エピローグ ~ ママも愛を知った方がいいわ ~
終章エピローグです。
よろしくお願いします。
ざあ……。ざあ……。ざあ……。
規則正しい音が聞こえる。
懐かしい……。
さざ波の音だ。
何度目だろう。
1度目はそう……。
島を抜けてきた時だった。
2度目は……。
はは……。あれも島を抜けてきた時だっけ。
どうやら、ボクは浜辺に打ち上がる運命らしい。
……ん? あれ?
そういえば、ボク……。
なんでこんなところにいるんだっけ?
えっと? 思い出せ。
ここまでの経緯を……。
確か天空城に行って、そこでママに会って、それで……。
えっと……。確か……。
あ。そうだ。
ボク、死んだんだった……
◆◇◆◇◆
パルシアは瞼を持ち上げた。
濃い青の瞳に映っていたのは、やはり砂浜だ。
真っ白な砂が、ずっと遠くまで続いている。
海の色は青く、透き通っていて、強い日差しも波にさらされた身体には気持ちが良かった。
薄い紫色の前髪を掻き上げながら、顔を上げる。
ダークエルフ特有の褐色の肌を触った。
確認するが、どこにも傷はない。
天空城からモンスターと一緒に飛び降りたところまでは覚えている。
あの時はすでに魔力もなく、ただ落下することしかできなかった。
あの海域は殺人魚がうようよ生息している。
助かる可能性は、万に1つもない……はず。
「つまり、これって……」
「奇跡しか考えられないかしら」
振り返る。
紫色のツインテールが海風に揺れていた。
ボロボロの黒のドレスからは、己と同じ褐色の肌が見える。
薄く開いた口からはみ出た犬歯が、南国の陽光を受けて瞬き、血のように赤い瞳は、物憂げに半開きになっていた。
「ま、ママ!!」
パルシアは砂に足を取られながらも、走る。
突然現れた母親の胸に飛び込んだ。
勢い余って、2人は砂浜に倒れ込む。
「良かった! 生きていたんだね!」
「ちょっと!! 重いかしら」
泣きながら喜ぶ娘に対し、アフィーシャは眉間に皺を寄せた。
しかし、母親として何も感じないわけにはいかなかったらしい。
泣きじゃくる娘の頭にポンと手を載せる。
すると、少し気恥ずかしそうに薄紫色の髪を撫でるのだった。
「ね、ねぇ……。あの後、どうなったの?」
パルシアは顔を上げて尋ねる。
アフィーシャも同じだ。
いや、娘よりもより凄惨だった。
動力源の破壊に成功したものの、自身も爆発に巻き込まれた。
そのまま落下し、海に叩きつけられたはずなのだが……。
「でも、ママは生きてる」
「ええ……。どういうわけかね」
本当に奇跡かもしれない。
パルシアは顔を上げた。
辺りを見渡す。
自分にも、そしてアフィーシャにも奇跡は起きた。
世界最凶の種族に、神は幸運をもたらしたのだ。
だったら……。
世界一不幸な男の子と称しても良かった彼に、奇跡が起こらないはずがない。
パルシアは砂浜を走る。
彼の姿、声、匂い、その痕跡を探った。
そして……。
パルシアは立ち止まる。
息を切らし、その瞳をぐっと開けたまま固まった。
濃い青色の瞳には、男の姿がある。
目の前の海よりも綺麗な色の髪。
南海の男らしい肌。
隻眼となった水色の瞳を、ぼうと水平線上に投げかけている。
こちらを向いた。
視線がむつみ合う。
パルシアは再び駆けだした。
堪えきれず、涙が溢れる。
そして、ようやく2人は1つになった。
「ドクトル! 良かった! 生きててよかったよぉぉぉおぉおぉおぉおぉ!」
その首に抱きつく。
そして嗚咽を上げた。
遠く無人の砂浜に響く。
ドクトルは少し呆然としながらも、あやすように薄紫の髪を撫でた。
「俺はお前の旦那だぞ。お前を残して、そう簡単にくたばるものか」
「そうだね。死ぬ時は……」
「ああ。一緒にな。そして、生きる時も、一緒だ」
「にへへへへ……」
パルシアは歯を見せ笑った。
