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わたしがなんの反応も見せないでいると、痺れを切らしたように、「ラペルラティア様、よろしいでしょうか」と声がした。……わたしのことを様づけで呼ぶのなら、使用人だとは思うのだが、それが本当にシオンハイトの使用人なのかどうかさっぱりだ。顔で判別がつかないのに、声で判断できるわけがない。顔を見ることよりも、声を聞く機会の方がもっと少ない。
なので、そんな風に声をかけられたところで無視である。元より、敵国の人間であるわたしに、本来王族の妃としてやるべきことの務めを果たす義務はない。ここで生きることだけがわたしの仕事だ。権利がほとんどない代わりに、義務もないのである。
「……シオンハイト様がお呼びなのです」
わたしが呼んでも出てこないことに焦ったのか、少し切羽詰まったような声音で話しかけられる。
……それこそ嘘だろう。
シオンハイトだったら、わたしの為に事前に説明するし、むしろ、用事があるなら彼自身がここに来る。呼び出したりなんてしない。万一、万が一に実際、シオンハイトがわたしを呼び出さないといけないような用事があって、かつ、シオンハイトの手が離せないときであっても、彼はきっとわたしを呼び出さない。わたしが警戒して出てこないのを知っているから。
……そう、考えてしまうということは、ある意味で、わたしはシオンハイトのことを信用し始めているのだろうか。
彼がわたしを害さない、という確証が得られたわけではないけれど、それでも、シオンハイトならきっとこうしてくれるという期待がある。そして、その期待を裏切らないと、思っている自分がいることに驚きだ。
多少は変わってきたのだろうか、と思った瞬間――。
「本当に時間がないのです! 失礼しますよ!」
そう言って、使用人が入ってきた。嘘でしょ、そんなことする!?
わたしは、あまりの驚きに、ぽかん、と、入ってきたメイドを見てしまった。そうとう間抜けな顔をしていたに違いない。
「これだから人間は……。ほら、行きますよ!」
ぐい、とメイドがわたしの手を引っ張った。同じ女ではあるが、片や力仕事もする使用人、片や日々部屋にこもるだけの貴族令嬢。力の差は歴然である。抵抗しても簡単に引きずられる。
わたしは強引に部屋のへと連れ出されてしまった。
「や、だ……っ。離して……ってば!」
なんとか引っ張られないようにしても無駄。全然ダメだ。
そして、わたしはメイドに引っ張られるがまま――階層を、一つ上に上がった。
連れて来られたのは、誰かの部屋。シオンハイトの一つ上の階、ということは、第三王子の部屋だろうか。
「ビードレッド様、お連れ致しました」
部屋の中には、男が一人。シオンハイトの姿はどこにもない。
ほらみろ、シオンハイトが呼んでいるなんて真っ赤な嘘じゃないか。




