第64話 ~ ここは俺1人でも十分だ ~
新作「その村人は、王都の「普通」がわからない」が始まりました。
もし良かったら後書き下から読んでみて下さい。
声を聞くよりも早くフルフルは理解していた。
血のように赤い髪に、虹彩まで赤く濁った瞳。
ダークエルフという種でありながら、その肌は褐色ではなく、灰色に近い。
豊満な胸部と臀部を見せつけるように、横に立つルナフェンの二の腕に押しつけていた。
蠱惑的に笑うと、より一層ゾッとする。
間違いない。
今、目の前にいる女が、新女神ラフィーシャだ。
「まるでゾ○マとシ○ーが一緒に並んでいるような光景ッスね」
このオーバリアントの世界に置いて、上位に位置する存在を前にして、フルフルは精一杯の笑みを浮かべた。
首筋に冷や汗を垂らしながらだ。
フルフルの発言は、恐れ多くも新女神の興味を引いたらしい。
「ぞーまとしどー? なに、それ? 呪文かしら?」
「そうッスね。まさに禁断の呪文ッス。それ以上、言わない方がいいッスよ」
「ふふふ……。前から思っていたけど、あなた本当に面白い子かしら」
まだ2、3言しか喋っていないが、1つ得心したことがある。
やはり、新女神はアフィーシャの姉だ。
会話をしていると、彼女と喋っているような気分になる。
特に、最初――マキシア帝国でマトーと組んでいた時と様子がそっくりだった。
違うのは個々人の今の立場ぐらいだ。
そのアフィーシャもまた、ブローチの中で目を細めていた。
珍しく眉間に皺を寄せ、汚らわしいものを見るかのように奥の歯を噛んでいる。
「ラフィーシャ……」
「久しぶりね、アフィーシャ。元気そうで何よりかしら」
「ありがとう、ラフィーシャ。妹のこの状況を見て、『元気そう』といえるのだから、いい感じに脳味噌が腐ってるようで、妹としては誇らしい限りかしら」
「ほら。やっぱり元気じゃないかしら。お姉さん嬉しいわ」
アフィーシャが姉からのファーストコンタクトを軽く唾棄する一方、そのラフィーシャは愉快といわんばかりに笑った。
やがて、赤い瞳をもう1度、フルフルに向けられる。
「さて……。愚妹との感動の対面はこれで終わるとして、フルフルちゃん……。私はね、あなたと戦うために来たのではないかしら」
「へぇ……。じゃあ、なんの用スか? フルフルはどっかの人使いの荒いご主人のおかげで、忙しくて手が離せないんスけど」
「それはいいことを聞いたわ。じゃあ、フルフルちゃん……」
私たちの仲間になる気はないかしら……。
フルフルの顔がピンと張りつめる。
正直、驚いていた。
この状況でリクルートしてくるとは、さしもの悪魔も予想はしていなかった。
それでも、悪魔は笑う。
単純に面白かったからだ。
一体、新女神がどういう評価で自分を仲間に引き入れようとしているのかが、気になった。
「理由を聞いていいッスか? あと、労働時間と給料。それと残業の有無と福利厚生について、きちんと説明してほしいッス。フルフルはブラックでは働かないッスよ。ブラック、ダメ絶対――ッス!」
「本当に面白い子……。何をいってるのか、さっぱりだけど」
「同感だわ」
ラフィーシャが笑えば、アフィーシャは肩を竦めた。
「で? なんでッスか?」
「そうね。あなたが面白いというのもあるけど……。それ以上に、あの勇者様が苦痛で顔を歪める姿が見たいというのが、本音かしら」
「ご主人……」
「私にはわかるわ、フルフルちゃん。あなたは、きっと私たち側の人間のはず」
「ラフィーシャたんの?」
「人間の苦痛、魂からの叫び……。それに性的興奮以上の快楽を覚えてしまう存在。違うかしら……」
「快楽……」
フルフルは唾を飲み込む。
その音を聞いて慌てたのは、アフィーシャだった。
「ちょ! フルフル! あなた……」
「確かにそッスね。ご主人が苦痛に呻く姿は魅力的ッスよ」
「あら? やはり馬が合うようね、私たち。さあ……。いらっしゃい、フルフルちゃん」
「でも、ベッドでフルフルのテクニックに悶絶するご主人を見る方が好みッス」
「はっ?」
「つまり、寝取られる側よりは、寝取る側が好きッスよ」
つまり――と説明しても、ダークエルフの姉妹はただ固まるだけだった。
