7.伯爵令嬢、魔導具鑑定士を名乗る(3)
薄い上着を羽織ったカリーネもリュックを背負った。教科書や筆記具の他に、魔導具の製作や修理に欠かせない小さな工具も入っている。カリーネが歩くたびに、リュックの中の工具がカタンカタンと音を立てた。それが五月蠅いのか、たまにラーシュがカリーネのリュックを摘まみ上げるときがある。ふっと、リュックが軽くなる瞬間があるのだ。と、思えば手を離されて、勢いよくリュックの自重が両肩にかかる。あまりにもそれが突然すぎるときは、ふらっとふらつき、ラーシュは笑いながらカリーネを支えてくれる、のだが。
「ラーシュさんて、見かけのわりに、子供っぽいところがありますよね」
むくれて文句を言えば、ラーシュはふっと鼻で笑う。
このくらいの関係が心地良いのだ。
だが、いつからだろう。ラーシュがカリーネのことを「子リスちゃん」と呼ばなくなったのは。
「ただいま帰りました」
夕日が沈みきる前に、帰宅することができた。
「お帰りなさい。カリーネさん、今日はずいぶんと遅かったのですね。夕食の準備はできていますから」
恐らくリンは帰るところだったのだろう。帰宅したカリーネと行き違いのような状況。
「ラーシュさんもよろしかったらどうぞ。たくさん作ってありますから。では、私は先に失礼します」
リンからは香ばしい匂いが漂っていた。あの魔導パン焼き機で焼き上がったパンを持ち帰って、家族と一緒に食べるに違いない。むしろ、そういう魔導具の使われ方をカリーネは望んでいた。使った人が、ほっこりと笑顔になるような魔導具を。
「ラーシュさん、お夕飯はどうしますか?」
リンがたくさん作った、と言っていたのでラーシュに尋ねてみた。すると彼は。
「カリーネに誘われたら、断る理由はないな」
カリーネとしては別に誘ったつもりはない。どうするのか、と聞いただけ。
どうやらラーシュを夕飯に誘ったことになってしまったようだ。
「ラーシュさんは、そこで待っていてくださいね。今、荷物を置いてきますから。前のように、勝手に人の部屋に入らないでくださいね」
念を押したカリーネは、先にハイケに声をかけてから自室へと向かう。荷物を置き、上着をかけて居間へ。どうやらラーシュはおとなしく待っていてくれたようだ。
「あら、ラーシュ。押しかけ?」
工房からあがってきたハイケが、呼んだはずのない彼がいたことで、そう声をかけた。
「リンさんがたくさん夕飯を作ったと言っていたからな。ご相伴にあずかろうかと思ったんだ」
「ふぅん」
と頷くハイケの目は、にやにやと笑っている。
「師匠。夕飯にしてしまっていいんですか?」
食堂の方からカリーネの声が飛んできた。
「いいわよ」
ハイケが返事をすれば食堂の方でバタバタと動いているカリーネの気配が感じられた。
「どう? 彼女。いい子でしょ?」
「ああ。素直だから、教えれば教えるだけ吸収する。ハイケには悪いが、君の弟子という立場ではもったいないくらいだ」
「だから、魔導具鑑定士を名乗れ、なんて、かっこいいこと言ったんでしょう? 彼女を魔導具士と名乗らせたら、この世の魔導具士が芋に見えるもの。って、私が聞きたいのはそういうことじゃないんだけど」
「なんだ」
じろっとハイケを睨みつける。つまり、威嚇。
「ぐっと成長したでしょう?」
「ああ、魔導具士としての成長も目を見張るものがある」
「だから。私が聞きたいのはそういうことじゃない。あなた、わかっててわざと言っているでしょ?」
「さあな」
「師匠。ラーシュさん。準備できましたよ」
リンは夕飯を作って置いていく。それをよそって配膳するのはカリーネとハイケの役目。どっちがやるかは、その時決める。
「ラーシュさんはそこに座ってください」
カリーネが促したのはハイケの隣。つまり、カリーネの斜め前。彼はその場所に不満があるのか、何か言いたげのように見えた。
「あ、ラーシュさん。このパン。あの魔導パン焼き機で焼いたものなんです。今朝、焼き上がったものですけど、トーストにしてあるので気にならないと思います。焼き立ては、焼き立て美味しいんですけどね」
そう言われると、ラーシュはカリーネが設計した魔導パン焼き機で焼いたパンを食べたことが無い。それは、食べる機会がなかったから。
「ほらほら、成長期。遠慮せずに食べなさい」
リンが準備してくれる夕飯は、いつも野菜がたっぷりのメニューが多い。
「念のため、確認をするが。ハイケの言う成長期は、俺ではないよな?」
ラーシュのそれに、ハイケは答えなかった。
「そうだ、カリーネ。君はドレスを持っているのか?」
なぜ、ラーシュからそのようなことを聞かれるのか、カリーネにはさっぱりとわからないのだが。
「持ってはいますけど。もう、サイズは合わないと思います」
「では、準備をしよう」
「別に、着る機会が無いからいらないですよ」
「その機会がやってくる」
「え」
カリーネはスプーンを咥えたまま、ラーシュを見つめた。
「カリーネ。行儀が悪い」
たまにハイケは母親のようなことを口にする。
「君が書き上げた資料を議会へ提出する。何も問題が無ければ、そのまま採用されるだろう。そうなるように、俺が指導しているからな。今回の案は、この国の魔導具界を変えるような代物だ。そうなれば、間違いなく君にも声がかかる」
「何のですか?」
「ああいう奴らは、パーティと呼ばれる催し物が好きなんだよ」
つまり、どこかでパーティが開かれて、それにカリーネがお呼ばれする、ということなのだろうか。
「はぁ」
気乗りのしない返事。そもそもカリーネがここに来て良かったと思った理由の一つが、面倒くさい社交界に出席しなくてもいい、ということなのだ。まして向こうで婚約破棄のようなことをされたカリーネにとっては、二度と縁がないことだとも思っていた。のだが。
「なら、仕立て屋を手配する」
「え、ここに呼ぶの? やめてよ、噂になるじゃない」
「ハイケも一着くらい、作っておいた方がいいと思うが?」
「どうしてよ」
「カリーネの師だからな」
「私は魔導具士よ。魔導具士の正装はローブよ」
「そうなんですか?」
「カリーネ、騙されるな。ローブの正装が許されるのは魔導士だ。とにかく、ハイケとカリーネのドレスを用意しなければならない、ということだけはわかった」
もしかしてラーシュがここに居座ったのは、それを伝えるためではないかと思えてきた。
面倒くさいわね、とハイケがため息と共にその言葉を吐き出したとき、カリーネは何故か申し訳ない気持ちになった。だが、その気持ちはカリーネも同じだったため、何とも言えない微妙な気持ち。




