俺とスバル
「とりあえず、朝食が来るまでは時間がありそうだから、それまで少し眠っておこう。スバル、ベッド使っていいよ」
「結構です。どうせスバルは獣臭いので、隅っこで眠るですよ」
持ってきてもらった毛布を渡すと、彼女は少し拗ねた様子で牢の角隅に行って丸まってしまった。
「いや、だから臭くないって。なんて言ったらいいのかな、ほら、男と女が一緒に寝起きするとかさ、気にならない?」
「何が気になるのですか?」
何って言われても、全体的になんだけど。まるで意味が分からないとばかりに眉根を寄せられて、説明に困る。
「男といて、眠ってる間に襲われたらどうしようーとか、思わない?」
「ターロイがスバルを襲うんですか?」
「襲わないけど。もしもの話」
「スバルは眠っていても殺気には気付きますよ」
うーん、話がかみ合わない。やっぱり彼女はこういうことにとことん疎いようだ。俺が気にするだけ無駄、なのだろう。
「・・・・・・はあ、まあいいか。でもとにかく、スバルはベッドで寝なよ」
「スバルはいつも地面で寝ているですから、おかまいなくです」
「そういうわけには行かないよ。女の子を床に寝せて自分だけベッドに寝るなんて、いくらへたれの俺でも男が廃るだろ」
「女の子?」
突然、今まで反応が鈍かったスバルが、俺の言葉に興味を引かれたようにぴこりんと耳を立てた。かぶっていたフードがずれて、両耳が覗く。
「女の子はあんまり体を冷やしちゃ駄目だってエイランさんも言ってた」
「ほほう、なるほど、スバルを女の子扱いするとは、さすがターロイです・・・・・・。じゃあちょっと、ベッドで寝てやってもいいかなです」
なんだか浮かれたそわそわした様子でスバルが立ち上がった。
その科白から察するに、彼女はあんまり女の子扱いされたことがなかったのかもしれない。
まあ、力が強くて性格も男前だからな・・・・・・。
スバルは機嫌良くベッドに上ると、フードマントを脱いで頭から毛布をかぶった。そのままベッドの隅に丸まってしまう。
「・・・・・・ベッド、もっと広く使ったら?」
「ベッドに乗っておいて何ですが、正直スバルは野生生活が長いので、どーんと大の字になって無防備に眠るなどという恐ろしいことはしないのです。結構スペース空くですから、ターロイもここで寝たらどうです?」
「いやいやいや、だからな、それは問題があるって」
大仰に首を振ると、彼女はまた拗ねたように頬を膨らませた。
「やっぱりスバルが獣臭いからですか」
「だから違うって! 俺も普通に男だから、露出度の高い可愛い女の子と一緒のベッドで寝るとか、いろいろアレな感じで緊張して無理なんだって!」
慌てて弁解した俺の言葉に、一瞬目を瞠ったスバルが、途端に瞳をきらきらと輝かせた。
「可愛い女の子・・・・・・! そ、その形容詞はきゅんきゅん来るですう・・・・・・」
反応して欲しいところはそこじゃないんだが。
・・・・・・しかし、機嫌が良くなったみたいだから、まあいいか。
お菓子をあげたときといい、こういうふうに女の子らしい表情をする彼女は実際可愛いと思う。
「だからさ、俺はいいから一人で寝てくれよ」
「うむ、アレな感じとはどういう感じか、スバルには分からんですが分かったです。とりあえず、ターロイはスバルが嫌なわけではないのですね?」
伺うように見上げてくるスバルに苦笑する。
心配しなくても、彼女を嫌う理由なんてどこにもない。
「嫌どころか、俺はスバルのこと好きだよ」
「好っ・・・・・・!?」
何気なく、素直に返した言葉に彼女が固まった。
あれ? 別段そんな雰囲気でもなく、スバルもずっとそういう展開から外れた調子だったし、単純に親愛から発した科白、だったのだが。
だったのだが、目の前の彼女はいきなり顔を真っ赤にしてあたふたしだした。
「そそそそそそういうことは、軽はずみに言うものではないですよ! スバルにも心の準備と言うものが!」
「えーと、スバルさん、落ち着いて」
何か誤解があるかもしれない。とりあえず宥めようと声を掛けたけれど、スバルはそのままベッドに突っ伏してしまった。
「す、す、好きだなんて・・・・・・味方、友達を超えて親友の領域まで行けそうな未知なる言葉・・・・・・親愛の最上級じゃないですか!」
あ、そんなに誤解でもなかった。かなり大げさではあるけれど。
そうか、スバルはずっと一人だったのだ。
だから男女の好き嫌い以前に、同胞がいない彼女には、親友という存在すら憧れなんだろう。そう思ったら、わざわざ否定することもない。
「いいんじゃないか、親友で。スバルが良ければだけどな」
あっさりと告げると、スバルがベッドからがばと顔を上げた。
「し、親友・・・・・・!」
少し狼狽えて、落ち着かない様子でおろおろと目線を泳がせている。彼女にとってはそれほど衝撃的なことなんだろうと考えて、俺はしばらくスバルの視線が戻ってくるのを待った。
だって何人もの大男と命懸けで戦う度胸の持ち主のくせに、俺のこんな一言で動揺するなんて微笑ましいじゃないか。
ひとしきり狼狽えた彼女は、最後にはもじもじと恥じらった。
赤い顔のままちらりとこちらを見上げた視線に、ちょっとどきりとする。
「あ、あの、スバルもターロイのこと好きですよ?」
頬を染めて上目遣いに告げられた言葉に、俺までつられて赤面してしまった。
いや、うん、分かってる。この科白は、親友OKの返事だ。他意はない、全然ない。
しばし二人の間に妙な沈黙が流れてしまったのは偶々だ。
俺は気を取り直してこほんと一つ咳払いをすると、スバルに右手を差し出した。
「じゃあ、これから俺たちはバディだな。よろしくな、スバル」
俺の言葉に再び瞳をきらきらさせた彼女は、
「よろしくです、ターロイ!」
気合いが入りすぎて俺の右手を握りつぶしそうになったのだった。




