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その魔術師は、レベル1でも最強だった。  作者: 延野正行
終章 異世界最強編

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第71話 ~ 記憶力が悪いですね ~

終章第71話です。

 大きな揺れを感じ、さしもの悪魔の王ベルゼバブも足を止めた。


 壁が軋みを上げ、天井から埃が落ちてくる。

 見た目上では問題ない。

 しかし、悪魔の鋭敏な感覚は、城に起こった事態を把握していた。


「落ちてますね」


 ゆっくりだが、確実に天空城ワンダーランドは落下していた。

 おそらくはフルフルが上手くやったのだろう。

 悪魔として当然の勤めを果たしたわけだが、褒めてやりたい気分になった。


「私も自分の仕事を全うしますか」


 ベルゼバブは再び走り出す。

 その傍らに契約主の姿はいない。

 すでに別れ、城の中にいる獣人たちの救出に向かっている。


 命令とはいえ、主を1人にし、異世界の獣人たちを救うという行為に悪魔の王もまた納得していなかった。

 主に嘘を吐いてでも、とって返したい……。

 今でもそう考えている。


 それはフルフルと同様に、悪魔の王もまた最悪の未来を感じているからだ。


 杉井宗一郎は強い。

 今まで契約してきた魔術師の中でも1、2を争うだろう。

 あのソロモンに匹敵するといっても過言ではない。


 彼の強さは魔術的な理解とその量だけではない。


 精神的頑強さ。

 いわゆる心の強さだ。


 何者にも屈しない。

 たとえ、世界が相手だろうと、己の意志を貫く強さ。

 それは魔術師に収まらず、アレキサンダーやナポレオンに匹敵するほどの覇王の器であることは間違いないなかった。


 唯一弱点を挙げるなら、色恋ぐらいだろう。

 だが、その短所こそが彼をまだまだ人間であることを証明していた。


 悪魔王ですら認め、素直に膝を突く存在。

 それこそが杉井宗一郎だった。


 その未来が暗闇に閉ざされようとしている。


 今の杉井宗一郎はそれほど弱い(ヽヽ)


 たとえ強靱な意志があったとしても、手段がなければ意味がない。

 アレキサンダーが率いた忍耐強いマケドニア軍のような、ナポレオンを支えた優秀な将帥たちのような――意志を貫ける手段がない。

 具体的にいうと、魔術であり、魔力だ。

 今の魔力量は残り滓に近い。

 魔術が使えない状態で、あの禍々しい女神と対峙することになるだろう。


 両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされた状態でチェスをしろといっているようなものだ。


 ベルゼバブが感じる未来。

 契約主に伝えてもいいのだが、無駄なことだった。

 おそらく宗一郎もわかっている。

 それでも、主は立ち止まらないだろう。


 そのためにお側に控えたい。

 たとえ、契約主からの魔力供給が絶たれた状態の悪魔だとしても、何かしら役に立つことはできるはずだ。

 天空城の機能を停止させたフルフルが、証明してみせたように。


 しかし、主の命令は絶対である。


 悪魔の王もまたフルフルと同様に、揺れていた。


 やがて、つと立ち止まる。

 廊下の奥――。無数の気配がした。

 すんと鼻を利かせる。

 人間ではない。

 おそらく獣人だろう。

 主が教えてくれた情報に間違いはないらしい。


「すぐに任務を達成し、助太刀しにいかねばなりませんね」


 ベルゼバブは1歩踏み出そうとする。

 すると、廊下の奥で影が揺れた。

 壁に掛けられた魔法の明かりを反射し、何か細長い光が見える。


 剣閃……!


 ベルゼバブの身体は無意識に動いた。

 一旦退く。

 刹那、甲高い金属音が響いた。

 振り上げた剣が、床を叩いたのだ。


 悪魔は軽やかに着地し、顔を上げる。


「あなたでしたか?」


 長く腰まで伸びた黄金色の髪。

 その頭からは長めの狐の耳が飛び出し、小さく滑らかなお尻からは白い尻尾がピンと立っていた。


 初撃をかわされた獣人の少女は、くるりと剣を返す。

 青いトパーズのような瞳には、怒りが混じっていた。


「お前、こんなところにまで何をしにきた?」


「ご挨拶ですね。久方ぶりの再会だというのに……。涙の抱擁があってもいいと思いますよ、ルーベルさん」


「するか!! ――ってなんでボクの名前を知って……」


「あなたが教えてくれたんじゃないですか? 作者並に記憶力が悪いですね」


「サクシャ?」


「こちらの話です。お気になさらずに」


 2人は以前ドーラという街で相対していた。

 ルナフェンがRPG病に罹患し、天空城が魔王城だった頃、その原因を突き止めるべく宗一郎を探していた。

 その道程で、ドーラでRPG病について調査していたルナフェンと出会ったのだ。


「さて、挨拶と説明文はこれぐらいにして、剣を納めていただけませんか?」


「断る!」


「私はあなた方を助けに来ただけです」


「嘘だ! お前、悪いヤツだろ!?」


「悪いヤツといわれたら、確かに悪魔ですとしか言い返せませんが。そもそもこの世に完全に良いヤツも悪いヤツもいないというのが、私の持論でして……」


「ご託はいい。ボクの返事は1つ。この先にはいかせない! 村のみんなはボクが守る」


 宣言するなり、ルーベルは突っ込んできた。


 ――速い!


