5.伯爵令嬢、商会へ行く(3)
ボルネマンが言葉を続ける。
「本来であれば、蓄魔力器が盗まれたって、いつもであればすぐに代わりの部品が手に入ったはずなんだ。だが、なぜかそのときに限って、いや、今もそうだが、流通性が悪いという話だ」
「どうしてですか?」
今まで普通に買えていたものが買えなくなる。それなりに原因があるはずだ。
「単純に需要が増えていて、供給が追い付いていないという話だな」
「需要が増えているのは、工場などが荒らされて、部品などを盗まれているからですか?」
「それもあるが、あれなんだよ。どうやら、こっちの部品がホルヴィスト国に流れていってるようなんだ」
まさかここで自国の名を耳にするとは、カリーネも思っていなかった。
「どうしてホルヴィスト国での需要が増えたのでしょうか」
「そりゃ、あれだろ。ホルヴィストで魔導具を作ってるからだろ? ホルヴィストと言ったら、魔導パン焼き機だな」
むむっとカリーネは唇を尖らせる。魔導パン焼き機はロード伯爵領の工場で製造している。それはレマー商会の魔導具として、販売される。だが、あの工場で調達している部品は、国内調達が一般的だ。そして、魔鉱石もロード伯領で採れたものを使用しているし、関連商会にもその魔鉱石を売って、部品を作ってもらっている。
だから、このストレーム国から部品調達する理由は無いのだ。もしかして、ホルヴィスト国内でも部品調達が難しくなっているのだろうか。
「カリーネには黙っていたが。ホルヴィスト国内で売られている魔導パン焼き機だが、レマー商会以外の商会も参入してきている」
「えっ。そうなんですか……。せっかく、考えた魔導具だったのに。なんか、真似された感が満載です」
「まぁ、こればかりは仕方ない。新しい魔導具が出れば、それを真似て独自の設計で同じようなものを作り出してくる。この魔導音声放送機だって、どこの商会でも作っているものだしな。それでもボルネマン商会の物が一番売れてるってことは、品質なり値段なり購入後のサービスだったり。他の商会との差別化ができているからだろう。それに、魔導パン焼き機だって、レマー商会のは評判がいいんだぞ? 評判が良すぎて買えない者たちが、仕方なく他の商会の物を買っているという感じなんだ。ま、どういった客層を狙うか、というのが商売における戦略なんだろうな、とは思うのだが」
なるほどな、とラーシュの言うことも一理ある。
「それで、魔導パン焼き機の需要が増えて、こちらの部品がホルヴィストに流れている、と」
「そういうことだな。ホルヴィストの方が金払いがいいとかという話で、そっちが優先されてしまうんだ。だからって、こっちもいつもより高い値段で仕入れてしまえば、魔導具の原価が上がってしまうから、売れば売るほど赤字ということにもなりかねない」
「その、部品入手難というのは、他の工場も同じような感じなんですか?」
「ああ、そうだ。このストレーム国内であれば似たり寄ったりだな。だから、必要になる部品を今までよりも早めに発注をかけるようなことをして、部品が途切れないようにというスケジュールを組んでいる。実は、あの蓄魔力器も、十日で手に入ると言われていたんだが、実はさらに五日程遅れてな。困って、他の商会に相談したら、ブルック商会ではその部品が不動在庫になっているらしくてな。それを買い取ることにしたんだ。それで、なんとか繋がった。まあ、結局、怪しげな代理店から仕入れた蓄魔力器を使った製品はダメになってしまったが」
今までの話を聞いてカリーネは考える。
必要なところに無い部品。だけど、不要なところでは余っている部品。需要と供給のバランス。
「あの、ラーシュさん。ちょっと思いついたんですけど」
カリーネが右手の人差し指を立てて、自分の頬をくりくりと回しながら、口を開く。
