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対価

「人間専門・・・・・・? 趣味が拷問って・・・・・・」

 穏やかな物言いにそぐわない物騒な単語に、思わず聞き返す。

「安心して下さい。私は善良な人間をいたぶる気はないので。悪人の罪をあげつらって、反撃の余地を与えず罵って、精神的に追い詰めるのが楽しいだけなんです。あまりにもおイタが過ぎる方には、キツいお仕置きもしますけどね」

 うわあ、なんかすごく良い笑顔だ。

 グレイに会った教団員がみんな挙動不審だった理由が分かった気がする。


「さっき俺、教団が嫌いなのかって訊きましたけど、じゃあその答えは」

「私にとっては教団なんて娯楽施設ですかね。偉かろうが何だろうが弱みを握れば完全にマウントが取れますし、強請ればお願い事はすぐに通りますし、逆らわれたら返り討ちにした上で拷問すればいいし、過ごしやすいですよ。どちらかと言えば研究の趣味の方を優先しているので、あまりここには来ませんけど」

 にこやかな顔をして恐ろしいことを言っている。どうもこの人も信心深さなんて無縁のようだ。


「そ、そんな悪人にしか興味がないあなたが、どうして俺の再生師の教育を買って出てくれたんですか? グレイにとってなんのメリットもない気がするんだけど」

 若干、というかかなり引きつつ訊ねた俺に、彼は涼しい顔で言い放った。

「当然、無償で教えるつもりはありません。世の中ギブアンドテイク。君にもそれなりの対価は払って頂きます」

 やっぱりそういう展開なのか。この教団には良心は無いのか。

「対価って・・・・・・。あなたも知ってると思いますが、有り金全部教団に渡してしまったので銅貨の一枚もありませんよ」

 ため息交じりに返す。俺の再生師への道は結局ここで手詰まりのようだ。

 しかし肩を落とした俺に、グレイは呆れたように笑った。


「そんなものいりませんよ。善良な民から金を搾り取ってもつまらないし、そもそも私は金や権威には興味がないのです。・・・・・・私が欲しいのは、君の血液です、ターロイ」

「・・・・・・俺の、血?」

 ちょっと待て、なんか、さらに恐ろしいことを言い出した。


「君が血を見てはいけないことは知ってますが、その辺は技術でカバーしますので大丈夫です。試験管二本分くらいあれば十分ですから」

「いや、あの、俺の血なんか、どうするんですか」

「もちろん研究材料にさせてもらいますよ。もろもろ詳しい話は省略しますが、私はインザークの街に研究所を持っていて、普段はそこで人体その他の怪しい研究をしているのです」

 あっ、この人自分で怪しいって言っちゃった。


 インザークはモネからだとミシガルの逆方向に位置する、学術研究の盛んな小さな街だ。その中央には本来教団から禁止されている旧時代絡みの研究を、唯一許されている施設があるという。

 他にも、手に入りにくい薬品が扱われている店があったり、見たことのない植物を売る店があったりと、一風変わった街だと聞いている。そういえば都市伝説で、奇跡の力で人を一瞬で治す聖人がいるという噂もあったような。


「しばらく君の観察記録も付けたいですが、それはまあ、勉強を教えてる間に勝手にじろじろ見てますんでいいです、気にしないで下さい」

「いや、俺が気にするんですけど」

「君が気にするのなんてどうでもいいです。では行きましょうか」

 さらりと俺の意向は無視して、グレイは歩き出した。

 ついて行っていいものか躊躇ってしまう・・・・・・が、彼の要望は飲めないものではない。俺の何を調べたいのかよくわからないとはいえ、他に選択肢がないのも事実だった。


 仕方なく、渋々、その後ろに付き従うことにする。

「教団がこんなありさまじゃ、グランルーク様もきっと悲しんでるだろうなあ・・・・・・」

 ぼそりと呟くと、それを聞いたグレイは小さく肩を竦めた。

「さあ、どうでしょうね? もともと教団が設立されてからこのかた、大司教がその啓示を聞いたこともないし、目に見える恩恵を授かったこともない。グランルークは自分の名を冠した教団があることすら知らないのではないでしょうか」


