4.伯爵令嬢、師匠を手伝う(4)
ガガ、ガガ、ザ、ザザー。
今まで何も言わなかった魔導音声放送機が鳴り出した。どうやら起動したようだ。チャンネルをガチャガチャと合わせると、陽気な音楽が流れてきた。その他にも何チャンネルか合わせると、防災情報や、朗読、料理情報等、そのチャンネルに合った放送内容が流れてくることの確認ができた。
「あら、もう直ったの?」
いつの間にかカリーネの後ろにハイケが立っていた。
「あ、はい。師匠、原因がわかったんですよ。この魔導具が起動しなかった原因が」
カリーネがいつもより早口になっているのは、それだけ興奮しているからだろう。
「え、そうなの? 私、とりあえず起動回路の主要部品を片っ端から交換しちゃったから」
「原因は、この蓄魔力器です。この回路規模であれば、魔力の大きさを八百マジーくらい溜めることができる蓄魔力器を使うはずなのですが、実際には、百マジーしかありませんでした」
「え? それじゃ魔力が足りないわ」
「だから、起動しなかったんです」
師匠も見てください、と先ほど取り外した蓄魔力器と、その魔力の大きさを測るための計測器をハイケに手渡す。ハイケもカリーネと同じようにそれを測定するが、モニターに表示された数字を見て、信じられないと目を大きく広げる。思わず「え」と声まであげてしまう。
「ちょっと、これ。どこの蓄魔力器? 表示は? あ、八百になってるわ」
「え。先ほどロゴを見て、リビー商会の蓄魔力器だっていうところまでは確認したんですけど」
「ここに定数が書いてあるでしょ? 八百よ、これ」
こういう部品に書かれている数値を見るとき、ハイケは眼鏡タイプの拡大鏡を使う。もちろん、今もそれをかけて確認している。
カリーネはハイケから手渡された蓄魔力器の表示をもう一度確認する。
リビー商会のロゴと、その近くに八百という数値。
「本当だ、八百です。だけど、実際には百マジーしかないんですよ」
「それは、私も確認したわ。あのさ、これって、もしかして。ここに修理依頼できている放送機全部がそうだったり、しないわよね?」
ハイケの言葉に頷きたくないが、そんな気がしてきているカリーネ。
「先ほど、修理依頼の放送機の製造番号を確認したのですが、どうやらここ三か月以内に製造されたものばかりなんです」
「同一ロット、の可能性もあるわね」
「まずは、他の放送機のその部分を確認してみます」
「そうね」
カリーネは修理し終わった魔導具を元通りにし、ペッツォ工房で修理したという記録のための銘板を貼り付ける。これで、この魔導具の修理はおしまい。
次の魔導具も同じように起動回路が動かないことを確認すると、外装を外して魔導回路から蓄魔力器を取り出す。測定器で魔力の大きさを測れば、やはり百。蓄魔力器を交換して、動作確認をして銘板を貼り付ける。それを残りの魔導具も同じように行っていく。
カリーネの作業台の上に残ったのは、修理依頼の魔導具についていた蓄魔力器。
表面上には八百という数値が書いてあるにも関わらず、ここにあるどれもが、魔力の大きさは百マジー。
ハイケが言うには。
「魔導具を製造しているボルネマン商会も、蓄魔力器を製造しているリビー商会も、そんなことはしないわ。あそこの商会は、しっかりしているもの。きちんと、国の定期監査も受けているはず」
「師匠。ずっと気になっていたんですけど。このリビー商会のロゴ、微妙にこう、違くないですか? ここの丸みというか。いつもはこう、角ばったようなロゴな感じがするのですが」
「ちょっと待って。うちで使っているリビー商会の蓄魔力器を持ってくるから」
ハイケが部品棚から、慌てて蓄魔力器を持ってくる。
二つ並べてみれば一目瞭然。ロゴが違う。
「つまり、この蓄魔力器が偽物ってこと?」
「そういうことになりますね。恐らく、最初のうちは八百マジーくらいの大きさを持っていたと思うんですけど。偽物だから、劣化も早かったのでは、と思うんです」
だから八百という数値が書かれていても、測定値は百マジーだったと、カリーネは言いたいのだ。
「これは、ボルネマン商会に確認した方がいいわね」
「はい。もしかしたら、ボルネマン商会も気付いていないかもしれません」
「そうね。あそこはこんなことをするような商会じゃないもの」
「偽物の部品を買わされた、ってこともあり得ますよね?」
カリーネのその言葉に、ハイケはゆっくりと頷いた。この現状が、魔導具業界に及ぼす影響というのは計り知れない。もし、ボルネマン商会が騙されて部品を入手していたというのであれば、他の魔導具を取り扱っている商会にも、今すぐ情報を展開すべき案件である。
「仕方ない。面倒くさいけど、あの男を呼ぶか……」
「あの男?」
あの男に心当たりのないカリーネは小首を傾げることしかできなかった。
それから一時間後、あの男ことラーシュが工房に現れた。
「ああ、あの男ってラーシュさんのことだったんですね」
「やぁ、子リスちゃん。今日は、いつもと雰囲気が違うな。一昔前のハイケを思い出すよ」
「はい。これ、ハイケさんの服を借りたんです」
「いつもの服はどうしたんだ?」
「う……」
きつくなって着ることができない、という事実をラーシュに告げることがなぜか恥ずかしいと感じてしまった。
「あら、見てわからないの? 成長期に入ったのよ」
ハイケのその言葉で状況を察したラーシュは、それ以上、カリーネの服について追及するようなことはなかった。
「ところで、部品の偽物ってどういうことだ?」
早速本題に入ったようだ。カリーネは、修理した放送機について、不具合の内容とその原因について簡単に説明をした。しかも、書き上げた回路図があったため、それを使うことでラーシュはすぐさま理解をしてくれる。
「つまり、この蓄魔力器が偽物だった、と?」
「はい。この表面見てください、ロゴが少し違いますよね? それに、大きさは八百と書いてあるんですけど、実際に測定すると百マジーしかないんです」
カリーネが言ったことを確認するかのように、ラーシュは蓄魔力器の表示を確認し、測定器で魔力の大きさを測った。
「これは、間違いなく偽物だな」
「ですよね」
自分の考えが合っていた、ということについカリーネは声を張り上げてしまった。
「だが、よく気が付いたな」
「今回、修理依頼のあった魔導具が同じような製造番号だったのと。全部が全部、起動しないという現象だったので。原因は一つだろうなと思いました。それに、回路図を書いたことで、考えを整理することができたんだと思います」
「この子。この魔導回路の実物から回路図に落とし込んだのよ。信じられなくない? 普通、そこまではやらないわよ」
ハイケはカリーネが書いた回路図をラーシュに差し出した。彼はじっとそれを眺めている。
「君は、本当に魔導具が好きなんだな」
「はい。大好きです」
笑顔でカリーネが答えれば、ついラーシュも釣られて笑ってしまう。
「だが、笑っている場合じゃないな。これはすぐにボルネマン商会に伝えなければならない。恐らく、ボルネマンは気付いていないだろう。気付いていたなら、すぐに出荷停止にするからな、あそこは」
そこでラーシュは回路図をパサリと机の上に置いた。
「だから、そのためにあなたを呼んだのよ。私たちがボルネマン商会に乗り込んだら、嫌味になってしまうでしょ?」
「ま、それが俺の役目でもあるからな」
「え、ラーシュさんて、あの学校の研究生じゃないんですか?」
不思議に思ってカリーネが尋ねるが、それにラーシュは答えない。そのうちな、と言って、カリーネの頭をクシャリと撫でただけ。




