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――……シオンハイトはちゃんとわたしたちの部屋に戻ってきた。そっとわたしをソファに乗せる。
わたしをソファに乗せると、彼は使用人に、氷嚢を持ってくるように命令していた。
「塗り薬は嫌……だよね? でも、とにかく冷やさないと」
シオンハイトは、仕事柄、怪我を見慣れているのだろう。殴られた頭の方は分かりにくいかもしれないが、ひっぱたかれた頬の方は目立つらしい。
「ごめん、ちょっと触る――」
――バチンッ。
シオンハイトが手を伸ばしてきた瞬間、わたしは彼の手を跳ねのけていた。あれこれ考えるよりも、体が先に動いた。
わたしに手を弾かれると思っていなかったらしいシオンハイトは目を丸くして、その後、ショックを隠しきれていないような、ひきつった表情を見せた。
「ご、ごめん、急に、怖かったよね」
そのシオンハイトの表情を見て、じくり、じくり、と胸が痛む。
誰も信じたくない、信じられないと、周りは全員敵だと思っている自分と――シオンハイトだけは違うかもしれないと思いたい自分がいた。
彼は純粋にわたしを心配してくれるのだと。あの男と繋がってなんていなくて、わたしの『異能』を調べたいんじゃなくて。
――わたしに見せてくれた、ディナーシャ嬢が作ったという偽札は、本当に彼女が作った本物そっくりの偽札で、昔のリンゼガッドの紙幣ではないのだと。
彼が信用に足るかどうかはまた別でも、少なくとも、彼がわたしに信用を得るためにした行動に裏がないのだと信じたかった。
「……貴方が見せてくれたディナーシャ様が作ったっていう偽札は、本当に偽札だったの?」
気が付けば、疑惑を、言葉にしてしまっていた。
「わたしの――わたしたちの『異能』を調べるために、ディナーシャ様の『異能』が変化したなんて嘘ついて、喋らせたんじゃないの?」
この国に停戦の証として嫁がされた令嬢の『異能』はみんな、ハズレ『異能』だった。でもそれはわたしたちの認識で、きっと、この国の獣人たちは、その申告を信じなかったのだ。そして、わたしたちが『異能』について本当のことを隠しているのだと思ったのだろう。
――自分は周りを信じないのに、どうして自分たちの言うことは信じると、勝手に思い込んでいたんだろう。馬鹿じゃないのか。
ぐるぐると、良くない考えが頭をめぐる。
やめた方がいいと分かっていても、周りを信じて成長してこなかった子供のままのわたしが、感情を振り回す。
「ララ……? ララ、兄上に何を言われたの?」
シオンハイトの質問に、わたしは答えなかった。
代わりに――。
「どうして、貴方はわたしによくしてくれるの? 使えない『異能』しか持ってない、敵国の人間の女じゃない」
――ずっと、彼に問うてしまったら何かが終わると、心の中で引っかかっていた言葉が、口から出てしまった。