横で、かつて最初の人間をたぶらかした堕天使が笑う。
「わかんないッスか? ご主人様の尻の穴から、屹立した一物の先まで全部――フルフルのものってことッスよ」
すると、フルフルは突如走った。
なんとラフィーシャとルナフェンに背を向け逃げ出したのだ。
「追うわよ、ルナフェン!!」
虚仮にされた。
新女神はそう思い、感情を高ぶらせる。
ルナフェンとともに、悪魔の背中を負った。
フルフルは物陰に逃げる。
「逃がさないわ!!」
角を曲がった瞬間、フルフルの大剣が飛んできた。
ガキィイイイィン、と甲高い音が鳴り響く。
受け止めたのは、ルナフェンだ。
こういうこともあろうかと、先行させておいたのだ。
「そんなみえみえの奇襲をするなんて、私の大好きなフルフルちゃんらしくないかしら」
「そうッスか。じゃあ、ご期待にお応えするッスかね」
角で待ちかまえていたフルフルは笑う。
ラフィーシャは一瞬、素の顔に戻った。
薄暗い空間に、ほんの刹那自分とは違う影が見える。
――いや、影だけじゃない。
オレンジ色の光が、ラフィーシャの肩越しに閃いた。
振り返ると、炎が渦を巻く。
宙に浮かび、飛竜のような炎を制御していたのは、黒いゴスロリ服を着たダークエルフだった。
「アフィーシャ!!」
ラフィーシャが叫んだ瞬間、ブローチから解放された妹は打ち放つ。
火塊が新女神を包んだ。
「ギャアアアアアアア!!」
胸を好くような悲鳴だった。
これまで何人も触れてこなかった新女神に、初めて攻撃が打ち込まれる。
それが、その妹のものであったことは、なんとも皮肉だ。
「ラフィーシャ!」
ルナフェンが慌てて駆け寄る。
なんとか炎は消したが、ゲーム設定の魔法では傷を癒すことができなかった。
アフィーシャが使ったのは、エルフの魔法なのだ。
ゲーム設定の魔法に比べれば、迫力に劣るが、リアルダメージを通したのは、かなり大きい。
「ちょっと……。解放するなら解放するっていってちょうだい、かしら!」
「ふははは……。でも、さすがッスね。フルフルのアドリブに対応するなんて。さすが、フルフルの運命共同体ッス」
「あなたとセット販売なんて真っ平ごめんだわ。でも――」
アフィーシャは苦しむ姉を見つめる。
どうやら直撃だったらしい。
だが、新女神とその魔王のコンビを相手するには、これぐらい出し抜かなければ、勝利はないだろう。
その女神はぐるりと紅の瞳を妹にぶつけた。
「アフィーシャぁぁぁぁあああ!!」
「ざまぁないかしら、ラフィーシャ。女神なんて胡座をかいているから、出し抜かれるのよ。本来、私たちダークエルフは人を出し抜く種なのにね」
苦しむ姉に、容赦なく嘲笑を浴びせる。
妹に一片の同情する気持ちはない。
魔法を撃った時も、本気で殺すつもりだった。
だが、そのことについては失敗した。
咄嗟に半身を庇ったのだろう。
右腕と右頬が焼けただれていたが、女神は立ち上がる。
苦悶に顔を歪める一方、復讐心を燃え上がらせ、その覇気は登場した時よりも凄まじいものになっていた。
1歩、妹に近寄る。
それを押しとどめたのが、ルナフェンだった。
「ラフィーシャよ、一旦下がれ」
「私に指図をするかしら、ルナフェン」
「お前には、お前のやることがあるはずだ。その顔で、今後の計画を進めるつもりか?」
優しく諭す。
説得が功を奏したのか。
ラフィーシャから漂ってきた殺意が薄れていく。
やがて、あの薄気味悪い笑みが戻ってきた。
「それもそうね……」
「ここは俺1人でも十分だ」
「任せるわ、ルナフェン。八つ裂きにして、その首――勇者の前に掲げてあげる」
ラフィーシャはふっと消えた。
現れた時と同じく、突然その存在がいなくなる。
フルフルは大剣を構えたまま笑った。
「『俺1人でも十分だ』ッスか。なかなかカッコイイ台詞を吐くじゃないッスか」
「言葉通りの意味だ。残念だが、格も、レベルも私の方が上だからな」
「なるほど。でもね、糞堕天使様。ゲームってのは、レベルがすべてじゃない。それを教えてあげるッスよ」
ゲーマー悪魔の目が、ギラリと光った。
魔王役に勇者の台詞をいわせる作者の作品は、こちらになります。




