9.伯爵令嬢、元婚約者と再会する(3)
「あ。こんなところにいた、カリーネ嬢」
ちょっといい雰囲気をぶち壊してくれたのは、マルスランだ。
「ラーシュ。君さ、カリーネ嬢の婚約者だからって、彼女を独り占めする権利はないんじゃないかな? あ、カリーネ嬢。魔導士の奴らにも紹介したいから、ちょっと来てくれない? ラーシュはここに残ってていいから」
「お前に大事なカリーネを預けられるか」
「うわぁ、やだよ、男の嫉妬」
「嫉妬じゃない。事実だ」
「オレさ。カリーネ嬢に振られてるの。それを横取りしたのは君でしょ? 少しくらい、俺に貸してくれてもよくない?」
「よくない。カリーネを魔導士の奴らに紹介するというのであれば、俺も行く。ただでさえカリーネの周りは今、騒がしいんだ」
「そりゃそうでしょ。まだ公にしていないとはいえ、ラーシュと婚約しちゃったんだから。で、いつなの? 婚約のお披露目パーティ」
「パーティ? それって必要なんですか?」
思わずカリーネは尋ねてしまった。書類一枚で手続きは終わり、と思っていたから。
「ラーシュの立場を考えたら必要だよね。今は、こっちがあって忙しいからって、どうせそんな理由で断ってるんでしょ?」
「え、と。ラーシュさんて、そういうことをしなければならない立場の方なんですか?」
「ちょっと待って、ラーシュ。君さ。カリーネ嬢に言ってないわけ?」
「何をだ? 爵位を継いだことは言った」
「じゃなくてさ。なんで爵位を継ぐようになったかの過程だよ」
「必要ないだろ?」
「いやいやいやいや、あるでしょ? カリーネ嬢、ラーシュが前国王の息子だって知ってた?」
「え?」
「愛妾の子? 恋人の子? なんだけど。ほら、前国王って独身だったでしょ? それって、ずっといなくなったラーシュの母親を思ってたかららしいよ。ラーシュ本人は自分の身分なんか知らなかったみたいだけど、前国王にそっくりでさ。あの学校に通うようになったら、こう、身分が知られちゃったっていうか。まあ、今の国王は前国王の弟になるわけ。そんでもって、ラーシュ本人はそういうことに興味は無いらしいんだけど。それでも、優秀だからね。それで、今の国王が持っていた爵位を継いだとかなんとかだっていうわけ。ラーシュは王族のなんとかを放棄したとかなんとかだから。まあ、よくわかんないけど。つまり、そういうこと?」
マルスランさえもよくわかっていないということはよくわかった。だが、マルスランの言いたいこともなんとなくわかった。
「お前……。なぜ、この場でそれを口にする」
「ラーシュがきちんとカリーネ嬢に伝えていないからでしょ。大事なことだよね?」
大事なことだよね、とマルスランに言われ、カリーネは考え込む。大事なことかもしれない。だけど、ロレンティ公爵を継いだということは、それなりの身分なんだろうなとは思っていたから、今更驚くようなことではないのだが。
「ラーシュさん……。帰ったら、説教です」
「すまない」
「説教です」
ラーシュの腕をするりと解いたカリーネは、マルスランの方へと歩き出す。歩き方から察するに、彼女は間違いなく怒っている。
「マルスランさん、魔導士の皆さんを紹介してください」
「じゃ、そういうことだから。カリーネ嬢を借りるね。あ、そうそうカリーネ嬢。あの魔導パン焼き機なんだけど……」
だからといって大人しくほいほいとカリーネとマルスランを二人きりにさせるラーシュでもなく、悔しそうに顔を歪ませながら、二人の後を追っていく。
祝賀会も無事に終わり、魔導具の認証制度も本格的に動き出した。だが、評価する場所が無いと言う話になり、魔導具士養成学校の研究棟の空き教室を当分の間借りることになっている。研究棟も選ばれた者しか入ることはできないし、さらに空き教室にも同様の機能をつけることで魔導具認証委員会のメンバーしか入室できないようになっている、のだが。なぜかラーシュもそこにいた。どうやら彼もいつのまにか認証委員会のメンバーになっていたようだ。
カリーネが過負荷試験を行っている隣で、それを見守っているラーシュ。まだ、評価内容というものも手探りの状態で決めた内容であるため、それを実際に行い、過剰な要求ではないか、試験の不足はないか、ということを確認していた。
「やはり、過負荷試験は一故障モードのみで良さそうだな。二故障というのは、過剰要求かもしれない。絶対ないとは言い切れないが、確率的には低いからな」
ぶつぶつ何かを口にしては、その確率について計算し出すラーシュ。やはり、こういうところは研究者なのだろう。
ハイケからは無自覚に触れ合っている、と言われている二人であるが、さすがにこの魔導具を評価しているときには、そのようなことは無いらしい。これを終え、彼の研究室に戻った後のことは知らないが。
さて、その認証制度であるが、一つの魔導具を評価して報告書を作成し終えるのに、約二十日の日数を要する。評価をする者、報告書を作成する者、不具合があったときにその申請者へ問い合わせる者、など、設立時の認証委員会のメンバーだけでは人も足らず、追加で人を雇うことになった。設立時の認証委員会のメンバーは役員と呼ばれ、その報告書の全体を確認し、承認印を押印するのが仕事の一つとなっていた。さらに、定期的に工場などの監査に向かうのも役員たちの役目。工場の監査は、年に一回から四回を想定しており、優良な工場であれば監査の回数を減らす、という制度にしてある。また、初めて認証申請をする際には、初回工場監査も行っていた。そのため、認証委員会の役員の仕事は大忙しである。
ただ、この認証制度が施行されてから一年間は猶予期間という期間を設けているため、制度が施行されたからといってすぐに魔導具に認証マークをつけなければならない、というわけでもなかった。
この期間を利用して、魔導具の改良を行っている商会も多い。それは今の設計のままでは認証評価試験が通らない、という魔導具もあるためだ。ただ、そのような魔導具については、認証委員会の方で対策について助言を行うこともしていた。




