第49話 ~ ぼくたちは世界にとって害悪なんだろ? ~
GWでもお仕事の人に捧げる(作者自身も含む)。
終章第49話です。
よろしくお願いします。
「ご武運をお祈りします」
伝聲石を持ってきた水兵はライカたちに向かって敬礼する。
表情には、若干悔しさが滲み出ていた。
カリヤの決断は、彼――いや、包囲するアーラジャ艦隊全員の総意ではないのだろう。
出来れば戦いたくない。
新女神と組むことに納得していない様子だった。
彼らからみれば、まだラフィーシャは得体のしれないダークエルフなのだ。
短艇をこぎ、水兵は味方艦に戻っていった。
【太陽の手】の余韻が残る荒れた波を、欄干から見下ろしていたドクトルは問う。
「本当に良かったのか、陛下」
横に立ち、ライカもまた同じ方向を見つめていた。
短艇の先には、アーラジャの艦隊がいる。
砲門を収めることはなく、静かにこちらに照準を向けていた。
「俺たちを差し出せば、少なくともお前たちは助かる」
「それは出来ない」
「何故だ?」
ドクトルは思わず詰め寄る。
珍しく崩れたポーカーフェイスを見て、女帝はつい笑ってしまった。
戦争をなくし、世界から悲劇を根絶する。
ライカがドクトルの前で言い放った世界を1つにするという誓いだ。
その壮大な理想には、多くの困難がつきまとう。
大事な人間を、パートナーを切り離す場面に直面することもあるだろう。
そして今がその時なのだ。
たとえ今、ドクトルがこの世から消滅しても、ライカさえ残っていれば、その理想を達成することができる。
肝心なのはその意志を引き継ぐことなのだ。
長い時間をかけ、“利”と“信”を説けば、アーラジャも必ずライカの考えに賛同する。
ドクトルはそう考えていた。
だから、ライカの決断は若く島育ちの元首には意外だった。
きっと彼女も同じ事を考えたはず。
それでも、ドクトルと共に歩むことを決断した。
自殺に等しい茨道に何故、女帝は踏み込んだのか。
その理由を教えてほしかった。
「大した理由ではないよ、陛下」
「あの決断の理由が大したものではないことはあるまい」
「笑わないでいただきたい」
「……約束しよう」
ドクトルは頷く。
真剣な顔でだ。
ライカは少し困ったような顔をした後、曇天の空を見上げた。
「宗一郎なら、そうすると思うからだ」
「それだけ、か?」
予想通り、ドクトルは困惑する。
欄干に身体を預けつつ、女帝の横顔を見つめた。
「宗一郎はわたしの一部だ。この胸の中に収まっている勇者の魂が、そうしろと叫んでるんだよ」
「ふははははは……!」
堪えきれず、ドクトルは身体をくの字にし笑った。
白波に濁る海に気持ちよく響き渡る。
あらかじめ笑われるのを覚悟していたが、やはり恥ずかしい。
マキシア帝国という最大最強のトップの決断が、心に秘めた男の想いからなのだ。
見方を変えれば、それは最高の無責任なのかもしれない。
けれど、それがライカの素直な気持ちだった。
「愛しているのだな、勇者を」
ドクトルから吐き出された言葉に、ライカは少し戸惑う。
感情のないゴーレムにすら映る島国連合の元首から、「愛」などという台詞が出てきたのだ。
ライカも思わず口元を緩めてしまった。
「ああ……。今、こうしてる時でも、宗一郎のことが頭に浮かぶ」
アーラジャ艦隊の頭上の空が徐々に明るくなってくる。
すると、雲の切れ間が現れた。
かすかに見える青空を眺めながら、久しく会っていない勇者の姿を思い浮かべるのだった。
◇◇◇◇◇
「愛……」
談笑する自分の元首とマキシアの女帝を見ながら、パルシアは呟いた。
胸に置いた手をキュッと握る。
ドクトルは、ライカの前では表情が変わる。
無機質な心が、どんどん人間へと戻っていっているような気がした。
不意に訪れた疎外感に、パルシアは棒立ちになる。
そして「愛」という言葉……。
ダークエルフの島【エルフ】で調べて、その言葉の意味がはっきりわからなかった。だから、島を出て、その意味を知ろうと思った。そしてドクトルに出会った。
今、そのパートナーとなった男の子は、はっきりといった。
愛してるのだな、と……。
聞いたこともないほど、自然にだ。
不意にパルシアの中で欲が渦巻く。
何故、今その言葉を使ったのか、と。
そう問いただしたかった。
だが、2人の間には入りづらかった。
――うーん。なんだよ、この気持ちは……!
