第67話 ~ 久しぶりだね、ママ ~
終章第67話です。
よろしくお願いします。
轟音と共に1つの影が吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられると、「ごふっ」とくぐもった声が聞こえた。
白煙の中でシルエットが浮かぶ。
現れたのは、アフィーシャだった。
口から血を垂らす。
衝撃で内臓がぐちゃぐちゃになっていた。
全身に傷みが走り、すでに感覚は麻痺している。
リアルダメージは相当なものだ。
同じく体力ゲージも、すでに2割を切っていた。
ラフィーシャの哄笑が響く。
向こうは、ほぼ無傷に近い。
残っているのは、不意を打った火傷の痕ぐらいなものだ。
攻撃が通らないわけではない。
だが、体力ゲージを削っても、自動で大幅に回復してしまう。
この場にフルフルがいれば、「チートだ!」とさぞ憤っただろう。
ラフィーシャは近付いてくる。
相打ちを狙ったアフィーシャの一撃は、あっさりと回復されてしまった。
「少し強くなったようだけど、所詮はあなたは冒険者というくくりでしかない。女神には勝てないかしら、アフィーシャ」
実力差は明確だった。
確かにアフィーシャのレベルは上がっている。
冒険者という括りの中では、実質フルフル、宗一郎の次に来るのが、アフィーシャといえるだろう。
それでも新女神のチートは極まっていた。
レベル300オーバー程度では、手も足も出ない。
たとえ、この場にゲーム馬鹿と勇者がいたとしても、勝てるかどうか……。
――いや、それよりも……。
アフィーシャは近くにあった制御陣を見つめる。
まだ半分も工程が終わっていない。
ここには、ラフィーシャと戦いに来たわけではない。
姉の大傑作を止めに来たのだ。
己の身体に鞭を打ち、アフィーシャは立ち上がる。
正直、壁に手を突いていなければ、立っていられない。
視界が歪むが、気味の悪い顔をした姉を克明に見えるよりはマシだった。
やがて、手を掲げる。
その目に戦意は失われていない。
「まだ戦うかしら、アフィーシャ」
「決まってるかしら、ラフィーシャ」
確かに制御陣を止めるのが自分の役目だ。
けれど、今ここに姉がいる。この城の主がいる。
ここで叩いておけば、何も問題ない。
「たとえ相打ちでも……。あなたを殺すかしら、アフィーシャ」
「殺す? 面白いこといってくれるかしら、ラフィーシャ」
鏡を合わせたかのように、2人は手を掲げる。
同時に、同じ声で呪文を唱えた。
【【雷陣覇暁】】!!
2人の魔法が同時に炸裂する。
巨大な雷精の塊をぶつけ合った。
ラフィーシャは唱える。
【二重詠唱】【雷陣覇暁】!
さらに魔法を追加する。
負けじとアフィーシャも叫んだ。
【二重詠唱】【雷陣覇暁】!
【三重詠唱】【雷陣覇暁】!
ラフィーシャはさらに追加し、畳みかける。
【三重詠唱】【雷陣覇暁】!
両者の力は互角。
幾分ラフィーシャの方に余裕が存在した。
「頑張るわね、私の可愛い妹よ」
「そういう言い方やめてくれるかしら。虫酸が走るわ、お姉様」
「可愛い子……。でも、これでおしまいかしら」
【十重詠唱】【雷陣覇暁】!
ラフィーシャが放つ雷精が、恒星の爆発のように膨れ上がった。
あっさりとアフィーシャの魔法を飲み込み、術者に襲いかかる。
妹は咄嗟に防御魔法を唱えるが、些細な差しか生まなかった。
「きゃああああああああ!!」
悲鳴が上がる。
巨大な電撃がアフィーシャを貫いた。
白目を向き、褐色の肌をみるみる焼いていく。
もはやゲーム枠を越えた一撃は、体肌にまで影響を及ぼしていた。
どさり……。
乾いた音を立て、とうとうアフィーシャは倒れる。
肉を焼いたような薄気味悪い匂いが漂い、身体がわずかに痙攣していた。
体力ゲージはほぼ0に近い。
死亡判定がされていないことが、不思議だった。
おそらく、何かのスキルによるものだろう。
「初めて聞いたかしら、あなたの悲鳴……。随分と可愛いじゃないかしら。嫌いじゃないわ、アフィーシャ」
ラフィーシャは妹の首を掴む。
細腕にも関わらず、軽々と持ち上げた。
アフィーシャの顔を覗き込む。
自分と同じく、その表紙は焼けただれ、醜い姿になっていた。
「ちょっとやりすぎてしまったかしら」
ラフィーシャは満足そうに微笑んだ。
すると、アフィーシャの目が動く。
はっきりと、姉を捉え睨んでいた。
どうやらまだ意識はあるらしい。
何か喋ろうにも、全身が痙攣し、舌の先すら動かない状況だった。
「まあ、なんと反抗的なお目々かしら……。お姉様に向ける瞳ではなくてよ、アフィーシャ」
「…………」
「心配しないで、アフィーシャ。あなたは生かしておいてあげる。死ぬギリギリのところでね。……そんなこと出来るわけがないって顔をしてるかしら。出来るのよ、愚妹よ。なにせ私は、女神ですもの……」
ほっ――――ほっほっほっほっ!
