第80話 ~ 今ならなんだってしてやる! ~
終章第80話です。
よろしくお願いします。
それは白昼夢であったのだろうか……。
オレの前に現れたのは、幽霊ではなく悪魔だった。
鉄のような艶を持つ褐色の肌。
口から飛び出た生意気な八重歯。
可愛らしげに結ばれたツーサイドの横からは、2本の角が飛び出ている。
燕尾服とスカートを合わせたような黒いスーツを纏い、黄金の瞳を大きく開いて、オレの方に視線を放っていた。
一瞬、何が起こったのかわからず、オレは外部に情報を求める。
コンクリートに固められた薄暗い地下。
地面には無数の幾何学模様が刻まれた魔法陣が、薄く光っている。
思いだした。
――そうか。これは、オレが初めてこいつを呼び出した時のことだ。
記憶を手繰る。
確かこの時、この悪魔は挨拶もなければ、自分の身分を名乗ることもなく、こういったのだ。
「随分とお若い契約者さんッスね。顔も結構イケてる方だと思うッスけど、そんなに女日照りなんスか?」
「はっ!?」
「うん? 違うんスか? 悪魔とセッ○スしたくて、呼び出したんじゃないッスか?」
「違うわ!!」
最初から、こいつはそうだった。
とにかく性に奔放で、口を開けば「やらせろ」と要求した。
気が付けば、ベッドの中に潜り込み、風呂を覗かれたのも何度あったことか。
失敗した……。
オレが後悔したことは、ため息の数だけあった。
何度も契約破棄を考えた。
だが、こう見えて、能力的にはこいつは優秀だった。
特に【フェルフェールの瞳】の力は、複雑な現代社会において、事を有利に進めるために、絶大な力を発揮した。
「ご主人、これなんスか?」
ある時、珍しくこいつはセッ○ス以外のことに興味を持った。
それがゲームだ。
教えてやると、一気にのめり込んでいった。
性に対する奔放さが消えたというわけではないが、四六時中ゲームをやっている始末だ。
「ご主人も一緒にやるッスよ」
人がテロリストと戦っている横で、その時はまっていたカートゲームに誘われたのは、数知れない。
まなか姉が亡くなり、オレやあるみの環境が刻々と変わる中でも、こいつだけは一切変わらなかった。
超が付くほどマイペースだったのだ。
そのことは、時にオレを激しく苛つかせた。
同時に羨ましくもあった。
周りの環境や悪魔としての振る舞いにすら、流されない。
個として、頑強なまでに独立した存在。
それはまるで、お伽話に出てくる『勇者』のようだった。
いつの間にか、オレはこいつに依存していたのかもしれない。
いや、召喚したあの夜から、オレはこいつに特別な何かを期待したのかもしれない。
「むふふふ……。なつかしいッスねぇ。ご主人との馴れ初めッスか? あの時のご主人は、まだまだおぼこかったッスねぇ」
人の回想に平然と出てくるな変態悪魔め……。
「しかし……。フルフルが『勇者』ッスか。じゃあ、ご主人は『お姫様』ッスね。知らなかったッス。まさかご主人が、姫プレイをご所望とは……」
貴様は何を言っているんだ……。
「ああ。そうそう。こうやってご主人の前に現れたのは、最後の挨拶をするためなんスよ」
はっ……? 何を唐突に……。
「いや、面目ないッス。これしかご主人を救う方法はなかったんスよ」
待て! オレはそんなこと、一言も命令していないぞ!!
「だから、こうやって枕元に出てきて、謝ってるんじゃないスか。ごめん。すいません。アイム ソーリー。ヒゲ ソーリー」
ふざけるな!
「ふざけてるんッスよ、全力で……」
…………!!
「ご主人、あんまりこういうことはいう性分じゃないッスけど、楽しかったッスよ。この世界に来てからは、特に……」
待て! 待て待て!!
「思っていたより馬鹿でかいハードだったッスけど、ご主人と一緒にゲームを楽しめたッス。めっちゃ楽しかったッス」
そんな遺言みたいな……。
「有り体にいうと、そうッスね。やっぱ柄じゃないッス」
お前、本当に消えるのか……。
「ぷっ! それマジでいってるッスか? まるで死後世界の学園を舞台にした青春ドラマの主人公みたいな台詞じゃないッスか。今、それをいうと、読者に『メメタァ』とかいわれて、白けられるッスよ?」
お前こそ……。
「生まれてきて……って悪魔がいうのも変ッスけど、一番真面目にいってるつもりッスよ。ご主人もわかってるッスよね。契約を破棄した悪魔の成れの果て……」
それは、完全な“無”だ……。
「だから、再契約は出来ないッス。もうご主人とも会うことはないッス」
…………。
「そんな顔をしないで欲しいッス。ご主人は間違いなく『勇者』ッス。勇者が悪魔に涙するなんて、聞いたことないッスよ。……おっとそろそろダメっぽいッスね」
待て! 消えるな!! 命令だ!! 言うことを聞け!!!!
