冤罪
ウェルラントの部屋に呼び出されたのは、翌日の夜だった。
彼の表情からして、今日も機嫌が悪そうだ。
俺たちが執務机の前に立つと、ここまで連行してきた看守が主人に一礼して出て行った。
「教団から返事が来た」
人払いした部屋の中、挨拶もなくそう言って彼はふん、と鼻を鳴らした。
「返事?」
「怪我人を送り返したときに付けた文書にだ。どう落とし前を付ける気だと書いてやったら、こんな奴ら知らんと言ってきた」
「え? 見捨てたってこと・・・・・・?」
「奴ら、再生師研修生らしいな。正式な教団員じゃないから、しらばくれるつもりなのだ。嘘なのはもちろん分かっているが、証拠を出せと言われると私も難しい。残している奴らに証言させたところで、教団は知らぬ存ぜぬを貫くだろうしな」
「酷い・・・・・・自分たちがやらせたくせに」
「もっと酷い話があるぞ」
ウェルラントは一枚の紙を俺の前に差し出した。
「ミシガルを襲ったのは、ターロイという悪人なのだと言ってきた。奴らはその仲間じゃないかと。あいつら、私とお前が面識があると知らないからな」
「へっ!? 俺!?」
突然書面に出てきた俺の名前、確かに書いてある。斜め上の展開に唖然とするしかない。どこをどうしてそうなった。
「目撃者がいて、そう証言しているそうだ。おそらく一人だけアイテムを持って逃げたという泥棒鼠だろう」
「!? サージか・・・・・・!」
その名前を口にしただけで、ざわざわと心が波立つ。
あの男はまた自分だけ逃げおおせて、他人に罪をなすりつけたのだ。きっと教団に戻ったサージは、自分がいかに活躍しアイテムを持ち帰ったか、虚言にまみれた報告をしたのだろう。もしかすると一緒だった他の人間がみんな俺に寝返ったなどと、ありえない証言をしているかもしれない。
「ターロイは教団の再生師候補・・・・・・ゆえに責任を持って教団で捕縛し、処罰すると書いてある。まあ、処罰などと書いてあるが、罪を全てかぶせて殺すということだ」
「こ、殺っ・・・・・・!?」
「ビビることはないです、ターロイ。敵が来たらスバルが全部やっつけるですよ」
これまで話を黙って聞いていたスバルが口を挟む。
「・・・・・・スバル、お前は随分ターロイと仲良くなったようだな」
「そうですよ、スバルとターロイはバディですから!」
ドヤァと胸を張る彼女に、ウェルラントは小さく肩を竦めた。
「それで、仲良しの二人はどうしてあの場所にいた? まずはそこから教えてもらおうか。まさか、奴らに便乗してアイテムを盗ろうと考えていたわけじゃあるまいな?」
「ち、違いますよ! 重要アイテムがあいつらの手に渡らないようにしろって言われたんです。サーヴァレットを・・・・・・」
「それだ。そのサーヴァレットの話は誰に聞いた。あれは確かに重要なものだが、その価値を知っているのは教団にはいない・・・・・・あ、いや、もしかして、あれか・・・・・・」
「再生師のグレイという人に」
正直に答えると、彼はひときわ不愉快そうな顔をした。
「やはりあの男か・・・・・・ということは、カムイを呼び出した方陣も・・・・・・」
「グレイが俺のマントに仕込んでいてくれたみたいです」
「くそっ、結界が消えることも織り込み済みか!」
ウェルラントが苛立たしげに声を上げる。
グレイの反応もそんな感じではあったけれど、やはり二人は知り合いのようだ。
「・・・・・・他に、あの男は何か言っていたか」
「えっ!? ええと・・・・・・。あなたが神の使いの青年を幽閉しているから、それを解放しろと・・・・・・」
「ルークというニンゲンだと言ってたですよ。お前、あの地下でニンゲンを飼ってたですか?」
おずおずと言った俺の隣で、スバルがズバッと切り込んだ。
「・・・・・・っ」
それにウェルラントが一瞬黙り込む。その顔は気を悪くしたと言うよりは、どこか狼狽えたような表情だ。
「違う、飼ってなどいない。あそこは・・・・・・地下は、古代史とアイテムの研究施設で・・・・・・今は誰もいない。神の使いなんて、私は興味もなかった」
彼の視線が下に落ちて、独り言のような弁解じみた呟きが漏れる。
空気を読まない少女は、そこに再び突っ込んだ。
「あそこの地下にはカムイの血の匂いがしたです」
その言葉に再び目線を上げたウェルラントは、スバルをじろと睨みつける。しかし彼女がそれを平然と受け止めると、彼は一つ大きくため息を吐いて白状した。
「・・・・・・あの地下で研究や古書の解読をしていたのはカムイだ。ルークの知識や力を借りはしたが、私が世界から隠したかったのはあいつだけだ。神の使いじゃない」
最初の俺の想像通り、ウェルラントが閉じ込めていたのはカムイだった。
でも、何のために? いつから? どういう理由で?
