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5.伯爵令嬢、商会へ行く(1)

 次の日。

 ラーシュに連れられて、カリーネとハイケはボルネマン商会へと足を運んでいた。もちろん、カリーネの学校の授業が終わった午後。

 ボルネマン商会は、魔導具製造の工場(こうば)を抱えている大きな商会である。この王都の外れに広い工場があるのだが、訪れたのは工場ではなく王都のパンクハーストのど真ん中に構えている建物の方。その建物は三階建てで、化粧漆喰で仕上げられた白い外壁。


「うわぁ。これが全部ボルネマン商会なんですか?」

 屋根についている煙突を見上げながら、カリーネが呟いた。学校終わりの三つ編み姿だし、背中にはいつものリュック。


「ああ。工場は別な場所にあるが、ここには設計部門から調達部門、管理部門など、全てが揃っている。商会長もこの建物の最上階にいるからな」

 さも当たり前であるかのようにラーシュは答えた。

 正面玄関から中に入る。入ってすぐのところに受付があり、見目の良い女性が二人並んで座っていた。ラーシュが迷いなく彼女たちのところへ向かい、軽く手振りを交えながら会話をする。すると、受付の二人もラーシュが来ることを知っていたのか、すぐに取次ぎを行ってくれているようだ。

 受付嬢とのやり取りを終えたラーシュは、ただ立っていたカリーネとハイケの元へと戻ってくる。


「上でボルネマン会長が待っているそうだ」


 上、というのは恐らく最上階のことだろう。この受付のフロアは最上階まで吹き抜けになっていて、それに通じる螺旋階段がある。カリーネがちらっと受付の女性に視線を向けると、彼女たちは揃って頭を下げる。カリーネも慌てて頭を下げた。

 ラーシュを先頭に螺旋階段をゆっくりと上がる。この階段手摺の装飾も凝ったものだ。


「ボルネマン商会って、儲かってるんですね」

 カリーネはつい本音を漏らしてしまう。

「そうだな。このストレーム国では昔から魔導具を扱っている商会だからな。老舗というやつだ」

 ぐるぐると目が回りそうになるくらいに、螺旋階段を上りきったところを左側へと進んでいく。ラーシュは場所がわかっているのだろう。外の光が差し込まない少し薄暗い廊下の一番奥。

 白い扉をラーシュが手の甲で叩く。中から壮年の男性の声が聞こえたため、ゆっくりとドアノブを下げた。


「やぁ、ラーシュ。久しぶりだな」


「会長も、お元気そうで」


「で、なんだ。ハイケじゃないか」


「久しぶりね、会長さん」


「相変わらず、嫌味な言い方だな。で、そっちの子供は?」

 見たことのない子供が一人いれば、ボルネマン会長も気になるのだろう。


「私の弟子よ」


「なんだ。一瞬、隠し子かと思ったぞ? 弟子だと? とうとう老後のことが心配になって、弟子をとったのか」


「相変わらず、失礼な男ね。だから、奥さんに逃げられるんでしょ?」


「失礼なところはお互い様だな。そんなところに突っ立ってないで、そこに座れ」


 重みを感じる白い執務席に座っていたボルネマンだが、三人を迎え入れればすっと席を立ち、その前に置かれているソファの方へと移動する。

 ベルをチリリンと鳴らして秘書を呼びつけたボルネマンは、お茶の準備をするようにと指示をする。

 三人はカリーネを真ん中にして、ボルネマンの向かい側に座る。


「それで、揃いも揃って、一体私に何の用だい?」


「カリーネ。持ってきたあれを出してくれ」


 ラーシュに言われ、カリーネはリュックからごそごそと何やら取り出した。それはクッキーの缶のようにも見えるが、というより、クッキーの缶である。ただ、蓋を開けると入っているのはクッキーではなく(ちく)魔力器。


