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3.伯爵令嬢、学校へ行く(1)

 カリーネが魔導具士養成学校に通うにあたり、諸々の準備を手伝ってくれたのがラーシュという男だった。カリーネのことを子リスちゃんと呼びながらも、その手際の良さはフランを彷彿とさせるものがある。彼がストレーム国に留学しているときにつるんでいた相手ということだけのことはあった。


「いってきます」

 背中までの髪を一つの三つ編みにまとめたカリーネはリュックを背負い、ハイケに声をかけてからその自宅兼工房を後にした。ダッチドアの玄関の向こう側から、「いってらっしゃい」とハイケはにこやかに手を振っている。

 ハイケと始まったこの二人暮らしだが、思っていたよりも快適だった。掃除や洗濯や料理などは自分でしなければならないのかな、と思っていたら、なんと通いのお手伝いさんがいるらしい。ハイケが言うには、やはり仕事が忙しくなってしまうと、そちらの方に手が回らなくなってしまうこともあるから、とのこと。

 お手伝いさんの名前はリンという。年齢は五十代らしい。子育ても落ち着いたので、というのがその仕事をしている理由。朗らかで明るい人。カリーネを一目見た時には、年相応に見えないことに大変驚いていたが「もしかしたら成長がゆっくりなのかもしれないですよ」ということを口にした挙句、ご飯をしっかり食べてよく寝ましょう、なんて念を押されてしまった。誰もがカリーネにはご飯を食べさせようと躍起になり始めている。


 それでも朝食はハイケが準備をしてくれている。というのも、魔導パン焼き機を手に入れたため、それを気に入って毎晩セットしてくれるのだ。もちろん、リンもそれに興味津々。だからハイケは、リンにも魔導パン焼き機を使うことを許可していて、彼女は朝、この家にやってくるとパンの準備をする。そして帰り際、出来上がったパンを持って帰るという流れになっていた。カリーネとしては、この魔導パン焼き機の耐用年数、耐用回数が気になっていたところであるため(一応、耐用年数は三年で設計しているつもりだ)、たくさん使ってもらえることはありがたい。パン焼き機を使った記録だけは取らせてもらっていた。


 カリーネが敷地の門をくぐろうとしたとき、「おはよう」と声をかけられた。声の主はもちろんラーシュ。

「おはようございます」


「子リスちゃんが迷子にならないように、迎えにきたよ」


 子リスちゃんと呼ばれたことで、カリーネはまた頬を膨らませる。彼はことある如くカリーネを子リスちゃんと呼んでからかってくるのだ。そしてカリーネが頬を膨らませると、それを指でつついて空気を抜く、というところまでがいつもの流れ。


「子リスちゃんの頬袋には、今日も食べ物は入ってないみたいだな」

 カリーネの頬を潰したラーシュは、楽しそうにそんなことを口にする。

「顔色もいいし、ほっぺたもつやつやだね。よく眠って、ご飯もきちんと食べたみたいだな」


「お師匠さまが、毎朝パンを焼いてくださるので」


「ああ、あの魔導パン焼き機だな」

 行こうか、とラーシュが歩き出したため、カリーネも彼の隣に並んで歩く。学校はここから徒歩十分のところにある。学校があり、その通りには魔導具士たちの工房やら工場やらが立ち並んでいる。そして、ハイケの工房はその通りの一番奥にあるため、学校が一番遠い。だけどここから学校までは一本道であるため、迷子になるはずはないのだが、それでもラーシュは迷子にならないように初日には迎えに行く、と初めて会ったときから口にしていた。


「はい、お師匠さまとリンさんが毎日使っているので、一日二回の稼働なんです。二日に一回の使用で、三年を耐用年数と考えて設計していたので、こちらの予想の上を行く使用頻度となっていまして、恐らくあれは一年持つか持たないか」


「ちなみに、寿命はどうやって決めている?」


「あ、はい。主な魔鉱石を使っている部品の温度を……」

 カリーネの説明に耳を傾けているラーシュは、真剣にその話を聞いてくれる。だが、最後に。

「加速試験をしてみるといい」


「加速試験、ですか? 聞いたことがありません。どのような試験ですか?」


「ああ。残念ながら、もう学校についてしまったな。その話はまた説明してやる。きちんと先生の話を聞くんだよ、子リスちゃん」

 ラーシュはカリーネの頭をよしよしと撫でた。

「やめてください。せっかく綺麗に三つ編みにできたのに、崩れちゃうじゃないですか」


「ごめんごめん。それにしても子リスちゃんは、通う学校を間違えているんじゃないかというくらいの見栄えだな」

 恐らくラーシュは、街の子供たちが通っている学校の方が似合うと言いたいのだろう。このストレーム国では、希望があれば庶民でも学校に通うことができるらしい。そのための学校が設立されている、とか。それは、将来、優秀な人物を様々なところに採用したいから、子供のうちから教育を身に着けさせておくと共に、その優秀な人物を探しておきたい、という国の政策の一つでもある。 


「余計なお世話です」

 いーっと口を横に開いてから、カリーネはラーシュと別れた。そんな彼女の背を、ラーシュは楽しそうに笑いながら見送っていた。

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