10.伯爵令嬢、公爵と結婚する(4)
カリーネは二年間の魔導具養成学校の過程を終えた。一応、卒業という形になり本来であればホルヴィストに戻る予定ではあったのだが――。
「あぁ、カリーネ。素敵だわ」
今にも泣き出しそうな程、その瞳を潤わせていたのはカリーネの母親であるロード伯夫人。
「本当に。素敵な人と出会えてよかったわね」
「あぶぶぶぶっ……」
姉のリアーナの腕の中には、着飾った赤ん坊が抱かれていた。
「ところで、お父さまは?」
「カリーネが嫁ぐことになって、悲しんでいるのよ。今、あの人が励ましているから」
リネーアが赤ん坊をあやしながら答えた。あの人、というのはフランのことだろう。
「だけどね。バージンロードをカリーネと共に歩くのはあの人の役目なのに」
母親が口にするあの人とは、もちろん父親であるロード伯のことなのだが。
「カリーネ。私たちは先に向こうへ行っているわ。本当に、おめでとう」
「あぶっ」
着飾ったカリーネを一目見ようと、母も姉もこの控室にまで足を運んでくれた。
今日はカリーネとラーシュの結婚式である。
シンプルなデザインでありながらも凝った刺繍が施されているウェディングドレス。それが、ぐっと大人びたカリーネの魅力を引き出していた。
日頃の行いが良かったのか、カリーネという人柄が良かったのか。
澄み切った青空が広がっている。天気さえもカリーネたちのことを祝福しているようだ。
「カリーネ、準備はできたか?」
満面の笑みを浮かべ、白いタキシードに身を包んでいるのは、これから彼女の夫となるべき男であるラーシュ。
「はい。ですが、お父さまが……」
「ロード伯は式場の外で待っている。やっとフランが説得に成功したようだ。それにしても」
ラーシュは、彼女の結い上げたライラック色の後れ毛を指ですくい、そこに口づける。首元すれすれに。
「とても綺麗だ。よく似合っている。他の男の目に晒したくないくらいに」
「もう」
たまにこうやって甘い言葉を囁いてくる彼に、未だにカリーネは慣れない。
「では行こう。皆、待っているよ」
「はい」
ラーシュにエスコートされ、侍女に付き添われ、カリーネはこれから永遠の愛を誓う場所へと向かう。
純白のドレスに身を包むカリーネ。その無垢な姿は、初めて彼女と出会った時のことをラーシュに思い出させていた。
数日前、フランが「忘れているかもしれないが」という前置きをつけ、ロード伯領へ初めて足を運んだときのことを語り出した。だが、ラーシュは忘れていなかった。八つも年下の彼女が、魔導具について自分の話を真剣に聞いてくれることが嬉しかった。ころころと表情が変わり、指摘する点もなかなか鋭く、もっと彼女と話をしたいという気持ちにさえなった。
だが彼女はまだ子供。ストレーム国に連れて帰ることもできないもどかしさに、当時は悩んだ。
それから数年後。彼女と再会したわけだが、年齢の割にはあのときとほとんど変わらぬ姿に驚いた。そして彼女の素直さと前向きな姿勢。ラーシュがカリーネにのめり込むのも時間の問題だった。
さらに次第に大人びてくるその表情。まるで、自分のために成長してくれたのではないか、とそう錯覚してしまうくらいに――。
ふと、ラーシュは隣にいる彼女に視線を落とした。
式場の扉の前についた。
「カリーネ……」
今にも泣き出しそうな表情をしているロード伯が、そこで待っていた。
「カリーネ。俺は先に行っている」
ラーシュはカリーネをロード伯に預けると、先にその扉をくぐる。
「こんなことなら、カリーネをストレームに留学をさせるんじゃなかった……」
「お父さま、今更です。ですが、考えてもみてください。ホルヴィストの王都よりも、こちらの方があそこからは近いのですよ。近場に嫁いだと思えば、気も楽じゃないですか。どちらにしろ、私は、あそこから出ていかなければならなかったのですから」
「だけどなぁ。まさかこんなに早くこの日が来るとは思ってもいなかったから、こう、心の準備というものが」
「心の準備は、私の婚約を認めた時から、しておくべきでしたね」
「そうかもしれないが……」
わかってはいても、何か認めたくない何かがあるのだろう。きっとそれはカリーネには一生かけてもわからない気持ちなのかもしれない。父親だからこそ感じる何か。
「可愛い孫も産まれたことですし、私のことはあきらめてください」
「そうか、そうだな。次は孫という楽しみがあるな。そろそろフランに全てを任せて、私は孫と引退生活を楽しめばいいのか」
そろそろお時間です、と係の者から声をかけられた。
カリーネの顔はヴェールで覆われ、今まで育ててくれた父親の腕を取り、真っ赤な絨毯の上をロード伯と共に歩く。この先に待っているのは、これから生涯を共にする夫となるべき男。
カリーネの手は父親から夫へと移る。
二人は神に永遠の愛を誓い、誓いの口づけを交わす。
たくさんの人に見守られ、祝福され、嬉しいやら恥ずかしいやら気持ちのカリーネ。恐らく、隣にいるラーシュも同じ気持ちであると思っている。
厳かな式が終わり、二人で会場から出れば、見知った顔がそれぞれ祝福の言葉をかけてくれる。
それはカリーネの家族はもちろんのこと、ハイケ、リン、アグネス、ボルネマン会長、アンドレア、そしてマルスランと彼の部下であるイヴァンとカルロス。カリーネがこのストレーム国に来て出会ったたくさんの人々も。
カリーネが投げたブーケはふんわりと放物線を描き、ハイケの腕の中にすっぽりと収まった。それを茶化しているのは、ボルネマン会長だ。
「ラーシュさん。私、幸せです」
「ああ、俺もだ」
人々が笑顔になる魔導具。それを作っていきたいと願っている二人。
そしてその笑顔に囲まれている二人は、これからの明るい未来に胸を弾ませているわけなのだが。
「ラーシュさん。私、この式場で気になったことがあるのですが」
「なんだ?」
「あの照明魔導具ですが。少し、光が強いように感じるのです。これからは光の強さも魔導具の安全評価基準に入れた方がいいと思うのですが、いかがでしょう?」
「君という人は……」
そこでカリーネの額にラーシュが唇を落とした瞬間、わっと歓声に包まれた。
魔導具は民のためにあれ――。
その想いが、ストレーム国の、いやこの世界の魔導具界の発展へと繋がっていくことだろう。
【完】