「これは、蓄魔力器じゃないか」

 ボルネマンが手を伸ばして、缶の中に入っている蓄魔力器を一つ手にする。


「それは、ボルネマン商会の魔導音声放送機に実装されていた蓄魔力器だ」

 ラーシュが腕を組んだ。


「だから、見たことがあるなと思ったんだな」

 右手の親指と人差し指で摘まんだ蓄魔力器を、ボルネマンは四方八方からじっと見つめている。


「だがな、その蓄魔力器。本来であれば八百マジーの大きさを持っているはずなんだが」

 ラーシュの言葉に、ボルネマンはかけている眼鏡を頭の上に乗せた。それからじっくりと蓄魔力器を眺める。


「そのようだな。ここに八百と書いてある」


「測定器で確認してもらいたい」


 カリーネがリュックから取り出していた測定器を、すっとテーブルの上に置く。眼鏡を元の位置に戻したボルネマンも慣れた手つきでそれを操作し、蓄魔力器の魔力の大きさを測定する。

 ピピ、っと鳴れば測定終了。

「なんだ、この測定器。壊れてるんじゃないのか? 表示が百だぞ?」

 測定器が表示した数値が信じられないのか、ボルネマンは一度席を立ち、執務席の引き出しから自分の測定器を取り出す。少し、レトロな感じがするデザインの測定器だ。そのまま、執務席の上で蓄魔力器の魔力の大きさを測定する。

 ブブーと昔ながらのブザーが鳴るタイプの測定器。


「なんだ? こっちも百だ。だが、表示は八百だ? 不良品か? 壊れた部品か?」


 ボルネマンが少々声を張り上げる。お茶の準備を終えた秘書が、そのお茶をどこに置いたらいいかがらわからずまごまごしていたため、カリーネが測定器と蓄魔力器の入った缶を、テーブルの隅っこの方に置いた。


「まあまあ、ボルネマン会長。落ち着いてくれ。せっかくお茶も入ったところだしな」


 ラーシュに言われてしまえば、顔を歪ませながらもソファに戻る。乱暴にカップを手にし、口元に運べば「あっつっ」と口にする始末。動揺しているのが、見てとれる。


「で、ラーシュ。この不良部品が、私のところの魔導具に実装されていた、と。そう言いたいのか?」


「まあ、そういうことなんだが。不良品というよりは、偽物だな、それは」


「何?」


「ロゴをよく見てくれ。リビー商会のロゴ。いつもと違うように見えるだろう?」

 ラーシュが言うと、またボルネマンは眼鏡を頭の上に置いた。


「なんか、そう言われるといつも見ているロゴと違うような気がしてきた」


「ねえ、ボルネマン。言いにくいんだけどね。その部品が実装されている音声放送機の修理依頼が、増えてるのよ」

 ハイケの言葉に、ボルネマンはまた眼鏡を元の位置に戻した。

「しかもね、製造番号を確認したら、どれも似たり寄ったり」


 ボルネマンの顔が歪み始める。


「だいたい、今から三か月前だな、その音声放送機が製造されたのは。何か、変わったことはなかったか?」

 ハイケの言葉の先を、ラーシュが繋いだ。核心に迫るのは彼の役目だ。


「三か月前……」

 腕を組んでボルネマンもソファに深く座り直した。

「ああ、あった。思い出したくもないあれだ」

 みるみるうちに、ボルネマンの顔が歪んでいく。


「何があったか、教えてもらってもいいか?」

 ラーシュが身を乗り出す。


「ああ。まあ、あれだ。やられたんだよ。工場(こうば)が」


「何に?」

 ボルネマンは言いたくないのかもったいぶっているのか、肝心のことを口にしない。


「工場荒らし。あっちの工場がやられて、部品のいくつかを盗られた」


 ラーシュは眉根を寄せる。工場荒らしはこのストレーム国で最も問題になっている事案だ。

「それで、製造スケジュールには影響は出なかったのか? 最近荒らされたアンディッシュの工場では、生産を停止していると聞いている」


「もちろん、部品を盗まれたときには、生産を停止しなければならないと思ったさ。だけどな、運よく、部品が手に入ったっちゅうわけだな」


「何?」

 またラーシュは眉間に力を入れてしまう。盗まれた部品。運よく手に入った部品。

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