10.伯爵令嬢、公爵と結婚する(1)
カリーネは相手が元婚約者だろうが怯むようなことはしなかった。今、自分はこのストレーム国の魔導具認証委員会の一員としてこの場にいるのだから、という思いがそうさせていたし、隣にラーシュがいてくれることも心強い。
「それで、どのようなお話でしょうか」
ラーシュと並んでソファに座り、早速本題に入る。
「なんだ。元婚約者なんだから、もっと楽にしろよ」
「私は今、魔導具認証委員会の一人としてお話を伺っております。元婚約者であるかどうかは、関係ありません」
ラーシュは黙って二人の会話を見守っている。カリーネが何か害されるようなことがあれば助けに入ろうと思っているが、彼女が頑張っているうちは、見守りたいとも思っていた。
「相変わらず、つまらない女だな。見かけだけは俺の好みだというのに」
一体、この男は何をしにきたのか、という思いがカリーネの中に生まれる。隣に座っているラーシュも少しイライラし始めていることに気付く。
「こちらも限られた時間でお話を伺いますので。早速、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
あくまでも事務的にカリーネが口にすれば、ちっと、ヘルムートも舌打ちをする。
「これだよ。このラベルゴ商会がストレーム国で売るために、魔導具の評価依頼をしたこれだ」
今回、ラベルゴ商会が評価の依頼をしてきたのは、あの魔導パン焼き機。あんな設計不良のようなパン焼き機でありながらも、扱っている商会が少ないことから、悔しいことにそこそこ売れている。今、レマー商会も増産体制をとっており、できるだけそれを求める人に届けたいと、工場では頑張ってくれているのだが、それでもまだ需要に対して供給が追い付いていないのが現実。まして、このストレーム国にはまだまだ届いていない。自国のホルヴィスト分だけで精一杯。
「なんだ、この不合格。というのは」
パサッと、ヘルムートはテーブルの上に評価報告書を投げ出した。
「ラベルゴ商会の魔導具ですのに、ヘルムート様がこちらをお持ちになっているのですね」
カリーネがそう口にしたのはわざとだ。ラベルゴ商会に出資しているのはブラント子爵家。そこのスザンナとヘルムートが婚約したことだって、もちろん覚えている。
「そんなの簡単だ。俺がラベルゴ商会の人間だからな」
なるほど。とうとうモンタニュー公爵家はラベルゴ商会にまで手を出した、ということか。そのためのブラント子爵家のスザンナとの婚約、と言っても過言ではなかったはずだ。
「そうですか。でしたら、遠慮なく」
遠慮なくカリーネが何をするのか、ということがラーシュには気になっていたが、彼女のことだから遠慮なくこのクズのような魔導具について、を語り出すのだろうと思っていた。
「ラベルゴ商会の魔導パン焼き機ですが。こちら、このストレーム国の安全評価基準を満たしていないことが判明しました。ですから、今後、このストレーム国で販売することはできません」
「だからだよ。どこがダメなんだ」
「え。もしかして、それをわざわざお聞きにいらしたのですか? 全て、その報告書に書いてあるじゃないですか」
カリーネが口にした通り、何の試験を合格して何の試験が不合格だったのか、というのは全て報告書に記載してある。
基本的には、不合格の項目があった時点で、認証委員会は申請者に対してどうするか、という確認を行っている。例えば、対策を取るのか、申請を取り下げるのか、など。だが、このラベルゴ商会は何も言ってこなかったため、そのまま試験を続行した結果、不合格という評価報告書となった。
「そうですね、まずはここ。安全に対する評価で、この魔導具が故障したときに保護回路が動くかどうか、ということを評価したものなんですが。保護回路を持ち合わせていないこのパン焼き機は、評価の結果、不合格です」
「は? 故障したときは、故障なんだから。そんなのどうでもいいだろう?」
「どうでもよくありません。故障したときに、使用者に怪我をさせるようなことがあってはならないのです」
「くだらない」
「くだらなくありません。それがこのストレーム国の基準になります」
カリーネがヘルムートを睨みつけた。二年前の彼女であれば、ヘルムートに対してこのような態度をとることもできなかっただろう。だが、今は違う。ただ魔導具が好きだったあの頃とは違うのだ。魔導具を使う者たちが安心して使えるような、そんな魔導具を作り広めていきたいと思っている。
だからこそ、ヘルムートのような考えは許せない。彼がラベルゴ商会の人間というのであれば、やはりラベルゴ商会は彼のような考えの集まりなのだろう。
「もし、ラベルゴ商会のこの魔導パン焼き機をこのストレーム国で売りたいというのであれば、まず、魔導回路に保護回路を持たせること。それから、制御部が動力部によって誤動作しないように、回路間に充分な距離をとること。また魔鉱石の魔力が外に漏れださないように、シールドで覆うこと。さらに、この外装。もう少ししっかりした材料を使ってください」
「そんなことをしたら、金がかかるだろう。安い魔導具というのがラベルゴ商会の売りだからな」
「でしたら、このストレーム国で売ることをあきらめてください。ラベルゴ商会の魔導パン焼き機をストレーム国で販売することを認めるわけにはいきません。安ければいいという問題ではありません」
ぎろりとヘルムートはカリーネを睨みつける。
「あまり、いい気になってるなよ。魔導具を作るための魔鉱石や部品。今、入手難が続いてるという話も知ってるよな」
「ああ、知っている」
答えたのはラーシュだ。
「だが、このストレーム国はロード領と懇意にしていてな。魔鉱石については、そちらから融通してもらっているから、さほど影響は出ていない」
だからか、とヘルムートは思ったようだ。顔を悔しそうに歪めながら。




