再生師
「研修を受けないなら、俺もうここにいても意味ないですよね。力のことが知られないうちに出て行きますから」
なんだかもう、どうでもよくなってきた。結局俺が今までやってきたことは全部無駄だったのだ。
「はあ、俺が目指してきた再生師って何だったんだろう・・・・・・」
「いい質問です。君は再生師って何だと思います?」
思わず零した呟き。それに反応したグレイが同じ質問をかぶせてきた。
「え? えーと、再生師とは破壊と再生を司る終い屋の上位職で」
「はは、凡人丸出しのクソつまらない答えですね。よろしい、君を教育すると司祭様にも宣言したことですし、少し知識を授けましょう」
軽く俺をディスった彼は、近くの礼拝室を勝手に開けて入ると、そこに腰を下ろした。グレイに指で指示されて、俺も倣ってその隣に座る。
「まずは教団の再生師について話しましょう。私も再生師という肩書きですが、ここの再生師の中では特異な人間ですので、私のことは一旦忘れて下さい」
ああ、うん。特異な感じはなんとなく分かる。俺が頷くと、彼は言葉を続けた。
「教団の再生師の仕事は、再生などと言いつつ実は終い屋となんら変わりない、破壊の仕事なんです。それに格を付けるために上級職とうたって、再生師という名前をあてているだけなのです。それをありがたがって教団に尻尾を振るアホがいるのでね」
「えっ、破壊だけ? ・・・・・・じゃあ、再生師の研修って、何を学ぶためのものなんですか?」
どういうことだろう。研修費用もそこそこの額だったし、ここで再生に関する技術を習うのだと思っていた俺は、目を丸くした。
「言ったでしょう。あの費用はほぼ安い再生師のローブとダサい教団バッジ代だと。研修で学ぶのは、教団の再生師という特権階級になるといかに金が稼げるか、民に敬われるか、国で優遇されるかですね。ある意味軽めの洗脳ですが、そもそも選ばれてきているのがそういう利権に弱い連中ですから、すぐ効きます」
「そういう連中が選ばれてるって、どういうことですか?」
「つまり教団は、ただ上の者の言うことを聞き、金と立派な職位さえ与えれば何でもする、便利で愚かな猿を選んでいるということですよ。再生師になるのに信仰心や正義感などは不要なのです」
「神に仕えるのに、信仰心も正義感も不要・・・・・・」
グレイに語られた内容に、俺はしばし開いた口が塞がらなかった。
長年憧れ続けた再生師が、そんな職業だったなんて。正直、ショックを通り越して呆れてしまう。
・・・・・・なるほど、サージが選ばれるわけだ。
もし今普通に研修を受けていたら、俺はどうしていただろう。
「再生師がそんな職業だったなんて・・・・・・」
「ただ、権力を持ってプライドと腕力ばかりが強い猿の集まりなので、よく再生師同士でつぶし合いをするんですよ。だから数年に一度、補充が必要なんです。今回のように」
「あああ、聞きたくなかった・・・・・・」
俺がうなだれて大きく嘆息すると、グレイが小さく喉の奥で笑った。
「・・・・・・と、ここまでが我がグランルーク教団の再生師の話です。今度は少しまともな話をしましょう」
「まともな話?」
「君が最初に言った、破壊と再生を司る云々というのは、別に間違ってはいないのです。もともと再生師という職業は教団などができる前からあるもので、その漠然とした役割ゆえにずっと不在の職でした。その名前を教団が都合よく引っ張り出してきただけなんですよ」
「え、じゃあ、再生師って教団以外にちゃんとした人も・・・・・・」
「教団以外にはいません、不在の職と言ったでしょう。しかし、再生師とは本来与えられる職業ではなく、自ら学び、世界の理を習得して成るものなのです。こんなローブやバッジなど無くても、そう決心し自ら名乗れば、今日から君も再生師です。おめでとう」
「いや、おめでとうじゃないですよ。自称再生師を名乗ったところで、俺も破壊しかできないし、誰も認めてくれないし」
からかわれたのだと思ってため息をついた俺に、しかし彼は穏やかに返す。
「おや、随分小さいことを言いますね。別に再生師を自称するのは君の勝手だし、誰に認められなくても自分がそう信じていればいいだけの話です。そしていつか皆に認めさせてやるのだと自分の心に誓えば、やるべきことも見えてくるでしょう。君が再生師にならないと自分で決めない限り、再生師になれる可能性はあるのです」
グレイの言葉に俺はぱちくりと目を瞬いた。
「・・・・・・もしかして、俺に本当の再生師になれと言ってます?」
「元々再生師になりたいと言ったのは君でしょう。・・・・・・まあ、私にもいろいろ思惑はありますが」
にこりと笑った彼がおもむろに立ち上がる。
「もちろんこのままモネに帰っても構いませんよ。でももし再生師になりたいのなら、私が基礎となる知識ぐらいは与えてあげられます。どうしますか?」
「・・・・・・本当の再生師になれば、子供の魂濁の治療をできる奇跡の力が習得できますか」
見下ろす視線に僅かな期待を込めて問い返すと、俺の言葉にグレイは顎に手を当て、少しだけ思案をした。
「ふむ、同調していなくても君には未だに子供に対する守護執着があるのですか。さて、どちらがトリガーなのか・・・・・・。これは少し面倒ですね」
「トリガー?」
「ああ、こちらの話です。・・・・・・そうですね、奇跡の力ですが、習得できるかは君次第としか言いようがありません。できないことはない、と言っておきましょうか」
「少しでも可能性があるのなら十分です! 再生師のこと、いろいろ教えて下さい!」
勢い込んで立ち上がる。潰えたと思っていた再生師への道が、こんなところに繋がっていたのだ。逃すわけにはいかない。
チャンスには乗っかれと言った親方の言葉は間違っていなかった。
「では、少し場所を変えましょう。教会裏の居住区に私の滞在する部屋があります。私はいつも使わないので、勉強と君の寝泊まりはそこでするといいですよ」
「あ、ありがとうございます、何から何まで・・・・・・。教団にもグレイみたいな良い人がいてくれて安心しました。司祭があんな人だったし、俺どうなることかと・・・・・・」
「良い人? 私が?」
感激しつつ言った俺に、一瞬目を瞠ってそう問い返したグレイが、いきなりぶはっと吹き出した。
「ははは、私が良い人だなんて、初めて言われました! いやあ、ターロイ、君は人を見る目がなさ過ぎですね! ま、でもそういう無垢な馬鹿は嫌いじゃないです」
俺をさらりと貶して、吹き出した拍子にずれた眼鏡をブリッジを押し上げて直す。
それから彼は体を俺の正面に向けると、挨拶をするように小さく会釈した。
「改めて自己紹介をした方がいいでしょうか。私はグレイ・リード。教団唯一の『人間専門』再生師です。特技は人間を破壊すること、趣味は拷問と研究。教団には拷問されたがって悪事を働く糞野郎が多いので、とても楽しんでいます」