「それって・・・・・・教団にそもそも最初から神がいないってことですか?」

「英雄を祀るだけならまあ、それでもいいですが、ふふふ、研究すればするほど面白い事実が判明してくる。君に語るわけにはいきませんけどね」

 肩越しに振り返った顔は随分と楽しそうだ。

「教団の極秘事項ってことですか」

「教団の規約ごときなら気にせず言いますよ。これは神の使いから禁止されているんです」


 なんだかまた胡散臭いことを言ってる。

「教団に神はいないって言ったのに、何で神の使いがいるのかわかんないんですけど」

「私はいないなんて言ってません。グランルークは自分が神だと知らないのではないかと言ったんです。そしてその使いがいる。彼もまた自分が神の使いだなんて認めてませんけどね。・・・・・・ま、その辺は複雑なので、さらっと流してくれて結構ですよ」


 よくわからない。グランルークは千年前の人物で、今はもういないはずだ。本人が自身を神だと知る知らないを論じる相手じゃない。それに、今さらグランルークの使いって。

 グレイはその人物に会ったような口ぶりだけれど。


「ここが居住区です。私が滞在している間は他の人間がほとんど寄りつかないので、静かでいいですよ。通路を入って一番奥の右側、ここが私の部屋です。中へどうぞ」

 悶々と消化不良な思考を巡らせていると、すぐに目的の居住区に辿り着いた。俺の気分など全く気にしない彼が頓着せずに自室の扉を開ける。


「おかえりなさい、グレイ」

 すると、なぜかそこに予想外の第三者がいた。さっき他の人間は寄りつかないと言っていたのに。不思議に思ってグレイを見ると、どうやら彼も想定外だったらしく、初めて動揺した顔を見せた。

「エ、エル、どうしてこんなところにいるんですか! 研究所でおとなしくしていなさいと言ったでしょう!?」


 エルと呼ばれた少年(だよな?)はシギと同じくらいの年の子供だった。中性的で幼いながら整った顔立ちに、さらさらとした金髪とエメラルド色の瞳、白いポンチョのような服を着ている。

 正直、頭上の輪っかと背中の白い羽根がついていないのが不思議なくらいベタな天使の風貌だ。

 グレイの言っていた神の使いって、この子のことだろうか。


「グレイがいなくなったら、他の人たちが研究室の鍵を開けて隠し部屋を探し始めたんだ。見つかりそうだったから逃げて来たんだけど・・・・・・迷惑だった?」

 注意をされてしゅんと項垂れる少年はあざといくらい可愛らしい。グレイはそれに眉間を抑えて、大きめのため息を吐いた。

「あの欲深い無能どもには困ったものです・・・・・・。そういうことでは仕方ないですね。まあ、あなたが見つかるよりはマシでした」


 頭を撫でられて、子供は彼を見上げてほっと微笑む。ここにいるということはおそらく教団の子供だろうけれど、グレイを恐れている様子はなさそうだ。

 一体どういう関係なのだろう。疑問に思いつつ二人の挙動を眺めていると、不意にその視線が、グレイの後ろにいた俺に注がれた。

「あっ!」

 なぜか途端に目を瞠って声を上げた少年の瞳がきらきらと輝く。


「ターロイ! ターロイだ! グレイが連れてきたの?」

「え、なんで俺の名前を」

 いきなり、初対面のはずのエルに親しげに名前を呼ばれて面食らった。それに慌てたグレイが、俺に飛びつこうとした少年の体を捕まえて、口を抑える。

「しっ、騒いではいけません、エル。外にばれてしまう。・・・・・・ターロイ、すみませんが一旦扉の外に出てもらえますか」

「あ、え、ちょっと」

 半ば強引に追い出され、扉が閉められてしまった。


 何だろう、グレイのあの慌てよう。

 それにあのエルという子、もしかして記憶を失う前の俺を知っているのか? 七年前というと少年はかなり小さかっただろうけれど。


 ああ、気になる。

 扉の中から話し声が聞こえるが、内容までは分からない。俺はそわそわした気分で再び扉が開くのを待った。


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