再び哄笑が響いた。
すると、アフィーシャの口が動く。
ラフィーシャの腕に噛み付いた。
「いたたたた! この子、まだこんな力を!!」
「ふがふがががぁがが(なめてもらっては困るかしら)!!」
「鬱陶しい!!」
ラフィーシャは妹を蹴り飛ばす。
諸に鳩尾に入り、アフィーシャは白い冷気が漂う廊下を滑っていった。
しかし、それでも褐色のダークエルフは立ち上がる。
体の機能がほとんど動いていない。
意識も白濁としてきた。
それでも、アフィーシャの目には強い意志が宿り続けている。
裏腹に、その脳裏を覗くと、随分諦観した感情を持っていた。
――まったく……。何を突っ走っているのかしら、私。
客観的に見ても、馬鹿なことをしていると思う。
何を意地張っているのか、正直にいうと自分でもわからない。
ただ浮かんでくるのは、2つの馬鹿の顔だ。
ゲーム馬鹿と勇者馬鹿。
まさか、この2人に感化されたとでもいうのだろうか。
「……はあ」
ため息も吐きたくなる。
どうやら、自分が1番馬鹿だったらしい。
「まったく……。なんて野蛮かしら! そんなに死にたいのかしら……。だったら、望み通りにしてあげるかしら」
再び妹を猫のように持ち上げる。
呪文を唱えた。
エルフの魔法をだ。
女神の手に、紅蓮の炎が灯った。
「種族の魔法よ。これで死ぬなら、あなたも本望かしら。さようなら、アフィーシャ。我が愚妹よ」
ゆっくりと炎を顔面に近づける。
アフィーシャの鼻頭がチリチリと焼いた。
シャッ!!
鋭い音が響く。
同時に暗闇の中で、光が閃いた。
「ぎゃああああああああ!!」
下品な悲鳴を上げたのは、ラフィーシャだった。
腕を掴み悶えている。
アフィーシャを放り捨てると、ドクドクと鮮血を垂らし、1歩2歩と下がった。
乾いた音を立て、アフィーシャは倒れる。
薄い意識の中で、黒いコートがなびいた。
頭には黒いターバンを巻いている。
「貴様は!」
傷口を魔法で回復させる。
しかし、ゲーム側の魔法では回復しない。
リアルのダメージらしい。
慌ててラフィーシャは、エルフの魔法に切り替え、再生させる。
改めて、戦場に躍り出た男の姿を確認した。
途端、女神は顔を歪めて驚く。
「初めまして。――と挨拶でもしておくか、ラフィーシャ」
短剣が輝く。
顔には黒い眼帯を巻き、残った隻眼で女神を睨む。
水色の瞳には強い殺意を渦巻きながらも、凪の海のように透き通っていた。
「ドクトル・ケセ・アーラジャ! 貴様、なんでここに?」
「ボクもいるんだけど、叔母さん」
とおっ、と上の欄干から飛び降りる。
エルフの魔法で衝撃を吸収すると、軽やかに戦場に降り立った。
薄い紫の髪を払い、褐色の肌と大きな胸をこれでもかと見せびらかした女は、明らかにダークエルフだった。
「叔母さん……? まさかあなた――」
ラフィーシャと同じく驚いたのは、アフィーシャだった。
脳裏の片隅に残った朧気な記憶。
確かに一致する。
それは自分が生んだ子供の――成長した姿だった。
「パルシアなの?」
「そうだよ。久しぶりだね、ママ」
戦場とは思えないほど、快活な声が響き渡った。
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