ミシガル襲撃計画
この一週間、創世から千年前の大戦争を経て今に至るまでの歴史をグレイから学んだのだが、それは世間一般に知られているものと大分内容が違っていた。
英雄グランルークに関してもだ。
彼の口から出てくる膨大な知識をこの脳みそ一つで受け止めるのは、相当に難儀だった。
「・・・・・・解釈が間違っています。君の頭はハリボテですか? 中身が腐ってるんですか?」
少し理解が遅れただけで毒突かれて、アイアンクローをかまされる。その拍子に必死で覚えた他のことが数個消えてしまいそうだからやめて欲しい。
「・・・・・・はあ、歴史なんて、再生師になるのに何で必要なんですか? 手っ取り早く、どこで修行するとか、何かを習得するとか、そういうのが知りたいんですけど・・・・・・」
延々講義を聞いていて、正直頭が飽和状態だ。つい泣きごとを言うと、グレイに呆れた顔で強烈なデコピンを食らわされた。
「知識に無駄なものなんて何一つありません。それを思考の糧にするのです。特に再生師は、その力の大きさゆえ、判断ミスが命取りになる。君は自分の力が、世界を滅ぼせる力になり得ると考えたことはないですか?」
額を抑えて悶絶する俺に、叱るように語る。
「別に教団や国を潰してくれても私は構いませんが、その判断が間違っちゃったてへぺろでは済まないですからね。歴史というのは特に良い指針になるのです。おとなしく頭にたたき込みなさい」
「す、すみません・・・・・・」
うう、この人マジで勉強に厳しい・・・・・・。
「・・・・・・しかしですね、今日少し面白い話を聞いてきました。向こうの再生師研修で、実地遠征をするというんですよ。気分転換をしたいというなら許可してもいいですけど」
「遠征? ・・・・・・いや、ちょっと楽しそうだけど、向こうの研修生と一緒というのは・・・・・・絶対煙たがられますよね・・・・・・」
一瞬飛びつきそうになったけれど、さすがに他の研修生とは居心地が悪い。サージもいるとなれば尚更だ。できれば顔を合わせたくない。
だが、グレイから返ってきた言葉は予想外だった。
「誰が一緒に行けと言いました? 隠れてついていって、美味しいところだけ頂いてきなさいと言ってるんです」
「へ?」
間の抜けた声を上げてしまった俺に、彼がにこと笑う。
「教団内では旧時代のアイテムが売りさばかれているのは暗黙の了解ですが、国の規則ではアイテムは教団で保管するのが決まりとなっています。金持ちの好事家は商人を介してそれを買っているわけですが、それは本来規則違反なわけです」
「・・・・・・そうですね。それが何か」
言わんとしていることが分からない。とりあえず相づちを打つ。
「だからそれをもし盗まれても、彼らは規則違反をしていたわけで、警備隊に盗難届けを出すことができないんです。盗ってくるには絶好の獲物ですよね」
「・・・・・・ん? ちょっと待って下さい、まさか、研修の遠征って・・・・・・」
「旧時代アイテムの奪還です。研修内容は、どれだけ静かに速やかに、気付かれずに防衛の破壊ができるか。うまく盗ってきたアイテムはそのまま研修生個人の報酬になります。売りさばけばいい金になりますし、再生師の有望株として教団で好待遇になります」
「えええ!? 自分たちで売りさばいておいて、買った人から盗んでくるって、ひどくないですか!?」
「教団の表向きの名目としては、アイテムの不法所持の摘発なので。一応正義の皮をかぶせてます」
「全然皮かぶれてませんよ! もろ見えですよ!」
と喚いたところで、ふとさっきのグレイの言葉を思い出した。
「・・・・・・そういや、今さっき、隠れてついていって美味しいところだけ頂いてこいと言ってました・・・・・・?」
「言いましたねえ」
「お、俺に盗みを働けと!?」
思わずテーブルを叩いて立ち上がる。しかし向かいの彼は平然とした様子で俺に着座を促した。
「まあ落ち着きなさい。私も本来、どうでもいい好事家の屋敷を襲う計画なら食指は動かないんですよ。ただ今回は、かの最低野郎の屋敷だと聞き及びましてね」
「・・・・・・最低野郎?」
「ミシガルの領主、ウェルラント・ロウ邸です」
「ウェルラント!?」
思いもかけぬ名前に俺は目を丸くした。
「おや、あの男をご存じですか。あれは昔から特に重要なエンチャントアイテムを中心に収集をしていましてね。いろいろいわくのある男なんです。教団も少し前からそれを把握していて、襲撃の隙を狙っていたわけですが、ミシガルはとにかく防御が堅いので見送られていました」
「それはそうでしょう。あそこって騎士が守ってますし」
「騎士もまあ面倒ですが、それよりとにかくウェルラントが馬鹿力のゴリラなんです。あれが在宅していたら、到底勝ち目はない。なのにあの男は嫁もいないのに何があっても遠出をしない、夜に家を空けないという奴でしてね」
「・・・・・・じゃあ研修生はみんな返り討ちにあうんじゃ?」
盗みが成立するよりは、その方がいい。少し安堵して返すと、グレイはふふ、と笑った。
