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グレイ

「あのときモネで君を見つけたのは偶然でした。でも、もともと私は君を探していたんですよ」

「探していた? 俺を? ・・・・・・もしかして、あなたは俺が何者か知っているんですか?」

 食いつくように訊ねた俺に、グレイは小さく肩を竦めた。


「ふむ、まだその段階ですか。思ったより同調していないようですね。破壊の力はどうですか? 破壊点は見えていますか?」

「ど、どうしてそれを・・・・・・!?」

「詳しい話は内緒です。私がバラしたら怒られてしまう。・・・・・・それで、どうなんですか? 聞き及んでいる終い屋としての働きから、大破はできているようですが」


 七年前に目を覚ましてからこのかた、俺は能力をひた隠し、それについて他人に聞かれることも話すことも、今までになかった。

 それなのにこんな質問を投げかけてくるなんて、この人は一体何者で、俺の何を知っているんだろう。昔から持っていた、自分の正体に対する漠然とした不安が心の表層に顔を出す。

 俺の中にいるのが誰なのかも、彼は知っているのだろうか?


 グレイの問いかけに答えるべきかはぐらかすべきか、俺はしばし戸惑った。知りたかったはずなのに、自分の何かが明かされることに今さら尻込みしたのだ。

 するとそれを察したらしい彼は、場を仕切るように一旦話を引き上げた。


「まあ、詳しい話は後にしましょうか。まずはここから出なくては。このまま再生師研修に参加することもできますが、どうしますか?」

「・・・・・・ここで再生師になっても、奇跡の力なんて手に入らないと言ったのはあなたじゃないですか」

「ははは、そうですね。正直研修費用の金貨四十枚なんて、この安そうな再生師のローブとダサい教団バッジ代ですからね。あとは教団に都合のいいお説教と、脚色された歴史を延々聞かされるだけです。それでも、あの糞司祭みたいに金儲けをしたいだけなら十分価値がある話ですが」

 ・・・・・・さっきから思ってたけど、この人、教団員なのに教団のことクソミソに言うなあ。


「グレイ様は、教団が嫌いなんですか?」

 なんとなく小声で訊ねてみる。だって誰かに聞かれていて彼の立場が悪くなったら申し訳ない。

 しかしグレイはそんなことを気にしないようだった。

「私のことはグレイと読んで頂いて結構ですよ。私は地位や格付けにはあまり興味がないんです。とはいえ糞司祭や糞司教に呼び捨てにされたら激怒しますけどね。ははは」

 朗らかに笑って、俺をどこかに先導し始める。


「じゃあ、とりあえず少し本部の中を案内しましょう。私が教団をどう思ってるか、見れば分かると思いますよ」

「は、はあ・・・・・・」

 どうも飄々としてとらえどころのない不思議な人だ。

 何にせよ、今の俺には彼しか頼れるものがいないのだから、黙って付き従うしかないのだけれど。


 拘留所から明るい通路に出ると、グレイは最初に近くにある大きな扉を開けた。

「まず、ここが資料室です。古い文献や、遺跡から出てきた文書、本が格納されています。その奥の扉の向こうには遺跡から発掘されたアイテムが収蔵されているのですが、なぜだか時折物がなくなるんですよ。はは、それを古美術品コレクターの家で見かけたときは笑ってしまいましたが」

「え、それって・・・・・・」

 誰かが盗んで売り払ってるんじゃ・・・・・・って、本部って教団員しか入れないよね? 守門もいるし。と言うことは・・・・・・。


「グ、グレイ様!? 本部にいらっしゃるなんて珍しい! どういうご用件で・・・・・・?」

 資料室にいた教団員が、こちらを見つけて驚きの声を上げると、素早く近寄ってきた。なんかとてもソワソワしている。

「これは司書殿。ごきげんよう。先日ここに収蔵した旧時代のエンチャントアイテムがありましたよね。とある情報筋からの話で、それがミシガルの商人に渡ったと聞き及んだのですが、どういうことでしょう。もちろん司祭様はご存じで?」

「は、いえ、あの、もちろん、その、えー・・・・・・・・・・・・ご存じです・・・・・・」


「なるほど。さすが司祭様、糞野郎の鳥頭でいらっしゃる。あれは私が絶対に外に出すなと言っておきましたのに。・・・・・・少し仕置きして欲しいのでしょうか、マゾ野郎ですね」

 穏やかな笑みで毒を吐くグレイに、司書がビクンと全身を緊張させた。


「あの、わたくしは指示をされただけで何も」

「はは、わかっていますよ、司書殿は所蔵リストの書き換え手数料をちょろっと頂いただけでしょう? ・・・・・・その件については今度ゆっくり。今は彼を案内している最中なので、失礼いたします」

 ものすごい冷や汗を流す司書をよそに、彼は涼しい顔で挨拶をすると、丁寧に扉を閉めて再び歩き出した。


「・・・・・・グレイってもしかしてすごく偉い人なんですか?」

「いいえ、とんでもない。私は役職もないただの再生師ですよ」


 にこと笑うと、今度は資料室を出て通路を挟んだ斜向かいを指差した。

「そこは食堂になります。薬や毒を盛られることがあるので注意してくださいね」

「ど、毒!?」

「まあ大丈夫です、目の前で調理人に一口先に食べさせるだけで分かるので。君も食べるときは気をつけてください。私に毒を盛る度胸のある人間はもういませんが、私が特例で呼び寄せたことで、君をよく思わない連中がいますから」

「あの、あなたって一体・・・・・・」

 何者なのか、と訊ねる前に、彼はまた説明を始めた。


「そこが研修室。今は多分現役再生師がどうでもいい講義をしていますよ。再生師の候補には、名誉欲と金銭欲にまみれた腕力しか能のない脳筋どもが、各地から選ばれてきています」

「! 再生師の研修室・・・・・・!」

 ここにサージがいる。

 そう知っただけで、今まで引いていたはずの怒りがぶわと蘇った。

 こんなことは初めてだった。いつも時間が経てば自分の中でどうとでも折り合いを付けられたというのに。


『あの男を破壊しろ』

 昨日、俺の中の誰かとシンクロした言葉が、再び耳の奥で聞こえる。この扉を開けて距離を詰め、まずはあいつの右腕を破壊して、それから――――――。


「ふむ、なるほど、なるほど」

 不意に、知らず力が入っていた右手をグレイに掴まれて、はっと思考を引き戻された。こちらを伺う彼の瞳が、興味深く観察するように細められる。

「あ、あの」

「ああ、すみません。『彼』の感情に引き摺られたようだったから」

「・・・・・・いえ」

 すぐに手を離したグレイに、『彼』って誰のことだ、とは怖くて聞けなかった。


「ひとつ、私と約束してくれないでしょうか、ターロイ」

 黙ってしまった俺に、再び語りかけた彼は少しだけ声をひそめた。

「教団内にいる間は、何があっても君の破壊の能力は使わないで下さい。司祭様以下は猿同然の雑魚ばかりですが、君の力のことが司教様あたりに伝わると面倒なことになるので」

「何があっても・・・・・・?」

「何があってもです。私がいる間はそうそう問題は起こらないとは思いますけどね」


「・・・・・・わかりました。約束します」

 正直サージを目の前にしたら自制が利くかはわからない。しかし恩人の言葉を無下にするわけにもいかなかった。

 そう言えば、同じことをウェルラントにも言われていた気がする。

 教団にこの能力を知られるな、と。

 俺の力が、教団と何か関係があるのだろうか。


 再生師になる夢が潰えた今、こんな力なんの役にも立たないのに。

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