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歩くのもやめたので、わたしも一緒に足を止める。シオンハイトが無言で頭を動かす。その先には、細い路地。たぶん、地形的に、どこかの店の裏口に続く道だと思う。
関係者以外立ち入り禁止、という空気がただよっているが、シオンハイトはその細い路地の入口に向かって歩き出した。
入口にまで来ると、人間のわたしにも、誰かが会話している、というのが分かるくらいに、声が聞こえてきた。ただ、何を言っているのかまでは聞き取れない。
路地の入口の横に立って、いかにも歩くのに疲れたから休憩中、という空気を醸し出しながら、聞き耳を立てていたシオンハイトが、わたしの手を取る。
走り書きの勢いで、シオンハイトがわたしの手のひらに指で文字を書いた。字として残るわけではないが、指の動きと触られた感覚で、何を伝えたいのかは分かる。
――……船に人を乗せる話をしてる。
シオンハイト曰く、話の雰囲気からして、漁師ではないらしい。目的の違法奴隷を攫っている人物だろうか。
声をかけるか迷っていると、獣耳の男がわたしたちに声をかけてきた。
「お兄さんたち、店を探しているのかい」
オレンジに近い、明るい茶色の毛並み。耳の先は少し黒い毛が生えている。狐の獣人、だろうか? 喋りが少し年を取っているように感じるが、年齢自体はそこまでいっているわけではなさそうだ。そこまで若い、という雰囲気ではないけど……二十代後半から三十代前半、といったところだろうか。
一か所にとどまっていたから、怪しまれたのかもしれない。それにしたって、声をかけられるのが早すぎないか? 確かに、道行く人に声をかける、キャッチみたいな人はちらほらいる。でも、それはわたしたちみたいに、男女でいる人に声をかけるような人はおらず、大抵は男の人に声をかけていた。
「それとも、ウチになにか用かい」
もしかして、店の入口付近に立っていたのだろうか。それだと、確かに邪魔で声をかけてくるよな。
そう思って、思わず確認するために振り返ると――。
「わ、っぷ!」
ぐい、と思い切りシオンハイトに引き寄せられた。驚いて、シオンハイトの腕の中から様子をうかがうと、先ほどまでわたしがいたところに、手があった。わたしのものでも、シオンハイトのものでもない。
狐のお兄さんとは、別の男の手だった。いつの間にか男が近付いて来ている。オアセマーレでは滅多に見ない、褐色肌の男だ。シオンハイトが引き寄せなければ、がっちりと腕を掴まれていたことだろう。
全然気が付かなかった。
「……この街に人さらいがいる、という噂を聞いてね。探している人がいるんだ。知っている人がいないか、と思って」
探している人、というのは、あくまで用意してきた架空の人物であり、実際には存在しない。まあ、攫われたであろう人たちを探しているのは事実なので、完全に嘘というわけではない。
人さらい。その言葉に、狐のお兄さんは露骨に反応した。ビンゴか。




