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6.伯爵令嬢、魔導具を解析する(3)

 次の日。

 あの男ことラーシュと肩を並べて歩いていたカリーネは、学校から工房へ向かう途中。

 半年前まではラーシュの肩の高さにも満たなかったカリーネの頭の位置だが、今ではそれよりもずいぶんと高くなっている。リュックに押しつぶされそうなくらい細かった身体も、どこかふっくらとしていて、リュックが歩いているとは言われなくなってきた。


「ところで。ラーシュさんて何者なんですか?」


 カリーネがラーシュと二人きりになる、ということは、昼食の時間だったり、彼の研究室で勉強したりと、わりと機会はあった。だけど、そこでこのような話をしようという考えは思い浮かばなかった。

 だけど今は、ハイケに言われてラーシュを工房に連れていく途中。ハイケは何かあるとラーシュを頼っていた。あのハイケが頼るということは、ラーシュはいろいろと力のある男なのだろう。


「とうとう俺に興味を持ってくれたのか?」


 興味を持った、と言われたら持ったのかもしれない。カリーネが提案した各工場で不動在庫となっている部品を有効活用する方法を、実現させてくれたのだから。それを引き受けてくれる商会を見つけて、それを必要とする商会に声をかけて。


「そうですね。トッテリ商会に、あのようなことをさせることができるから。興味はありますよね」


 そこでラーシュは、くすりと笑う。


「俺は、魔導具士養成学校の研究生だよ。それ以上でもそれ以下でもない。ただコネがあるだけだ」


 そのコネが気になるところ。それに、何かあればハイケはラーシュを呼びつける。彼にその「何か」を伝えると、解決にまで導かれる。


 じぃっとカリーネはラーシュを見上げた。見上げる首の角度も、以前よりは小さくなっていた。


「どうした?」


「いえ、何でもありません」


「そうか」


「毎日のように一緒にいるからか、君がこんなに大きくなったことに気付かなかったな」

 そこでラーシュはカリーネの頭をゆっくりと撫でた。またカリーネはむぅと唇を尖らせて、ラーシュを見上げる。


「おいおい、そういう顔をするな。チュウでもして欲しいのか?」


「は? あ、え?」


 突然、立ち止まったラーシュは、カリーネの両肩を掴んで自分の方に抱き寄せる。そして、素早く唇を合わせた。


「ごちそうさま」


「あ、え? はぁ? ちょっと。何、するんですか」


 カリーネはごしごしと手の甲で唇をこすった。


「そんな。人をバイ菌のように扱うなよ。ちょっとがっかりするな」


「いえいえいえいえ。ラーシュさん。頭、沸いてるんじゃないんですか? 一体、何してんですか?」


「うん。自分でもそう思う。だけど、カリーネのそんな顔を見たら、我慢ができなかった」


 我慢。我慢って何の? そもそも、ここは外。人も行き交う道。もしかして、誰かに見られたかもしれない、というのに。カリーネにはそんな気持ちが沸々と沸き起こり、もう一度ラーシュを見上げる。じとっと目を細めて、唇を噛みしめて。


「ほらほら。そんな無防備な姿を見せるカリーネが悪い。ただでさえあの学校は男性の方が多いというのに」

 ラーシュはカリーネの左手をとった。彼女が逃げないように、しっかりと。

 するとカリーネはもう一度ラーシュを見上げる。ラーシュはそれを見て、笑みを零す。


「もう」

 どうやらカリーネは怒っているようだ。だが、それでもラーシュの手を振り解くつもりはないらしい。

 結局、ラーシュが何者であるか、というカリーネの欲しい答えはもらえぬまま、ハイケの工房に着いてしまう。


「ただいま帰りました」


「はいはい、お帰りなさいませ」

 中から出迎えてくれたのはリン。

「今日はラーシュさんもご一緒ですね」

 リンはカリーネとラーシュの手が繋がれたままであることにもちろん気付いたが、それをいちいち指摘するような大人ではない。

「ハイケさんからお話は伺っております。どうぞ。すぐにお茶の準備をいたしますので」


「ラーシュさん。私、荷物を置いてきますので。どうぞ、先にこちらで休んでいてください」


 リンは食堂に行ってお茶の準備をしている。カリーネはラーシュを居間の方に案内し、自分は荷物を置いてくるために自室へと向かう。


「へぇ。ここがカリーネの部屋なのか」

 部屋の扉を開けた瞬間、背後からそんな声が降ってきた。


「ラーシュさん」


「カリーネがどんな部屋に住んでいるのかなと気になってね。フランにもきちんと報告しなければならないだろう? それに君は、向こうにはずっと帰っていないと聞いている」


 ラーシュの言葉にハッとする。もう、半年以上も家族には会っていない。会いたくないわけでもないし、会えない距離でもない。会おうと思えば会えるわけなのだが、会おうと思わなかっただけ。だが、手紙は書いている。


「そうですね。こちらに来てからというもの、いろいろとありましたからね」


「だから、君の家族が心配しないようにと、俺が定期的に報告しているわけだ」


「そうなんですか?」


「君は、フランに手紙を書いているようだが。魔導具についての報告しかしてこない、とフランが嘆いていたよ」


「あ、はい。新しい試作をお願いしたかったので。お義兄(にい)さまには、そちらの件で連絡しています」


 そういうところだ、とラーシュは笑う。

「それで。いつまでそれを背負っているつもりだい? 荷物を置きにきたのだろう?」

 ラーシュにリュックを指摘され、まだそれを背負っていたことに気付いた。カリーネはリュックをおろすと、机の脇にかける。


「けっこう、本も読んでいるみたいだな」

 ラーシュはカリーネの机の上の本棚に並んでいる本に視線を走らせる。


「あ、ラーシュさん。魔導具の安全設計に関する本でオススメがあったら教えてほしいんですけど。あとは、信頼性試験について」


「君は、このような狭い空間で男女が二人きりになっても何とも思わないのか?」

 と言われても、ラーシュの研究室でいろいろと教えてもらっているとも二人きりになっている。だから、今もそのときと同じような感覚、なのだが。


 なぜかラーシュの顔が、カリーネの顔に迫っていた。逃げようと思っても、カリーネの背にはカリーネの机があって、逃げることができない。

 またキスされるかもしれない、と思ってぎゅっと目をつぶれば、コツンとおでこに何かが当たった。


「冗談だよ。君もそろそろ十七になるのだろう? デビュタントも終えているのだから、もう少し周囲を気にした方がいい。それにロード伯の娘であることにも、自覚を持ちなさい」


 なぜラーシュがそのようなことを口にするのか、カリーネには全くわからなかった。


「あらあら、こちらにいらしたのですね。お茶の準備が整いましたので、どうぞ」


 リンが廊下から声をかけてきた。二人の姿が見えなくて、探し回っていたに違いない。恐らく扉が開いたままだったから、二人がここにいるとすぐにわかったのだろう。


「先に行ってるよ」

 何事もなく部屋を出ていくラーシュの背を、じとーっと睨みつけることしかカリーネにはできなかった。

 ふと我に返ったカリーネは、必要な資料だけ手にすると、急いで居間へと向かう。


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