魂術について
「こ、この腕輪は・・・・・・?」
「これは私のモルモ・・・・・・じゃなかった、研究のために着けてもらうものです」
おい、今絶対モルモットって言うとこだっただろ。
「・・・・・・エルが同じ物着けてましたよね」
「そうです。だから正真正銘何の心配もない安心安全な腕輪ですよ」
「逆に胡散臭い! 単刀直入に訊きますが、何の目的で着けるんですか、それ」
警戒しつつ訊ねた俺に、彼はさらりと答えた。
「採血のためです。これは旧時代の魂術が施された腕輪で、体に傷を付けずに指定した量だけ血液を抜き取れる画期的なものなんですよ。と言っても私ではまだ魂術をいじる技術がないので、最初から設定された量で取るしかないんですけど」
あ、そうか、俺の血が欲しいって言ってたっけ。しかし旧時代のアイテム? 魂術? エルの血をカプセルにしてたのもこの腕輪の機能なのか?
「旧時代のアイテムなんて、勝手に持ち出して使用したらまずいんじゃないですか? それに魂術って・・・・・・」
「はは、旧時代のアイテムを勝手に売りさばく糞司祭がいる教団で、持ち出し禁止とかそんなアホみたいな正論を言われても。特に魂術の掛かったエンチャントアイテムは、売られる前に研究所に持ち出さないとすぐに好事家のリビングの棚に置かれてしまいますので。私が持っていた方がよほど有意義なんですよ」
悪びれた様子もなく言い切ったグレイが、半ば強引に俺の腕を掴んで腕輪をはめた。
「あ、ちょっと勝手に・・・・・・!」
「レッ・カ」
グレイが妙な言葉を呟いた途端、腕輪が俺の左手首に合わせてぴたっと締まる。そこからはどうやっても腕輪が外せなくなってしまった。
「何、これ・・・・・・」
「さて、では再生師になるための基礎、・・・・・・いや、その前に魂術の話からしましょうか。ノートやメモは取らないで下さい。私の話は君の記憶にだけ残すように」
狼狽える俺をよそに、グレイがゆったりと椅子につく。しばらく腕輪と格闘していた俺も、あきらめて渋々彼の向かいに座った。
「魂術って、魂方陣と違うんですか?」
腕輪に方陣がついているなら消してしまえば外れるかと思ったのだが、これにはそれらしい図形が書いてない。
「まあ、似て非なるものですね。君は世界の創世の物語を知っていますか? 原初の神が降臨なされ、大地を作り、七つの種族に命の石を託された」
「それは知ってます。共生を嫌うそれぞれの種族の対立が千年前の大戦争を勃発させたんですよね。そして人間以外の種族全てが潰し合いの上に滅んだと教えられましたが」
「・・・・・・表向きはそういうことになっているので、まあ、いいでしょう。その種族ごとに与えられた命の石、そこから生まれる魂特有の能力が、魂術です。種族ごとに使える魔法のようなものと言えばわかりやすいですかね」
「魔法・・・・・・。種族ごとってことは、人間にもその力が?」
「もちろんあります。しかし、人間は数が多すぎたため能力が薄まり、力の発現率が異様に低かった。それを補い、多種族と対抗するためにグランルークが使い始めたのが魂方陣です」
そう言って、グレイが研究所と繋がっている魂方陣を指差す。
「その図式を自在に作り、使えるのはグランルークだけです。私は彼の与えてくれた方陣を正確に写し、使用することしかできません。図形によって発動する術の種類を表し、文字で発動を許される人物の名前が記されていることまでは分かっているのですが」
「発動を許される人物って・・・・・・エルの血でも普通に発動してるじゃないですか」
「おや・・・・・・これがエルの血で発動していると知っているんですか」
訊ねた言葉にグレイがぴくりと片眉を上げた。
「全く、久しぶりに話せて嬉しいのは分かりますが、余計なことまで・・・・・・。あの子は自分の立場の重要性を分かっていなくて困る」
「もしかして、神の使いと言ってたのはエルのことですか?」
そう考えれば、グランルークが作ったという魂方陣を発動できるのもわかる・・・・・・ような気がする。
しかし目の前の男はそれに軽く首を振った。
「違います、あの子ではない。ただ、エルの血が特殊なのは確かです。だからこそ私が隠しているんですよ。神の使いにも頼まれているのでね。・・・・・・この魂方陣をエルのために作ってくれたのは、その神の使いの男です」
「え、作った? 魂方陣はグランルークしか作れないって、さっき・・・・・・」
「うーん、説明が難しいですね。まあ、それはおいおい。君が再生師になろうとしていれば、おそらく本人に会うことになるでしょう」
説明が面倒になったのか、グレイは肩を竦めると、さっさと話を仕切り直してしまった。
「話をエンチャントアイテムに戻しましょう。これは再生師になる上でも必要な知識です。古来の再生師の仕事には魂術の施されたアイテムの修復も含まれますからね」
「いや、魂術入りアイテムの存在すら今日知ったのに、その修復と言われましても」
「これらのアイテムを作ったのは、今は滅びし種族の一つ、ドワーフ族です。彼らは地下に街を作って住み、鍛冶や細工を得意としていました」
あ、俺の訴えはスルーですかそうですか。
「そんなドワーフ族はエルフ族ととても仲が悪かった。エルフはドワーフが醜い呪われた種族だと忌み嫌い魂術をぶつける的にし、ドワーフはエルフを魂術の材料として狩り、日々殺し合っていたのです」
「な、なんかいきなりヘビーな話だな・・・・・・。それぞれの種族の魂術って、何だったんですか?」
「エルフは個人差はありますが、攻撃、防御、補助、転移など、各々に特化した魂術を使えたようです。そしてドワーフは、オリハルコンを武器やアクセサリーに加工し、そのアイテムに取ってきた魂の能力を付呪できる魂術を持っていた」
「え、つまり、それって」
「有り体に言えば、エンチャントアイテムには一個につき一つ、エルフの魂が使われてるってことです。今君が腕に付けているそれも、おそらく吸血か出血の攻撃術を持った魂を魂言という古代の暗号のようなもので制御して実用化していると思われます」
「思われます、じゃないですよ! 魂が使われてるとか、呪われそうで怖いんですけど!」
「君が怖かろうが知りません。どうせ私じゃないと外せないし、我慢して下さい。再生師になるなら、この成り立ちくらいは知っておかないとね」
「あんまり知りたくなかった・・・・・・。採血用とか、こんな微妙な使い道のアイテムにされたエルフが気の毒・・・・・・」
「失礼な。この腕輪は旧時代、なくてはならない重要なものだったんですから。・・・・・・ふむ、それに思い至らないなんて、君はまだまだ基礎の基礎から勉強が必要ですね。折角だから、研修と同じ期間をかけて教えてあげますか」
なぜか勝手にそう決めてしまったグレイは、にこと微笑んだ。
「そしたら私も君を長めに観察もできますし血もそこそこ手に入りますし、これぞWINWINの関係ですね」
あ、なるほど、それが目的か。自分でWINWINと言っちゃうあたりが何だが、ここに至ってはありがたい申し出ではある。
のだが。
「・・・・・・私、勉学に関してはちょっと厳しいですから、覚悟して下さい」
しかし最後にふふふ、と含み笑いを零されて、俺は少し背筋が寒くなったのだった。