「無茶苦茶ッスね。でも、申し訳ないッス、ご主人。もうご主人との契約は破棄しちゃったッス。けど、許されるなら……」
なんだ? 何かオレに出来ることはあるか?
「出来れば、ご主人に――――――……………………」
――――ッ!!
悪魔は消えた。
光の粒子となり、消滅した。
目の前には誰もない。
どの時代にも、どの場所にも、あいつはいない。
悪魔の消滅とは、そういうことなのだ。
しかし、これは悪魔の悪戯か。
オレの頭の中には、あいつとの記憶がこびりついていた。
気が付けば、血で魔法陣を描いていた。
契約の呪文を詠唱し、魔力を注ぐ。
だが、あいつは現れない。
喉が潰れるぐらい願っても、手がすり切れるほど拝んだとしても……。
自然とオレは天に望んでいた。
「帰ってこい!! なあ!! 頼む。好きなゲームを買ってやるから。一緒にゲームだってしてやる! 何時間だって付き合ってやるから! なあ!!」
頭がごちゃごちゃになっていた。
ともかくオレは叫び続けた。
脳に湯でも注がれたように沸騰していた。
視界がぼやけ、目頭が熱くなる。
やがて、オレは上着を脱ぐ。
上半身裸になると、今度はベルトに手を掛けた。
カチャカチャとバックルを鳴らしながら、ズボンも下着も脱ぎ去った。
オレは裸になった。
一糸纏わぬ姿。
下半身がすぅすぅする。
けれど、オレは隠すことなく、手を広げて、また叫んでいた。
「これでどうだ! お前が狙っていたオレの身体だ! 今ならなんだってしてやる! お前がほしいオレでいてやる!!」
セッ○スだってしてやる!!
だから……。
だから、戻ってきてくれ!!!!
フルフル!!!!!!!!!
オレの声は虚しく響き渡る。
しかし、あの――人を小馬鹿にしたような声が、耳朶を震わすことはなかった。
◆◇◆◇◆
「気でも触れたのかしら……」
ラフィーシャは目を細めた。
突然、泣き叫び、素肌をさらした宗一郎を見つめる。
哀れだった。
勇者と持ち上げられるほどの実力があっても、所詮は人間……。
最後は、猿のように狂うしかなかったようだ。
もう見てられない。
すっかり興が冷めた。
勇者ならもっと楽しめると思っていた。
けれど、蓋を開けてみれば、1番歯ごたえのない相手だった。
これでは、あのミスケスという双剣士と戦っていた方がまだマシだ。
ラフィーシャは手を掲げた。
石化の呪術が、あっさりと宗一郎を貫く。
蹲って動かなくなった勇者の身体が、たちまち石像となった。
「他愛のない……。さて、オーバリアントを火の海にでもしようかしら」
パリッ……。
かすかな物音に、ラフィーシャは気付いた。
赤い髪を乱し、振り返る。
宗一郎の石化の一部が剥がれていた。
それどころではない。
無数のヒビが枝のように広がっていく。
ラップ音にも似た音を出すと、完全に石化が弾かれていった。
「馬鹿な…………」
石化呪術は、術者本人でなければ解呪できない。
出来るとすれば、呪術とは別の力。
それも圧倒的な力がなければ、干渉できないはずだ。
今の勇者にそんな力はない。
その時の女神は、まだそんなことを考えていた。
宗一郎はおもむろに手を掲げる。
闇すら逃げ出すほど、薄暗い声で詠唱した。
「熾天使カスマリムよ……」
瞬間、宗一郎の腕から炎が溢れ出る。
それは全身へと引火し、勇者は炎に巻かれた。
一見して、自爆技にも見える。
しかし、宗一郎の目ははっきりと“敵”を捉えていた。
「ひぃ……」
ラフィーシャは子鼠のように悲鳴を上げていた。
全身が総毛立つのを感じる。
背中に汗が浮かび、かすかに指先が震えている。
新女神は恐怖していた。
圧倒的に……。
宗一郎はようやく言葉を発す。
「ラフィーシャよ」
最強を倒す準備は出来ているか……?
と――。
勇者、復活!!
新作『転生賢者の最強無双~劣等職『村人』で世界最強に成り上がる~』もよろしくお願いしますm(_ _)m




