表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/41

7.伯爵令嬢、魔導具鑑定士を名乗る(3)

 薄い上着を羽織ったカリーネもリュックを背負った。教科書や筆記具の他に、魔導具の製作や修理に欠かせない小さな工具も入っている。カリーネが歩くたびに、リュックの中の工具がカタンカタンと音を立てた。それが五月蠅いのか、たまにラーシュがカリーネのリュックを摘まみ上げるときがある。ふっと、リュックが軽くなる瞬間があるのだ。と、思えば手を離されて、勢いよくリュックの自重が両肩にかかる。あまりにもそれが突然すぎるときは、ふらっとふらつき、ラーシュは笑いながらカリーネを支えてくれる、のだが。


「ラーシュさんて、見かけのわりに、子供っぽいところがありますよね」

 むくれて文句を言えば、ラーシュはふっと鼻で笑う。

 このくらいの関係が心地良いのだ。

 だが、いつからだろう。ラーシュがカリーネのことを「子リスちゃん」と呼ばなくなったのは。


「ただいま帰りました」

 夕日が沈みきる前に、帰宅することができた。

「お帰りなさい。カリーネさん、今日はずいぶんと遅かったのですね。夕食の準備はできていますから」

 恐らくリンは帰るところだったのだろう。帰宅したカリーネと行き違いのような状況。

「ラーシュさんもよろしかったらどうぞ。たくさん作ってありますから。では、私は先に失礼します」

 リンからは香ばしい匂いが漂っていた。あの魔導パン焼き機で焼き上がったパンを持ち帰って、家族と一緒に食べるに違いない。むしろ、そういう魔導具の使われ方をカリーネは望んでいた。使った人が、ほっこりと笑顔になるような魔導具を。


「ラーシュさん、お夕飯はどうしますか?」

 リンがたくさん作った、と言っていたのでラーシュに尋ねてみた。すると彼は。

「カリーネに誘われたら、断る理由はないな」


 カリーネとしては別に誘ったつもりはない。どうするのか、と聞いただけ。

 どうやらラーシュを夕飯に誘ったことになってしまったようだ。


「ラーシュさんは、そこで待っていてくださいね。今、荷物を置いてきますから。前のように、勝手に人の部屋に入らないでくださいね」

 念を押したカリーネは、先にハイケに声をかけてから自室へと向かう。荷物を置き、上着をかけて居間へ。どうやらラーシュはおとなしく待っていてくれたようだ。


「あら、ラーシュ。押しかけ?」

 工房からあがってきたハイケが、呼んだはずのない彼がいたことで、そう声をかけた。


「リンさんがたくさん夕飯を作ったと言っていたからな。ご相伴にあずかろうかと思ったんだ」


「ふぅん」

 と頷くハイケの目は、にやにやと笑っている。


「師匠。夕飯にしてしまっていいんですか?」

 食堂の方からカリーネの声が飛んできた。

「いいわよ」


 ハイケが返事をすれば食堂の方でバタバタと動いているカリーネの気配が感じられた。


「どう? 彼女。いい子でしょ?」


「ああ。素直だから、教えれば教えるだけ吸収する。ハイケには悪いが、君の弟子という立場ではもったいないくらいだ」


「だから、魔導具鑑定士を名乗れ、なんて、かっこいいこと言ったんでしょう? 彼女を魔導具士と名乗らせたら、この世の魔導具士が芋に見えるもの。って、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだけど」


「なんだ」

 じろっとハイケを睨みつける。つまり、威嚇。


「ぐっと成長したでしょう?」


「ああ、魔導具士としての成長も目を見張るものがある」


「だから。私が聞きたいのはそういうことじゃない。あなた、わかっててわざと言っているでしょ?」


「さあな」


「師匠。ラーシュさん。準備できましたよ」


 リンは夕飯を作って置いていく。それをよそって配膳するのはカリーネとハイケの役目。どっちがやるかは、その時決める。


「ラーシュさんはそこに座ってください」


 カリーネが促したのはハイケの隣。つまり、カリーネの斜め前。彼はその場所に不満があるのか、何か言いたげのように見えた。


「あ、ラーシュさん。このパン。あの魔導パン焼き機で焼いたものなんです。今朝、焼き上がったものですけど、トーストにしてあるので気にならないと思います。焼き立ては、焼き立て美味しいんですけどね」


 そう言われると、ラーシュはカリーネが設計した魔導パン焼き機で焼いたパンを食べたことが無い。それは、食べる機会がなかったから。


「ほらほら、成長期。遠慮せずに食べなさい」


 リンが準備してくれる夕飯は、いつも野菜がたっぷりのメニューが多い。


「念のため、確認をするが。ハイケの言う成長期は、俺ではないよな?」


 ラーシュのそれに、ハイケは答えなかった。


「そうだ、カリーネ。君はドレスを持っているのか?」

 なぜ、ラーシュからそのようなことを聞かれるのか、カリーネにはさっぱりとわからないのだが。

「持ってはいますけど。もう、サイズは合わないと思います」


「では、準備をしよう」


「別に、着る機会が無いからいらないですよ」


「その機会がやってくる」


「え」

 カリーネはスプーンを咥えたまま、ラーシュを見つめた。


「カリーネ。行儀が悪い」

 たまにハイケは母親のようなことを口にする。


「君が書き上げた資料を議会へ提出する。何も問題が無ければ、そのまま採用されるだろう。そうなるように、俺が指導しているからな。今回の案は、この国の魔導具界を変えるような代物(しろもの)だ。そうなれば、間違いなく君にも声がかかる」


「何のですか?」


「ああいう奴らは、パーティと呼ばれる催し物が好きなんだよ」


 つまり、どこかでパーティが開かれて、それにカリーネがお呼ばれする、ということなのだろうか。


「はぁ」

 気乗りのしない返事。そもそもカリーネがここに来て良かったと思った理由の一つが、面倒くさい社交界に出席しなくてもいい、ということなのだ。まして向こうで婚約破棄のようなことをされたカリーネにとっては、二度と縁がないことだとも思っていた。のだが。


「なら、仕立て屋を手配する」


「え、ここに呼ぶの? やめてよ、噂になるじゃない」


「ハイケも一着くらい、作っておいた方がいいと思うが?」


「どうしてよ」


「カリーネの師だからな」


「私は魔導具士よ。魔導具士の正装はローブよ」


「そうなんですか?」


「カリーネ、騙されるな。ローブの正装が許されるのは魔導士だ。とにかく、ハイケとカリーネのドレスを用意しなければならない、ということだけはわかった」


 もしかしてラーシュがここに居座ったのは、それを伝えるためではないかと思えてきた。

 面倒くさいわね、とハイケがため息と共にその言葉を吐き出したとき、カリーネは何故か申し訳ない気持ちになった。だが、その気持ちはカリーネも同じだったため、何とも言えない微妙な気持ち。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=904704382&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