月下の攻防
森の中は月明かりもあまり頼りにならない。
それでも皮肉なことに、ところどころにある遊び半分に打ち倒された木と動物の死骸が、森の出口への道しるべになった。そのどれもが彼女の憤激を煽るような殺され方で、俺はひどく不安になる。
スバルがそう簡単にやられるとは思わない。
身のこなしもその力も並外れていて、普通の人間なら太刀打ちできないだろう。
けれど充魂された武器というものの威力がどれくらいなのか分からないし、何より相手は性格はどうあれ国中から選抜された腕力の持ち主だ。それが複数人となると、苦戦を強いられることは間違いない。
スバルの戦闘スタイルは、一対多の戦いでは分が悪いのだ。
急いで彼女を追いながら考える。
もはやサーヴァレットを手に入れて帰るだけなんて無理だ。誰もが無傷で済むこともあり得ない。
だとしたら、俺に何ができるだろうか?
血を見て卒倒するのは絶対駄目だ。だとしたら、こっそり屋敷に回り込んで、ウェルラントに助けを求めるしかないか。いや、わざわざ行かなくても、大きな音を立てれば気付いて出てきてくれるかも。
・・・・・・よし、着いたらあの建物を壊してしまおう。うまく壊して屋根を真下に落とせれば、あいつらは埋まってしまったアイテムを盗ることはできない。サーヴァレットも守れるし、ウェルラントも呼べるし、一石二鳥だ。
あ、でもあの建物には神の使いが幽閉されてるんだっけ。だとしたらそれも・・・・・・。
そこまで考えたところで、いきなり、ドン! と大きく空気が振動した。
驚いた俺の前方に火柱が上がる。
森の中まで照らされるような、強い炎だ。
その上空に一瞬だけ炎でできた魂方陣が現れ、そのまま灰になるようにさらさらと流れて行ってしまった。
そう言えば、スバルがあの建物には結界があると言っていた。魂方陣で守られていたということか、アカツキの祠のように。だったら俺でも壊すどころか入れもしない。が。
ちょっと待て。
それが・・・・・・今、力尽くで破られた?
魂方陣に付随した炎なのか、それはすぐに鎮火し、少し遠くで狂喜じみた多数の笑い声が響いた。それに混じって獣のうなり声と、ハンマーが何かを砕く音がする。
どうも奴らはこれが暗々裏に済ませる仕事だということを忘れてしまっているようだった。
これなら、俺がたどり着くまでにウェルラントが駆けつけるかもしれない。
走りながら、俺はそれを願った。
「もうよろよろじゃねえか。さっさと殺しちゃえよ」
「何だよ、四人もやられたし、もっと苦しませないとだろ」
「早くしろよ、お宝回収するぜ」
ようやく前方に開けた草むらが見えた。まだウェルラントは来ていないらしい。スバルの苦しげな威嚇と、男たちの軽口が聞こえる。
いた。
壁に無残に穴の開いた建物があり、その手前に月光の下、血だらけの狼と男数人。スバルは体で呼吸をし、立っているのもやっとのようだった。
「じゃあ、そろそろ引導を渡すか。どうやって殺してやろうか」
そう言って彼女に向かってウォーハンマーを振り上げたのは、・・・・・・サージだ。
俺は咄嗟に背負っていたスレッジハンマーを手にし、スバルの前に走り込んだ。
「サージ! 貴様っ・・・・・・!」
一瞬の判断で、振り下ろされるウォーハンマーの破壊点を下から打ち抜く。狙った火花は、インパクトの瞬間に俺に熱すらも伝えるような光を発した。
オリハルコン製のハンマーヘッドだけがサージのはるか後ろに飛んで転がり、鋼鉄でできた持ち手が粉々に砕け散る。
それに男が呆然と呟いた。
「ターロイ・・・・・・なんでお前がここに・・・・・・っ!?」
今までアイテムによって興奮状態だった男が、俺の顔を見て青ざめ、慌てたように後ずさる。
「ちっ・・・・・・、おいみんな、こいつも殺っちまってくれよ!」
自分は逃げを打ちながら、サージは俺に他の男たちを焚き付けた。武器の威力を楽しみたい再生師候補たちは、すぐにそれに呼応して集まってくる。
「サージ、お前は自分のくだらないプライドを守るために俺を陥れ、教団の言うなりに盗みを働き、あげく俺を殺せと言うのか。自分で手も下さずに」
この男にはもう何の改心も期待していない。ただ確認するように自身の所業を突きつけると、サージは癇癪を起こしたように喚いた。
「う、うるせえ、お前はいちいち邪魔なんだよ! お前さえいなければ・・・・・・!」
「俺がいなくなってもお前は何も変わらないよ」
きっぱりと告げた俺に、あいつはどんな顔をしたのだろう。
