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7.伯爵令嬢、魔導具鑑定士を名乗る(2)

 さて、例の評価制度をラーシュに提案したカリーネだが、そのラーシュからその制度についてもっとつめた資料を作るように、と言われてしまった。どうやらそれを議会にかける、と言うのだ。

 議会というカリーネにとって縁遠いと思っていたそれに関わることになるとは思ってもいなかった。だからといって、カリーネが議会に出るわけではない。そこはラーシュがコネを使ってどうのこうの、と言っていた。

 それでもこのような資料を作ったことのないカリーネは、学校の授業が終わればラーシュの研究室に入り浸り、彼から資料の作り方も教えてもらいながら、その評価制度についてまとめていた。


「評価制度、というよりは、認証制度の方がいいかもしれないな」


 カリーネの隣に座ったラーシュは、今、彼女が書き上げた資料の中身の確認をしていた。


「認証制度、ですか?」

 カリーネが首を傾げて尋ねる。その認証という言葉も、カリーネにとっては聞き慣れない言葉だからだ。


「ああ。国が評価をして、それを合格したものに何かしらマークをつけてもいい、という制度にするのだろう? だから、評価報告書と共に国の認証書を発行するんだ。その認証書を発行してもらった魔導具が認証マークを貼りつけることができる。認証という言葉を使えば、魔導具に貼り付けるマークも認証マークと呼ぶことができる」


「ラーシュさんは、物知りですね」


「少なくとも、君よりは長く生きてるからな」


 ラーシュはカリーネに顔を寄せた。そして、彼女の書いた資料の修正箇所を指摘する。

「この部分を『認証制度』という言葉に変更して。それから、ここはもう少し柔らかい表現の方がいい。議会に出てくるのは、頭の硬いじじぃばかりだからな。あいつらが理解できるように、この表現は変えた方がいい」

 ラーシュが指摘するために資料に視線を落とすたびに、カリーネの頬を彼の髪が撫でていく。

「聞いていたか?」


 ラーシュがカリーネの方を見れば、顔が近い。聞いてました、と答えたいけれど、あまりにもの至近距離に彼の顔があるため、こくこくと頷くことしかできない。


「君はまだ、このような資料を作ることに慣れていないようだから、とにかく数をこなして慣れるのが先だ。魔導具士ではない者にもわかるようにまとめるのがポイントだからな」


 仄かに柑橘系の香りが、カリーネの鼻先をくすぐっていく。恐らくラーシュが使っている石鹸の香り。

「どうかしたのか?」


「どうも、しません。喉、乾いたので、お茶を飲んでもいいですか?」


「ああ、そうだな。少し、休憩にしよう」


 ラーシュの顔が離れたので、カリーネはやっと息ができるような気分になった。とにかく、彼の顔が近かったのが、カリーネの心臓に悪かった。


 カリーネは立ち上がると、慣れた手つきでお茶を淹れ始める。どこに何があるのかなんて、とっくの昔に把握していた。そして、ラーシュが戸棚の中に焼き菓子をしまっておいていることも。

 カリーネがお茶の入ったカップと焼き菓子をトレイにのせて、ソファに戻る。

 ソファはテーブルを挟んだ向かい側にもあるのに、最近のラーシュはカリーネの隣に座ってくる。だから、今も隣にいた。カリーネが向かい側に移動しようかとも一瞬考えたが、お茶の時間だけ場所を変えるというのも、どこかわざとらしい感じがする。


「どうぞ」


「ああ、ありがとう」


 カリーネはゆっくりとカップを持ち上げて、湯気が漂うお茶を飲む。その瞬間、チラリとラーシュを盗み見したが、彼に気付かれてしまう。


「どうかしたのか?」


「いえ。ただ、最近、ラーシュさんの距離が近すぎると思うのですが」


 カリーネが気になっていたのは、彼の距離。ここ最近、とにかく近い。今も近い。


「ああ、やっと気付いてくれたのか? まあ、俺もそう思っている」


 その彼の言葉で、思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになってしまった。慌ててカップをテーブルの上に戻すと、じとっとラーシュを睨みつける。だけど、カリーネを見つめるラーシュの目は優しい。


「ラーシュさん。頭、沸いてます?」


「多分ね。君と一緒にいるから、かな」


 むむ、とカリーネは唇を尖らせるしかない。何を言っても、沸いている頭の彼には通用しない、と。


「どうしたんですか? 急に。そんなことを言い出して」


「うん、どうしたんだろうな。自分でもよくわからないんだ。だけど、カリーネのことが気になるんだよな」


 このようなことを今まで言われたことのないカリーネは、どう対処したらいいかがわからなかった。とりあえず、いつもラーシュがやっているように、お菓子をつまんで彼の口の前に差し出した。一瞬、驚いたようにカリーネを見た彼だが、ぱくっとその菓子を口に咥えた。それを見送ったカリーネは、満足そうに笑ってから、もう一度お茶を飲んだ。


 休憩を終えた後は、先ほどラーシュから指摘された内容を修正する。彼から言われた通り、カリーネはこのような資料を作るのと得意とはしない。作ったことが無いからだ。だが、やりたいことを認めさせて実現させるには必要な資料なのだから、苦手だと言って逃げるわけにはいかない。


「終わったぁ」

 とカリーネが両手をあげて大きく伸びをした頃には、ラーシュが背にしている窓の向こうはオレンジ色に染まっていた。


「どれ、見せてみろ」

 ラーシュは机の方で何やら書き物をしていたようだ。彼は彼で、やるべきことがあるらしい。すっと立ち上がると、またカリーネの隣に座ってくる。のだが、距離が近い。


「ラーシュさん。もう少し離れてください。近すぎです」


「近づかないと見えないだろう?」


「だったら、お一人でどうぞ」

 カリーネは書き終えた資料をラーシュに突き付けると、お尻を少しだけ浮かせて横にずれた。


「つれないなぁ」

 呟いたラーシュは、カリーネから資料を受け取った。

「今日は遅いから、細かい修正は明日にしよう。送っていく」

 その資料を机の中に仕舞い込んだラーシュは上着を羽織る。この時間は、風が吹けば少しだけ肌寒い。


 カリーネもテーブルの上に広げていた資料やペン類をリュックの中に詰め込む。最後の仕上げだからといって、いつもより遅くまでここに残ってしまっていたのは事実。あまり遅くなると、ハイケもリンも心配することだろう。


「忘れ物はないな?」

 まるで子供に言うかのような口調で、彼はその言葉を口にする。


「大丈夫です。子供じゃありませんから」


「まあ、忘れたとしても、またここに来ればいいだけの話だしな。どうせ、毎日来てるんだし」


 そう。なんだかんだ言いながら、学校の授業が終わった後は、ラーシュと共に昼食を取り、そのままこの研究室へ足を運ぶ、というのがカリーネにとっては日課となっていたのだ。あれほど、ラーシュの研究室に用はない、と最初の頃に口にしていたにも関わらず。


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