8.伯爵令嬢、魔導士と会う(1)
扉を開けると、壁には大きな絵画が飾られており、執務用の大きな机があった。さらにゆったりとしたソファがいくつか並んでいる。
さらに、この場にいた人物は三人。
「やぁ、ラーシュ。そちらが噂のカリーネ嬢かい?」
黒髪でローブを纏う男が、長い足を投げ出しながらソファに座っていた。
ちっ、とラーシュが舌打ちをしたことにカリーネは気付く。
「カリーネ。仕方ないから、とりあえず紹介しておく」
「おいおい、仕方ないとか、とりあえず、とか。相変わらず君は失礼な奴だな」
黒髪の男が言えば、他の二人も苦笑する。
「この失礼な男がマルスラン・カルテリ、見ての通り魔導士だ。そして、見ての通り怪我をしたやつ。それから後ろの二人はマルスランの部下その一と、その二」
その一と呼ばれた方がイヴァン、その二と呼ばれた方がカルロスという名であった。カリーネが名を覚えようとすれば、わざわざ覚える必要はない、とラーシュが一喝する。となれば、目の前の三人は笑うしかない。
「ラーシュがカリーネ嬢のことを気に入っていることはわかった。だが、こちらもカリーネ嬢の力が必要でね」
マルスランが、見てくれとでも言うかのように右手を出してきた。痛々しいほど、包帯でグルグル巻きにされている。
「ラーシュから話を聞いているとは思うが、魔導具とオレの魔力が干渉してね。どっかーんと爆発した。まあ、火はすぐに消したけど、使っていた場所はほんのり黒焦げさ」
と指で示した場所は執務席の隣。壁がほんのり焦げている。
「それは、そのときの?」
カリーネが尋ねると、マルスランは「そ」と答える。
「黒焦げになったところは、魔法でちょちょいと直せるんだけど。困ったことに、治癒魔法というのは自身に使うことはできないからね。さらに言うならば、治癒魔法は高等術式であるため、誰でも使えるというわけではない。むしろオレしか使えない」
高等術式である治癒魔法。それは主にこの国の重鎮たちに何かあった時に使用する、と聞いている。その治癒魔法の使い手が一人しかおらず、その使い手が怪我をしているこの状況。
「というわけで、だ。オレはオレをこんな目に合わせた魔導具店へ文句を言いに行ったわけ」
それだけでもなかなか行動力のある人物だとは思うが、その先の結果はラーシュから聞いている。
「ところがさ、門前払いよ。うちの魔導具がそんなことを起こすわけがない。使い方が悪いだの証拠が無いだの。それでさ、オレ。カッチーンときちゃったわけね」
なんか怒らせてはいけないヤツを怒らせてしまった、という気持ちがカリーネの中で沸き起こる。のだが。
「あ、カリーネ嬢。いつまでも立たせたままでわるかったね。ここに座りなよ」
なぜかマルスランが隣に座れ、とぽんぽんとソファを叩いた。
カリーネは素直な娘である。だから、ここに座れと言われたそこに座るものだと思っている。
「では、失礼します」
マルスランの隣に座ろうとしたところ、ラーシュに腕を引っ張られ、その向かい側のソファに彼の膝の上にのる形で座ってしまった。
「何、してるんですか。ラーシュさん」
カリーネは慌てて立ち上がり、ラーシュの隣に座り直した。目の前のマルスランは笑いをこらえるどころの話ではない。むしろ大笑いだ。
「ラーシュがカリーネ嬢にご執心とは聞いていたけど。鎌をかけてよかったよ。君のそんな顔を見ることができた」
「カリーネ、アレには近づくな」
「ひっど。人をアレ呼ばわりするとは」
そこでマルスランは部下その一のイヴァンにお茶を淹れるように命じる。カリーネが察するに、恐らくこの部下たちは、マルスランにいいように使われている。怪我をして動けないからさぁとか、この上司が言っているのだろう。そんな光景を容易に想像ができた。
「カリーネ。何を笑っている」
隣のラーシュは面白くないのか、むすっとしている。
「いえ、何も」
というのは嘘だ。もう、この場にいるだけが面白い。
目の前のテーブルにお茶が置かれた。ありがとうございます、と言うとイヴァンと目が合う。彼はそっと笑む。
「カルロス。あれ、持ってこい。オレをこんな風にしたあの魔導具」
「はいはい」
マルスランが包帯ぐるぐる巻きの手を軽く振れば、カルロスと呼ばれた部下その二が部屋の隅の方にある布でぐるぐる巻きにされた何かの塊を手にして、こちらに持ってきた。
「爆発してるから、下に置くけどいいかな。爆発したんだよ、本当に。誰も信じてくれないけど」
「爆発した、というよりは、爆発させた、と思いますがね」
カルロスが布に包まれた塊を絨毯の上に広げた。そこから出てきたのは、黒焦げになった魔導具。辛うじて、原形を留めているから魔導パン焼き機と見えなくもない。
「オレさ。ここに住んでるのね」
ここ、ということはこの執務室のことだろうか。
「こいつ、こう見えても魔導士団の団長を務めている」
ラーシュがカリーネの耳元で囁いたため、カリーネも小さく頷く。とくに、こう見えても、というところに激しく同意したい。
「家はあるらしいのだが、帰るのが面倒くさいとかなんとか言い出して、とうとうここに住み始めた」
なるほど、と思った。だから、そこで魔導具を使ったのだろう。
「え、と。私はこの爆発した魔導具を見ればいいんですか?」
「そう。オレのせいじゃないんだ。魔導具が爆発したのは。絶対にそれが悪い。だけど、誰も信じてくれなくてね。寂しいよね。オレ、嘘ついてないのに」
「日頃の行いがそうさせているんだろ?」
ラーシュが言えば、少し離れたところに座っている部下その一とその二もくくっと笑いをこらえていた。なんとなく、このマルスランという人柄が見えてきたような気がした。
「では、確認しますね」
「汚れるから、確認しなくてもいい。どうせ、わかりきっているんだろう?」
ラーシュは言うが、わかりきっている内容だとしても、魔導具が魔力干渉を起こしたことによって、どのように爆発をしたのか、ということに興味がある。
「ですが、現象を確認するためには、やはり実物を見てみないと」
すっとカリーネが立ち上がり、リュックから工具を取り出して、カルロスが置いた黒焦げの魔導具へと近づいた。
両手に綿の手袋をはめると、慣れた手つきでその魔導具を分解していく。
「へぇ、見事だねぇ」
お茶をずびずびとすすりながら、マルスランは感心している。
「ラーシュさん、そっちの工具を取ってください」
と言われることにも慣れているラーシュは、カリーネが欲しがっている工具を手渡す。
「へぇ。君たち、息、ぴったりじゃん」
「いいから、お前は黙っていろ」
むすっとした顔でマルスランを睨みつけるラーシュを、もちろん睨みつけられた彼は楽しそうに見ているわけで。
「ああ。予想通りですね」
マルスランが爆発させた魔導具を分解し、魔導具の心臓部でもある魔導回路を取り出す。魔導回路はもちろん黒く焦げていた。
「あ、マルスランさん。見ていただいてもよろしいですか?」
「それって、オレが無実っていう証拠になる?」
「なります、なります」




