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目の前が明滅する。それが、瞬きであると気が付いたのは、目の前が三度、暗くなってからのことだった。
視線は動かない。体も動かない。自分に自由はない。もどかしさはあっても、思い通りに体が動かないことへの恐怖はなかった。
どうやら、この体の持ち主は、絵を描いているらしい。視界に映る手は、子供らしく手がぷっくりしている。持っている筆には絵具も水も、何一つ、ついていない。
――ああ、これ、昔のわたしの手か?
『異能』を使って絵を描いていた頃は、こうして何も色をつけていない絵筆を使って描いていた。筆を使うと、色をつける範囲のイメージが付きやすいのだ。
「――ララ。今日は何を描いているの?」
わたしに話しかける声。この声――。
「ママ!」
視界がぐりん、と動く。動かした視線の先には、わたしの実母がいた。目つき以外は養母のお母様そっくりだが、表情が全然違うので、受ける印象も変わってくる。実母は柔らかく可愛らしい人だが、養母は冷たく美しいイメージがある。まさに正反対。
――それにしても、わたし、実母のことをママだなんて呼んでいたっけ?
幼少期から、前世の記憶はあったし、自意識もあった。ただ、幼い頃は前世を思い出そうとすると、死ぬときのことを頻繁に思い出してしまうのが辛くて、無理に前世のことを考えないようにしていた記憶はある。
「今日はね、庭園のお花を描いてるの! シオンくんに見せるんだ。シオンくんはララと違ってお外に出ちゃ駄目だから」
……こんな喋りしていたっけ。してな――してたかも。幼少期は、子供っぽさの加減が分からなくて、意図して結構幼い喋りを演出していた記憶がある。当時は子供に紛れ込んでも違和感がないくらい幼い感じをイメージしていたが、これはこれで浮くと思う。流石に幼すぎる。前世ならまだしも。貴族令嬢としては駄目だ。
というか――シオンくん?
シオン――シオンハイトのことだろうか。
まさか、と思うのに、わたしは考えを否定できないでいた。これは――わたしが忘れていた記憶。『異能』で忘れさせられていた記憶、とでも言うのだろうか。
それにしても、ここは……どこだ?
養母のお母様に引き取られたのは六歳くらいのこと。それまでは、普通に実母と暮らしていたが――そのときの家ではないような気がする。こんな部屋、記憶にない。実母と暮らしていた家、というか、屋敷は、全部家の中が記憶にあって、確認できるから、実母と共に過ごした家ではない可能性が高いと思うんだけど……。
部屋の中を見渡せたらいいんだけど、おそらく、『異能』で消された記憶を見ているだけで、過去のことだから、今のわたしが周りを観察することはできない。