すぐに俺たちの間に他の人間が割り込んできて、それを確認することはできなかった。
「話はその辺にしとけよ。どうせもう死ぬんだからな」
一人の言葉に周りの男たちが笑い声を上げる。
「俺、人間殺すの初めてだよ」
「ここなら人殺しもバレないし、ちょうど良かったぜ」
俺は男たちを睨みつけたまま少し後ろに下がり、腰を落としてすでに倒れ伏している狼に手探りで触れた。
まだかろうじて呼吸はある。しかし出血が激しいようだ。もう自分では動けそうにない。
俺がこの人数相手に抱えて逃げるのは到底無理だろう。立ち向かって武器を破壊するにしたって、一度に全員で来られたらおしまいだ。
唯一の希望はウェルラントだが、まだ来る気配がない。
これは万事休すかも。
だが、狼を置いてこのまま一人逃げる気は毛頭無かった。
スバルの信念、そしてサージの覚悟の無さ、それは事なかれ平和主義たる俺の生きる選択を大きく揺るがしたのだ。
ここで保身のために彼女を見殺しにして逃げたら、俺は俺という人間の尊厳を失ってしまう。こいつらが悪い、逃げた俺は悪くないなんて、サージのような言い訳をして生きるのはごめんだ。
わかった、ずっと怖いことから逃げていた俺が、どうしてこんなことに巻き込まれているのか。
そうだ、逃げ切れないんだ、選択しなくてはいけなかったんだ、俺は。
でないと、これからも何も変わらない。サージに向かって吐いた科白はブーメランのように自分に返る。
性格が正反対のようで、俺とあいつはよく似ている。だからお互い自分の汚点を見るようで許せなかった。
都合の悪いこと、自分のコンプレックスから目を背け、みっともなく逃げ回っていた卑怯で卑小な俺たち。わだかまりは澱のように心の底に重なっていた。
でも、もうやめだ。サージと決着をつけて、前に進む。スバルのように信念を、自分の根幹に打ち立てるのだ。
それに親方流に言えば、俺はここに必要とされ、引っ張られて来たのだと思う。
だとしたら今俺がすべきことは、彼女を置いて逃げることではないはずだ。
殺されるためにここにたどり着いたわけじゃない。
あきらめるな、考えろ、俺。
見逃した抜け道、打開のヒント。
どこかに有効な破壊点はないだろうか。
面白半分にどうやって殺すか、誰が先かなどと軽い口調で話し合う男たちに気を向けながらも、集中して辺りを見回す。
破壊ができるのは、人間とアイテム、さらにその後ろに立つ壁に穴の開いてしまった建物。付近に転がっている石。
・・・・・・あれ、他にも、なんだろう、建物の床に破壊点が見える。
地下があるのか? 暗くてよく見えないが、出入り口となる落とし戸があるようだ。しゃがんでいないと分からないテーブルみたいなものの下に、鍵が付いて・・・・・・。
そこではたとグレイの言葉を思い出す。
そうだ、ここには神の使いが幽閉されていると言っていたのだった。さっきこいつらは人を殺すのが初めてだと言っていたし、スバル以外と戦った形跡もないし、まだ会っていないのだろう。
ということは、いるのか、地下に。
僅かな希望に俺は緊張の唾を飲み込んだ。
そこにいるのが俺たちの味方であるとは限らない。けれどまたこの男たちの味方にもならないだろう。こいつらは仲間以外全て獲物だと思っている。
魂方陣を使えるという神の使いの青年、頼ってみる価値はある。
・・・・・・ん? 魂方陣を使える青年?
ふと思考がずれかけて、しかし今はそれどころではないと思い直す。
あの落とし戸の破壊点を、どうにかして叩きに行かなくては。
スバルをここに置いたままなのは少し不安だが、このくらいの移動なら俺より先に彼女を狙うことはないだろう。
やるしかない。
男たちが武器を構える前に、俺は立ち上がった。
それに気がついた奴らが一斉にこちらに顔を向けたのを確認して、ハンマーで力一杯、目の前のこぶし三つほどの大きさの石を粉々に叩き割る。力と入射角、飛散範囲は感覚勝負だ。飛び散った石つぶてが少しでも奴らを怯ませ、目くらましになってくれればいい。
「うわっ!?」
弾け飛んだ石は正面の男を中心に、周囲をうまい具合によろめかせた。その隙を見て建物に向かって駆け出す。
「邪魔だ!」
間に立ちふさがる男を体当たり同然で押しのけて、そのまま通り抜けて、行ける、と思ったそのとき。
「くそっ、やりやがったな!」
翻った黒いマントの裾を男の一人に掴まれて、建物の手前で俺はそのまま無様に引き倒されてしまった。