「その、各工場で余っているような部品を、どこか一カ所に集めて。それを必要な工場に売るという仕組みを作ってはいかがでしょうか?」
「何?」
ラーシュも思わず聞き返してしまった。カリーネがやりたいことはなんとなくわかる。それがもたらす結果も。
「ラーシュさん。私のメモ帳とペン、返してください」
そこでカリーネがラーシュの手に握られていたメモ帳とペンを奪い返せば、お茶の入っているカップをハイケの方にどかして、テーブルの上にメモ帳を開いた。
「ええと。各工場のいらない部品を預かるようなところを作ってですね」
メモ帳に大きく丸を書き、その丸に向かってたくさんの矢印を引く。
「その部品を必要とする工場に売るわけです」
今度は、丸から外向きに矢印が引かれる。
「こうすれば、各工場で眠っているような不動在庫の部品も、他の工場で有効活用ができると思うのですが、いかがでしょう? もちろん、各工場の不動在庫を、この丸のところに預けるときには、お金をもらいます。まあ、不動在庫の部品を売る、という感じですね」
ラーシュは唸って腕を組んだ。カリーネの発想は、この部品の入手難の今、どこの工場においても役に立つことはわかっている。むしろ、すぐにでも実践したい内容だ。
「カリーネ。君はそれを一人で考えたのか?」
「あ、そうですね。会長が他の商会から必要な部品を売ってもらったというお話をされたので。だけど、その商会にとっては不動在庫になっていた、邪魔な部品なんですよね」
カリーネの発想に、他の三人は唸るしかない。だが、それと同時に期待もしている。
「わかった。カリーネの案が実現できるように、動いてみるか」
ラーシュは組んでいた腕を解いた。
「カリーネ。君は何気なく口にしているが、これは、この国の魔導具を作っている商会にとっては画期的なアイディアなんだよ。先ほども言ったが、部品の入手難は、何もボルネマン商会だけで起こっている問題ではない。しかも、頻繁に起こっている工場荒らし。どこもかしこも、魔導具を作る部品をかき集めるのに、躍起になっているはずなんだ」
「皆さんのお役に立てたようで何よりです」
「なあ、カリーネ嬢」
ボルネマンが猫なで声でカリーネの名を呼んだ。それを耳にしたハイケがぎょぎょっという表情をする。
「ハイケのとこを辞めて、私の元で働かないか?」
「え?」
「ちょっとボルネマン。人の弟子を勝手に引き抜かないでくれる?」
「あ、は? あ、ま。え、えと」
「ちょっと、カリーネ。そこはすぐに断りをいれる」
「え、あ、はい。ごめんなさい」
ぶふっと笑いを漏らしたのはラーシュだ。
「残念だったな、会長。見事に振られたな」
「おいおい。そんな老後が心配な女の工房よりも、私のところの工場の方が将来性があると思うのだがね。それに、給料だって、ハイケの工房の二倍出す」
「え、あ。えと。その……。お給料の問題じゃないんです。その、私が師匠を尊敬している、と言いますか」
「え、そうなの? あなた、私のこと、そんな風に思っていたの?」
それを耳にしたラーシュは、クスっと笑う。
「なんだろう。盛大な公開告白を聞いたような気分になった。というわけで、会長。カリーネのことはあきらめてくれ」
「残念ながら、あきらめるか。だがな、カリーネ嬢。ハイケのところが嫌になったら、いつでもこのボルネマン商会に来なさい」
「あ、はい。では、師匠と大喧嘩したとき、お世話になります」
そこでラーシュがまた笑った。
「ラーシュさん、笑い過ぎです」
「いや。すまない。カリーネ。モテる女は辛いな」
「私、全くモテませんよ? 身体が貧相ってよく言われてますし。だから、婚約者も奪われたって」
「うん、ごめん。そういう意味じゃないんだ」
ラーシュは口元を押さえながら、必死で笑いを堪えていた。
そんな彼を、カリーネは黙ってむっと頬を膨らませながら見つめていた。