ついに胸を抑える。
幾度かこういうことはあった。
1度目は覚えている。
ドクトルに初めて「結婚しろ」と言われた時だ。
でも、あれとは少し違う。
そう――少し痛い……。
パルシアは首を振って、思考をはねのけた。
今考えるべきことはいかにして、この逆境を覆すかだ。
そのためには1つしかない。
ダークエルフの自分にしか出来ないことだった。
◇◇◇◇◇
とうとうアーラジャ艦隊の船に交戦旗が上る。
潮風に乗って、火薬の匂いがここまで漂ってきた。
総攻撃はもうまもなくだ。
号令がかかれば、一斉に砲門が火を噴くだろう。
そうなれば、動けない軍艦など一溜まりもない。
ライカは欄干を強く掴む。
タイムリミットだ。
何か策はあるのではないかと考えを巡らしたが、何も出てこなかった。
ドクトルも同じだ。
悔しそうに唇を噛み、隻眼でアーラジャ艦隊を睨んでいる。
「ドクトル……」
不意に明るい声が聞こえた。
ドクトルは振り返る。
相棒が立っていた。
その褐色の肌は、若干赤くなっているようにも見える。
手を後ろにし、少し身体をゆすりながら近付いてくると、こういった。
「ちょっと恥ずかしいんだけどね」
ふわりと森の匂いが鼻をくすぐる。
パルシアは顔を寄せると、軽くドクトルの頬にキスをした。
「アイシテル……」
「パルシア、お前……」
「ううん。なんでもないよ、ドクトル。ただ言ってみたかっただけさ」
すると、パルシアは呪文を唱えた。
ダークエルフの魔法だ。
いつぞやの島で見たように、その身体が宙に浮く。
「お前! 何をしようとしている!」
「さあね。……ぼくもわからないよ」
それでもぼくは、君を守らなくちゃと思ったんだ。
パルシアの瞳に滂沱と涙が流れた。
その目を拭い、ダークエルフの女はきっと艦隊を睨み付ける。
魔力を解放し、全力で艦隊の方へと飛んでいった。
「パルシアぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!」
背中でドクトルの声を受けた。
パルシアは振り返らない。
ただ払った涙が、キラキラと空に輝く。
そして怒りの形相を艦隊へと向ける。
「ドクトルはぼくが守る!!!!」
あっという間に艦隊に接近する。
船檣に上った船員と目があった。
いきなり船に接近してきたエルフを見て、誰もが驚いている。
注目を受けるど真ん中に、パルシアは降り立つ。
呪文を唱えると、炎を放った。
炸裂音と人間の悲鳴が弾ける。
一瞬にして甲板は火の海になった。
黒煙をあげる船を見て、他の艦船も慌ただしくなる。
「さあ、ここにダークエルフがいるよ。ぼくたちは世界にとって害悪なんだろ? だったら、早くしないとお前たちの国を食っちゃうよ!」
炎の中に浮かぶ黒き妖精。
自嘲気味に浮かべた薄笑は不気味であり、この世の悪たる顔をしていた。
前々からタイトルとあらすじに気になるところがあって、
ブラッシュアップしてみました。




