。
「ターロイ、こいつらはいいニンゲンですか?」
率直な問いかけに頷く。
「うん、いい人だよ。こっちの体格のいい人がトウゲンさんで、そっちの髭の人がホウライさん。この間世話になったんだ。キッズギルドの橋渡しもしてもらったし」
「ふむ、ターロイがそう言うならいいです。スバルはトウゲンとホウライの同行を認めるですよ」
「おう、よろしくだぜ、嬢ちゃん」
「ほうほう、じゃあまずはスバルちゃんにお近付きのしるしにこれをあげようねえ」
「はうう! そ、それはさくさくとした食感にカリッとしたアクセントがたまらない、ミシガル産くるみたっぷりクッキー! ・・・・・・ふふふ、お前らやるですね。楽しい旅になりそうです」
あっ。スバルがあっという間に手なずけられた。さすが商人、人の懐に入るのが上手い。
「お前にはこれを渡しておく。旅の資金だ」
彼らのやりとりを眺めていると、それを横目にウェルラントが布袋を俺に手渡した。ずっしりと重いそれは、すぐに大金と分かる金貨だった。
「えっ!? こ、こんなに?」
「四人分だと考えればこんなものだろう。必要なものはこれでそろえてくれ。それからこれがお前とスバルの通行手形だ。名前も出身も偽装だが、私の公認印が捺してあるから検問で疑われることはないと思う」
「・・・・・・領主が通行手形を偽造とか、大丈夫なんですか?」
「お前はもう分かっていると思うが、私は結構利己的な男だ。目的のためなら何でもする・・・・・・という点ではグレイと同じかもしれん」
彼の目的。それってやっぱり、カムイの行方を捜し、連れ戻すことだろうか。それをカムイが受け入れなかったらどうする気だろう。
そもそも一体二人はどういう関係なんだ?
「さあ、そろそろ出立しろ。街中で支度を調えて、早めに出ないと今日中にモネに入れなくなるぞ」
俺の不審を置いて、ウェルラントは商人たちに声を掛けた。
「そうだな、街で嬢ちゃんの支度が必要だぜ。野宿用のテントも俺たちのだけじゃ足りないしな」
「それじゃあ、ウェルラント様、行ってくるよう」
「ターロイも、早く来るです」
商人は足下に置いていた荷物を持ち上げて背負うと、彼に軽い挨拶だけをして玄関を出てしまう。
スバルも彼らに続いて先に出てしまった。
「・・・・・・じゃあ、俺もこれで」
「ターロイ」
最後に挨拶をした俺を呼び止めて、ウェルラントが真っ直ぐ見据える。その瞳には何か切実な思いが乗っているようだった。
「あの二人はカムイのことを知らない。あいつを探すときは、お前とスバルだけで動いてくれ」
「えっ? 二人に教えちゃ駄目なんですか?」
「駄目だ」
きっぱりと言って、彼がわずかに目を伏せる。
「あの姿をこれ以上他人に見せるわけにはいかない。誰にも知られてはいけない、あいつの能力は」
自身に言い聞かせるように呟いたウェルラントは、再び俺を見つめた。
「カムイのことを、宜しく頼む。あいつは、私の・・・・・・」
「ターロイ、遅いですよ!」
彼が何かを言おうとして。
しかしそこにスバルが戻ってきて、話はそこで終わってしまった。
「あの・・・・・・」
「・・・・・・とにかく、十分気をつけて行ってこい」
胸の前で腕を組んだウェルラントは、もう言葉を続ける気はないようだ。それに心の中で小さく嘆息して、俺は軽く会釈をした。
「わかりました。行ってきます」
「・・・・・・頼む」
彼の声に乗る懇願じみた響きは、何を意味するのだろうか。




