3.伯爵令嬢、学校へ行く(3)
「ラーシュさん、どうして私はラーシュさんと一緒にお昼ご飯を食べる羽目になったのですか?」
捕らえられた腕は開放されていたが、今はしっかりと手を握られていた。それはカリーネが逃げ出さないように、と。
「フランと約束したからね。君がきちんとご飯を食べるように見張ってくれって」
「ですが皆さん、ご自宅で昼食をとると言って、授業が終わったらすぐにお帰りになりました。私も、ここからな師匠のところまで十分くらいですので、何もこのようなところで食事をしなくても大丈夫ですよ。それに、お昼ご飯を食べた後は授業もありませんし」
「だから、だよ。君を俺の研究室に誘おうと思ったんだ、子リスちゃん」
ラーシュはカリーネよりも一歩前に出て、その前に進路を塞ぐように立ったため、思わずカリーネも足を止めた。何をされるのかと思って身構えた彼女だが、ラーシュはカリーネの頬をツンとついただけ。
「今日も、頬袋に食べ物は入っていないんだな。腹が減っただろう」
とラーシュには言われるが、実はさほどお腹は空いていない。
「あそこの角を曲がると食堂が見える。こちらの教室から食堂に向かうものは少ないが、研究棟の奴らはわりと利用しているんだ」
ラーシュの手はカリーネの手を捉えて離さない。そのままラーシュに連れられて食堂の方へと向かう。
がやがやと人が集まっているのが見えた。どうやらあそこが食堂の入り口のようだ。人が集まっているのは今日のメニューを確認しているからだ、とラーシュが口にする。
「カリーネは嫌いなものがあるのか?」
「特にありません。ですが、多分、そんなに食べることができません……」
「君は食が細いと思っていたが。食べられる量も少しずつ増やしていった方がいいぞ? だからそんな棒切れみたいな体つきなんだ。そんな身体では赤ん坊も産めないだろう」
むぅ、とカリーネはまた頬を膨らませる。
「ほら、好きな食べ物をこのトレイにのせるんだ。君はセットメニューよりも単品をいくつか選んだ方がいいだろう」
それは先ほどカリーネが「そんなに食べることができない」ということを言ったからだと思われる。食堂は、カウンターに並んでいる好きな食べ物をトレイの上にのせていくタイプで、最後にレジを抜けて終わり。最初に、主菜を選び、あとは副菜、主食、スープ、デザートが並んでいる。いくつか並んでいる主菜をカリーネは手にしなかった。ラーシュは肉の塊が乗っている皿を取る。結局カリーネが選んだのは、サラダとパンが一切れとスープという、ラーシュが小言を言いたくなるような量だった。それに引き換え、彼はきちんと主菜、副菜、主食にスープと彼女の倍以上もあるような量である。
レジに並べば、ラーシュがカリーネのトレイとまとめて支払いを済ませ、空いている席にさっさと座る。
「あの、ラーシュさん。お金」
慌ててラーシュの向かい側に座ったカリーネは、リュックをおろしてそこから財布を盗り出そうとした。だが、ラーシュはそれを制する。
「今日は初日だし、俺が誘ったからな」
「あ、はい。ありがとうございます」
「それにしても、相変わらず君は食が細いんだな。肉、食べないのか?」
「お肉も食べますが、そんなに大きなお肉は食べられません。残すのはもったいないですし。ですから、自分で食べられる量を取ったつもりなのですが」
「そうか」
ラーシュは慣れた手つきでフォークとナイフで肉を切り分ける。あまりにもその所作が綺麗であったために、カリーネはつい見惚れてしまった。
「ほら、口を開けろ?」
「え?」
「ほら」
小さく切り分けられた肉がフォークにプスリと刺さって、カリーネの唇の前にある。いつものように、口を開けると、そのフォークが口の中に押し込まれた。肉汁が口の中に広がっていく。
「美味いか?」
頬杖をついたラーシュが尋ねれば、もぐもぐとしながらカリーネは頷いた。
「肉も食え。魚も食え。なんでも食え。それに腹が減っては、頭も働かないだろう?」
「ですが、お昼ご飯をいっぱい食べてしまうと眠くなってしまいます」
「だったら、眠ればいい。少し仮眠をとれば、頭もすっきりするぞ。適度な食事、適度な休憩。俺たち研究者には必要なものだよ」
「ラーシュさんは、何を研究なさっているんですか?」
サラダをもしゃもしゃと食べながら、カリーネは聞いた。昼食後、研究室を案内してくれると言っていたラーシュだが、そんな彼の研究テーマが気になっていた。
「なんだ、俺に興味を持ってくれたのか?」
「違います。研究テーマに興味を持っただけです」
ふっとラーシュは鼻で笑う。恐らく、期待通りの答えだったのだろう。スープを飲み干した彼は、言葉を続ける。
「俺の研究は魔導具の耐久性について、だよ。今朝も言っただろう? 君が設計した魔導パン焼き機の耐用年数の算出方法について。部品温度から寿命を算出する方法もあるが、魔導具そのものを信頼性試験にかけるんだ」
「信頼性試験?」
朝は加速試験という聞き慣れない言葉を耳にした。
「そう。想定した環境、時間の間、魔導具がきちんとその性能を維持することができるか、ということを確認する試験のこと」
「え、てことは。耐用年数を三年であることを確認するために、三年間も試験を続けるんですか? その間に、新しい魔導具が開発されてしまいますよ」
「そう。だから、そのための加速試験」
そこでラーシュは、カリーネの口元に指を伸ばし、その唇の下についていたレタスの端切れを摘まみ取って、ぱくっと食べてしまう。
「今日の君は、子リスじゃなくて、野兎みたいだな」
「ついてたなら、教えてください」
カリーネは慌てて口元を拭った。
「大丈夫、もうついていないから」
「もう」
と言いながら、カリーネは残りのサラダをもしゃもしゃと食べた。サラダの皿が空っぽになったところで、スープを一口飲む。