 ベルゼバブは目を見張った。

 本人の潜在能力もあるのだろう。

 それでも、出会った時よりも、ルーベルは強くなっていた。


 剣を振るう。

 真っ直ぐ振り下ろされたそれを、ベルゼバブは反射的に受けようとした。


 だが――。


 剣が消える。

 ルーベルは斬り下ろしを自らキャンセルした。

 側面に回り込むと、斬り薙ぐ。

 ベルゼバブは咄嗟に腰を捻り、剣をかわした。

 後ろに退がり、距離を取る。

 手を腰に当てると、どす黒い血が付着していた。


 ――いやはや、獣人とはいえ現世で斬られたのは一体いつぶりでしょうか。


 軽く千年ほど記憶を遡っても存在しなかった。

 もしかしたら、初のことかもしれない。

 ソロモンも宗一郎も強いが、彼らに危害を加えられる理由がなかった。

 悪魔にも神代の獣にも、あるいは忌々しき神々にも……。

 それらを含めても、悪魔王を傷つけたことがあるものは、10本の指で数えたところであまりがある。


 ある種の英雄的な行為でもあるのだが、目の前の少女は誇る素振りすら見せない。 愛剣の刀身で軽く肩を叩いた。

 ため息を吐く。


「お前、もしかしてあの時より弱くなっていないか?」


 的を射ていた。


 少女が強くなったのもあるが、ベルゼバブのコンディション不良の方が大きい。

 主から魔力供給が望めない今、悪魔の王の身体能力はちょっと運動が出来る人間といったところだ。

 それでもオリンピックで軽く金メダルを取れるほどの能力はある。


 相手が悪い。

 獣の能力と、人間の知性を合わせ持つ獣人。

 それが鍛錬し、昇華させた。

 単純な膂力や敏捷性だけで語れば、この娘はストラバールでも1、2を争うかもしれない。


 不利なのはベルゼバブだ。

 おまけに少女の意志は、宗一郎並に硬い。

 弁舌を打ったところで、飛んでくるのは拍手ではなく、手に持った刃だろう。


 だからといっても、退くわけにはいかない。

 どんな手段を取っても良い。

 主との契約を果たす。


 血に濡れたような赤い瞳に、強い意志が宿っていた。



 ◆◇◆◇◆



 落下を始めた天空城に接近する物体があった。


 丸い球体のようなものに、大きな網籠のようなものがぶら下がっている。

 オーバリアントの人間から見れば、正体不明の物体に違いない。

 だが、宗一郎が見れば、ある言葉を示しただろう。


 気球……。


 それはオーバリアントでは発明されて間もない技術だった。

 しかし、まだ不完全な技術であったにも関わらず、その力を使って天空城に乗り込んだものがいた。

 気球は丁度城の城門付近に落下する。


 籠の中から出てきたのは、1人の男だった。

 ゴールド製のフルプレートを纏い、漆黒のマントをはためかす。

 鼻に置いた小さな丸眼鏡のズレを直すと、男は立ち止まることなく、宗一郎によって吹き飛ばされた城門をくぐった。


 数々のモンスターの死骸を横目で見ながら、男は進む。

 つと足を止めた。

 獣臭が鼻を突くと、2匹の魔獣が城の奥からやってくる。

 緑色に光る目をつり上げ、男の方にやってきたのは、バアルリカントという虎の顔を持つ獣人系の魔獣だった。


 現れた人間(えさ)にバアルリカントは、涎を垂らす。

 黒鉄のような毛を逆立たせ、吠声を吐きながら、男に迫った。


 一瞬だった――。


 薄暗い城の中で、二振りの剣閃が瞬く。


 1つは光輝に閃く刃。

 次にその影に隠れるような鈍色の刃。


 2つの刃はバアルリカントの身体を切り刻む。

 一気に体力ゲージは減っていき、2匹のモンスターは消滅した。


 何事もなかったかのように男は、歩き出す。

 つり上がった赤い瞳は、復讐に燃えていた。


約2年振り、この男の出陣です。


ルーベルとベルゼバブの出会いは、第4章第13話参照。

あと、言っておくけど、作者が覚えていたからな!!

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