拘束
「ミシガルの城門に『あいつ』をけしかけたのは、やっぱり教団だったか・・・・・・。俺が駆けつけて来れないと思って、随分派手にやってくれたじゃないか」
塀の錠前を開けて現れたウェルラントが、静かに怒気を含んだ声を発した。
まだ俺たちの位置からは離れていてその表情を確認することはできないが、大分イラついた様子が俺にでも分かる。
「・・・・・・あの男が自分を『俺』と言うときは、素が出てるときです。感情を剥き出しにすることは滅多にない男ですが、一度こうなるとマジ面倒臭え奴なのですよ」
俺に耳打ちをしたスバルが控えめにため息を吐く。
それからすっくと立ち上がって、俺を背にかばうようにウェルラントの前に出た。
「・・・・・・スバル。お前、なんでこんなところにいる」
彼女の姿は月の光を跳ね返す。まだ少し離れているものの、すぐにスバルを確認した男は、怪訝かつ不機嫌な声音で訊ねた。
さすがに彼女を教団の手先だと勘違いはしないだろう。敵意や殺気は向いていないようだ。
「お前こそ、この建物で何をしていたですか。この地下からは血の匂いがするです」
「地下、だと・・・・・・? お前、見たのか!?」
しかしスバルの言葉にウェルラントが気色ばんだ瞬間、周囲の空気が一気に張り詰めた。知らず皮膚が泡立って、俺の体は矢面に立っているわけでもないのに硬直する。
かちゃり、と鞘が鎧に当たる音がして、男が剣の柄に手を掛けたのがわかった。
何だ、この殺気。
それを感じたスバルの尻尾がびっと立って、威嚇するようにぶわと毛が逆立って膨らんだ。
まずい、これ、スバルが戦ってしまう。
見た目元気だとはいえ、スバルはまだ完全に回復したわけではない。本調子ですら劣勢気味の彼女が、この何だか狂気じみた雰囲気のするウェルラントを相手にして無事でいられるとは思えなかった。
最悪、せっかく助けたのに命を落としてしまいそうだ。
「みっ、見てません! 地下は見てませんよ!」
思わず彼女の後ろから顔を出して代わりに否定をする。すると彼は俺の存在に少し驚いたようだった。一瞬黙って、それから幻滅と侮蔑の乗った舌打ちをする。
「ターロイ・・・・・・。まさかお前が教団の一味としてここに来るとは」
「いや、待って、違います! 俺は教団の回し者じゃ・・・・・・」
「ターロイ、無駄ですよ。この男、頭に血が上ると人の話を全く聞かないのです。少し、血を抜いてやらないと」
そう呟いたスバルは、両手を地につけると狼に変化した。
「ちょ、戦っちゃ駄目だよ、スバル! まだ回復ができてないだろ! それに君にまた怪我をさせたら、俺がカムイに怒られるし!」
彼女を抑えようと慌ててその首根に飛びつく。
しかし俺の制止に反応したのは、スバルではなくウェルラントの方だった。狼に向いていた殺気が少しだけ逸れる。
「・・・・・・どうしてお前がカムイを知っている・・・・・・?」
訝しむ言葉には、少し動揺が見えた。
「え? えっと・・・・・・さっき教団の連中に襲われてるとこを助けてくれて・・・・・・」
「さっき? ・・・・・・今、カムイはどこにいるんだ!?」
「あの、アイテムが教団の人間に盗まれたんで、それを取り戻しに」
俺が素直に答えると、その眉間にしわが寄る。
「くそ、サーヴァレットか・・・・・・!」
やはり彼にとっても重要なアイテムだったのだろう。ウェルラントが苛立たしそうに呟く。
それからこちらをじろりと睨むと、腰から淡く刀身が光る剣を抜き、居丈高に俺にそれを向けた。
「ターロイ・ミチバ。この状況の重要参考人としてお前を連行する。おとなしく俺に従え」
「じゅ、重要参考人!?」
その響きに狼狽える俺の前でスバルがうなり声を上げる。彼の物言いが気に触ったのか、今にも飛びかかりそうな勢いだ。
「スバル、お前は特に関係ないだろう、立ち去れ。このままかかってくるなら相手をしてやるが、いつもより酷い目に遭う覚悟はあるんだろうな」
彼女を一瞥したウェルラントの瞳は冷たく、そこには誇張も嘘もない。
俺は慌ててスバルの前に出て、狼を彼の視界から隠した。
「い、行きます、俺おとなしくついて行きますから! スバルには手を出さないで下さい!」
「スバルがかかってこないなら何もしない」
「お、俺が責任もって止めますから」
「なら、それでいい」
こちらに向いていた刃の切っ先が、ようやく逸れる。
あっさりと剣を納めた男にほっとした俺の後ろで、スバルが不服そうにぐるる、とうなった。