聞きたいことはあるけれど、彼はそれを許さずに話を続けた。
「何にせよ、早くあいつを捕まえないとまずい。ターロイ、カムイはサーヴァレットを取り返しに行ったと言っていたな」
「そうです。そして俺には教団に戻るなって・・・・・・」
「と言うことは真っ直ぐ教団に向かったか・・・・・・。サーヴァレットを手に入れて、あいつはその後どうするつもりだ・・・・・・。もしあの変態メガネに見つかったら」
変態メガネって、もしかしてグレイのことか。
「カムイは俺が戻らないことをグレイに伝言しておくって言ってたので、多分会うんじゃないかなあ・・・・・・と」
「馬鹿な! あいつ、自分から会いに行く気か!?」
思わず、という様子でウェルラントが机を叩いて立ち上がる。
その剣幕に怯んだ俺の隣で、スバルが首を傾げた。
「そのグレイとかいう奴は悪い奴なんですか?」
「い、いや、俺はいろいろ助けてもらったし、いろいろ教えてもらったし・・・・・・。性格的に難があるけど、悪い人ってわけじゃないと思うけど」
「あの男はその性格的な難が最悪なんだ。言っておくが、あの変態メガネは間違いなく善人ではない。自分の研究のためなら何でもする男だ。昔から他人をモルモットとしか思っていない」
苛立たしげに言って、ウェルラントが再びどかっと乱暴に腰を下ろす。眉根を寄せ視線を伏せながら、しばし逡巡した彼は、また大きなため息を吐いた。
「・・・・・・少し話が逸れるが、ターロイ、もし釈放されたらお前はこれからどうするつもりだ」
「え? えーと」
突然ずれた話に慌てる。
「グレイに聞いた、真の再生師になる修行に行きたいんですけど、正直どこに行っていいのか何をしていいのか分からない状態です。おまけに教団に命を狙われてるしなあ・・・・・・」
「だったら一つ、提案があるのだが」
ウェルラントは反応を伺うように俺を見上げた。
「提案?」
「インザークに行ったらどうだ。そこに行けばグレイがいる。改めて再生師の話が聞けるだろう。通行手形や資金は私が用意する」
「あ、そうか、グレイは普段インザークにいるって言ってたっけ。・・・・・・でも、俺に資金を出すってことは」
「もちろん、その代わりにやってもらいたいことがある。・・・・・・カムイの行方を探って欲しい。サーヴァレットの所在もだ。両方、あの変態メガネが絡んでいるなら、何か知っているはずだ。捕まって研究所に入れられている可能性もある」
確かに、グレイなら教団の情報も入るし、知っていそうだ。が。
「そのくらい、構わないですけど・・・・・・。でも俺、教団で指名手配されてるんですよね? 無事にたどり着けるか分からないですよ。途中で俺が捕まってしまうかも」
「そんなことは心配する必要ないです、ターロイ。お前はスバルが守ってやるですよ」
俺が弱気な科白を吐くと、スバルが間髪入れず言い放つ。
それにウェルラントが頷いた。
「もしスバルがターロイを守ってくれるなら私としても助かる。今日までお前たちを外に出さなかったのは教団の出方を見るためだったが、予想よりも悪い展開なのは確かだ。私も、そろそろ行動を起こさないといけないからな」
「別に、お前のためじゃないですよ」
少女が頬を膨らまし、憎まれ口を叩く。しかし気分を害した様子もなく男は再度頷いた。
「それで結構だ。ターロイを守るのは、どちらにしろお前のためにもなる」
そう告げたウェルラントが、捕まったときに取り上げられた俺の荷物を机の上に差し出す。良かった、ようやく俺たちは罪人扱いを脱したようだ。
「今日はちゃんと客室を用意する。出立は明日の午前だ。今のうちに十分休んでおけ。・・・・・・用件は以上だ」
そうして話は決まったけれど、結局彼の表情は、最後まで晴れることはなかった。