まるで子供のように純粋無垢だった。
「親の前で見せつけてくれるかしら、あなたたち」
「ごめんってば、ママ。あ、そう言えばちゃんと紹介してなかったよね。こちらはボクのママ――アフィーシャだよ。世界一の悪党さ」
「そんな親の紹介ってある?」
「本当のことでしょ?」
「俺の紹介は必要か?」
「別にいいわよ、国主様。興味もないし」
「何をいってるのよ、ママ。ボクのフィアンセなんだよ、彼は。祝福してよ」
「はいはい。今さら子供の婚約者とかいわれても、ピンとこないわよ。勝手にやって、勝手に幸せになりなさい。子供ってそれぐらいがちょうどいいんだから」
「相変わらず、子供の育児に興味がないんだから」
「私より背が高い癖に、育児も糞もないでしょ」
「もう――。何かいってよ、ドクトル!」
パルシアは振り返る。
すると、ドクトルは地平線の彼方を見つめていた。
先ほどと同じだ。
どこか物憂げで、そして寂しそうで。
「ドクトル? どうしたの? まさかあのまま天空城で死んでた方が良かったとか思ってる?」
アーラジャの国主にして、パルシアの婚約者は、どこか破滅的だ。
それは出会った頃から変わらない。
故に、世界の構図を変えることが出来るほどの人物になれたのだと、パルシアは考えていた。
だが、彼女の心配は杞憂に終わった。
ドクトルは首を振ると、「違う」と明確に否定する。
「ふと思い出してな。母さんのこと……」
「ドクトルが小さい時に亡くなったっていう」
「母は北国の出身でな。子供の頃、よく国の話をしてくれた。その中に出てきたんだ。“雪”の話を……。ふと、それを見たくなってな」
「ふふふ……」
「おかしいか?」
「おかしいでしょ。ボクたちは南国にいるんだよ。なんで、雪を見たいって思ったんだよ」
「それが俺が、あの島を出ていきたいと思った原点……。だからかもしれないな」
子供の頃――。
母親の国の話を無邪気に聞いていたドクトルは、母に誓った。
ぼくがママを雪のある国に連れてってあげるよ、と。
「そう。じゃあ、行くしかないわね」
パルシアはドクトルの腕を取る。
子供の時に比べれば、すっかり逞しくなった腕によりかかった。
「船がないぞ」
「だったら、また作ればいいじゃない。前もそうだったんだし。それに――」
「それに――」
「今回は必要ないみたいだよ」
パルシアは身体を離す。
すると、大きく手を広げた。
水平線の向こう。
大きな帆柱が見えた。
その先。
ボロボロになった戦旗が翻っていた。
「あれは!?」
普段、あまり表情を変えないドクトルが、身を乗り出す。
現れた船を見て、息を飲んだ。
島国連合の船だ。
「おーい! おーい!」
パルシアは手を広げる。
船首に誰かいる。
見知った人間が船帽を取り、振り返していた。
ドクトルに付いてきた船長だ。
パルシアは振り返る。
「これで雪が見えるね」
「ああ……」
ドクトルは口角を上げた。
「ママも来るでしょ?」
「なんで寒い国にわざわざ行かなきゃいけないのよ。私は近くの港に下ろしてくれればいいわ」
「いいじゃない。たまに親子水入らずもいいでしょ?」
「ハネムーンについていく親がどこにいるのよ。私は1人でいいの」
「悲しいわね。ママも愛を知った方がいいわ。とっても素敵な事よ」
するとまた、パルシアはドクトルの腕に身体を絡ませた。
その後、ドクトルとパルシアは北国を訪れた後、仲間たちとともに小さな商会を経営。軌道に乗り、大海運会社に名を連ねる。
アフィーシャ。
公式の記録によれば、マキシア帝国領バダバの港町に下ろされたとあるが、その後の消息はわかっていない。
しかしながら、マキシア帝国の先代カールズの私室にある油絵には、何故か彼女そっくりのダークエルフが描かれているという。
次回最終回です。
ここまでお読みになった方ありがとうございます。