「ところがそうでもないのです。実は屋敷の裏手に旧時代のものを集めた建物があることが近頃分かりましてね。そこは守衛の騎士もいない、暗闇に紛れて忍び込むには絶好の場所らしいんです」
「あ・・・・・・」
その言葉で思い出す。ウェルラントと祠に行くために出た屋敷裏、確かにそこには小さな建物があった。
彼が滅多に使わないと嘘を吐いたところだ。
何かの研究をしているようなことを言っていたけれど、旧時代のアイテムのことだったのか。
「なので、君はこっそり研修生について行って、闇に乗じてささっと頂くものを頂いて帰ってくるだけでいい。簡単なお仕事です」
「いや、だから盗みなんて嫌ですよ! そもそも、最低野郎と言いますけど、ウェルラントは全然そんな人じゃなかったですし、きっとアイテムだって何か理由があって、娯楽で集めてるわけではないと」
「・・・・・・まあ、あの男がアイテムを集めている理由は知ってます。ただ、奴が重要アイテムばかり欲するので、私と欲しいアイテムが被るんですよ。先日糞司祭がミシガルの商人に売りさばいたアイテム・・・・・・あれは確実にウェルラントの手に渡っています。それを君に取り戻してきて欲しいのです」
そう言ってから、グレイは少し深刻な顔をした。
「正直なところ、ウェルラントから取り戻すことより、それを研修生の誰かに盗られるのを阻止する方が重要なのです。あの男の手にあるうちは他に渡ることがないから焦ることもないんですが」
「・・・・・・そんなに大事なアイテムなんですか?」
「そうです。古代では神器と分類される大いなる力を持った遺物です。しかしどんなに優れたアイテムも、価値を知らない馬鹿に使われると恐ろしい結果を招く。その力が強ければ尚更です。君がアイテムを確保してきてくれなければ、十中八九笑えない結果になります」
彼の言葉に俺を脅すような響きはない。ただ事実を述べている。
この人を食ったような男がそれを危惧しているということは、きっとただ事ではないのだろう。
「じゃあ、俺がウェルラントに夜襲を知らせに行って、警備をしてもらっておいたらどうですか」
「そしたら赴いた研修生と引率一同、完璧に一人残らずぶっ殺されますね。アイテムが手に入らないのは残念ですが後日手を回せばいいことですし、それはそれで別に構いませんよ。君がいいなら」
「うっ・・・・・・」
盗みは回避したい。けれど、俺の一言で人死にが出るのはさらに勘弁してもらいたい。俺は他人の命を背負うほどの強い心は持ち合わせていないのだ。
「うう・・・・・・ぬ、盗むんじゃなくて、そう、盗難防止のために一時預かりってことなら・・・・・・」
「くっつける理由など、どうぞ君のお好きなように。やることは変わりませんからね」
俺の苦し紛れの容認に、グレイがにこと笑う。
「君に確保してもらいたいのは、儀式用の剣、サーヴァレットという物です。オリハルコン製の短剣で、刀身の柄に近い部分に黒い石が填められています」
「見て分かるのかな・・・・・・。ていうか、グレイが行った方が早くないですか? そしたらみんな逆らえないだろうし・・・・・・」
「嫌です。万が一にでもウェルラントと顔を合わせたら、多分街一つ潰すくらいの戦いになるんで、面倒くさいんですよ。一般人を巻き込むことになったら彼にも怒られてしまいますし」
「彼?」
そこに出てきた代名詞は明らかにウェルラントのことではない。そもそもあの人に怒られてもグレイはなんとも思わなそうだ。
では「彼」とは誰なのか。訊ねると目の前の男はふむと何かを思案した。
「そうですね、これを言っておかないといけませんか。彼とは、先日少し話に出た、私が神の使いと称する青年のことです。現在、ウェルラントに幽閉されています」
「・・・・・・幽閉されてる?」
「言ったでしょう、あの男は最低野郎だと。神の使いの能力を自分だけのものにするために彼を閉じ込めているんです。・・・・・・どこに隠しているのかと思ってましたが、今回襲撃する建物にいるかもしれません。他人に絶対彼のことを知られたくないでしょうから、屋敷には置かないはず」
・・・・・・あれ、あの建物のそばを通りかかったときに感じた視線って、もしかして。
「そ、それって、もし見つけたら逃がしてあげた方がいいですよね」
「私個人的には、できるのなら是非そうして頂きたい。ここに連れて来れたら言うことなしですが、そうでなくとも彼が自由に動けるようにして欲しいです。・・・・・・ふふふ、彼がいなくなったとき、あの男はどんな反応をするでしょうねえ、想像するだけで面白い」
グレイが少し意地悪で嗜虐的なにやにや笑いを浮かべる。
マジで楽しそうだ。
「研修生たちの出立は今日の夕刻、日が落ちる少し前になります。最近山賊も出なくなったというし、山を越えれば深夜にはミシガルに着くでしょう。彼らの少し後ろをついて行って下さい。で、闇に乗じて紛れ込んで、サーヴァレットを盗んで下さいね」
「いやいや、盗みじゃありません! 一時預かりですから!」
「ま、何でもいいです。では支度を始めましょう」




