第44話 ~ お前は俺の嫁だろ? ~
新作『最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、無敵の冒険者となり伝説を歩む。』が、ハイファンタジー日間5位まできました。
そちらもよろしくお願いします(※ 最新話は20時投稿予定)
世界を変えるために、マキシアという国を差し出す。
その言葉は、側にいたゼネクロの耳にもしかと届き、忠臣の心を動揺させていた。 国の命を差し出す――それを元首自らの口から聞いたからではない。
絵空事のような決意を、ライカ・グランデール・マキシアが、本気で言っていると気付いたからだ。
ライカは本気だった。
女神システムが崩され、世界からモンスターがいなくなった。
代わりに訪れたのは、人が人の血で洗うような戦乱だ。
ライカ自身、産まれる前のことであったため、人戦というものを知らない。
だが、そこに身を置いてきた戦士たちから、その無惨さを残酷さを、悲劇を聞いている。
時間を元に戻すわけにはいかない。
人の血が流れるのを。
多くの人間が悲しみを背負うのを。
孤独な遺児を産まないようにするためにも。
強く……。強く、女帝は思う。
何より、この混乱こそが新女神の狙いなのだ。
そのためにどうすればいいか。
むろん、ラフィーシャを打倒する。
それはもちろんではある。
では、その次は?
戦争のない世界を作るにはどうすればいい。
そう――考えた時、ライカは1人の顔を浮かべる。
宗一郎だ。
異世界で産まれ育った強い意志。
それは個人の資質も重要だろう。
だが、あの純真な魂を磨いた社会基盤――「国」も、重要なキーになる。
少なくとも、マキシア帝国という国で、あのような人材は産まれない。
故に新しい社会体制。
政治体制が必要なのだと、ライカは気付いた。
その詳細は、女神討伐の後に行うとして、必要なのは人だった。
対等な立場から、自分の信念についてこれる人材。
それはロイトロス、ブラーデル、そしてゼネクロではダメだ。
新しい価値観を知っている人間でなければならない。
ライカはようやく見つけた。
直感的なものだったが、話を聞き、剣を交え、ここに至った。
「それがそなただ。ドクトル・ケセ・アーラジャ」
「新しい政治思想だと……」
「そうだ。弱き者も強き者もない。全員が手を取り合うシステムが必要だ」
そう――。
カールズの遺室にある1枚の絵画。
すべての種族が笑って過ごせる世の中が必要なのだ。
「世迷い言を……」
「我が瞳をもう1度見ろ、ドクトル。私の目は嘘をいっているように見えるか」
ドクトルは隻眼を通して、ライカの瞳を見つめる。
強い紺碧の目は、朝方の湖水のように純粋な光を放っていた。
嘘はいっていない。
しかし、本気であればあるほど、ドクトルは恐ろしくなっていった。
惹かれていく。
どうしようもなく。
自分よりも一回り年下の若き女帝に。
目の前に差し出された手を取りたくなる。
彼女が思い描く未来に。
「お前なら、俺の母を救えたのか?」
「なに?」
「ドクトル!! 伏せて!!!!」
瞬間、炎が側で沸き上がった。
反射的にライカは回避する。
マントの一部焼け焦げただけで済んだが、突如噴き上がった炎に驚きを隠せなかった。
顔を上げる。
黒い肌をした女が炎を纏い、傾く甲板の上に立っていた。
「パルシア!」
「エルフの魔法か」
ドクトルが驚き、ライカが顔を歪める。
「耳を貸しちゃダメだよ、ドクトル」
「しかし――」
ドクトルはライカの手を見る。
一方、マキシア女帝は眉間に皺を寄せ、パルシアを睨んだ。
「本性を現したな、ダークエルフ」
「本性なんて関係ないよ、陛下。まあ、そう思うのはそちらの勝手だけどね」
「私とお前の元首は手を取り合おうとしていた。邪魔をするな」
「ドクトルは渡さない!」
「パルシア、寄せ!!」
ドクトルが引き留めるが、彼女は聞かなかった。
エルフの魔法言語を紡ぐ。
周囲を回っていた炎の弾が射出された。
甲板上を滑るように移動すると、ライカに襲いかかった。
「ふん!」
一閃する。
魔法で作られた火塊が縦に割れた。
「な――」
ダークエルフの顔が驚愕に歪んだ。
彼女だけではない。
ドクトル、そしてお付きのゼネクロも、魔法の炎を斬ったライカの剣圧に驚いた。
無理もない。
まだオーバリアントには、旧女神のシステムが残っている。
スキルと、魔法。
だが、それは女神システムによるものであって、古来から世界に存在したエルフの魔法とか体系が異なる。
いかな高レベルの騎士とはいえ、魔法の炎を斬ることは容易いことではない。
それを可能にしたのは、ライカ本人ですら気付いていない身体の変化だった。
つまり、魔術化……。
仮とはいえ、悪魔と契約を結び、何より多くの時間を宗一郎とともにした。
そして何度も契りを交わした。
こうした積み重ねによって徐々にだが、ライカは魔術師の身体になっていった。
むろん、今すぐ魔術を使えるというわけではない。
魔術耐性は他のものと比べても格段に上がっていた。
「くっ」
普段ケラケラと笑っているパルシアの顔が歪む。
さしものダークエルフも理解不能だった。
魔法を剣で斬り飛ばす姫騎士。
この世にある政治体制を変えようとする指導者。
そして、恋人の心を一瞬でも奪った女。
最初から好きになれなかった。
この女帝はどこか同じ匂いがしたんだ。
――そうだ。ぼくを見ているようで見ていない。
その先にしか興味ない瞳は、どこかあの人にそっくりなんだ――。
その言葉を聞けば、ライカはさぞかし怒っただろう。
パルシアが見ていたのは、自分の母――アフィーシャだった。
「パルシア! 来るぞ!!」
ドクトルの声によって、我に返る。
気付けば、ライカが海風のような速さで突撃してきた。
炎で迎撃する。
怯まない。
それどころか、さらにスピードをあがる。
パルシアとライカにあった距離は、一瞬にして詰められてしまった。
ライカの細剣が鈍く光る。
ギィン!
激しい金属音が甲板上を震わせる。
ダメだ、と諦めたパルシアはそっと瞼を開けた。
目の前にいたのは、ドクトルだった。
ライカの剣を寸前のところで、ナイフで受け止めていた。
「ドクトル、なんで?」
「? ……気が狂ったのか、パルシア? お前は俺の嫁だろ?」
さらりという。
聞いた瞬間、パルシアは心底をホッとした。
目頭が熱くなる。
吹き出しそうになった涙を、ダークエルフは堪えた。
怖かったのだ。
ドクトルがライカに取られることが。
単純な感情だった。
ただダークエルフは、ドクトルが取られるのが嫌だったのだ。
一方、ドクトルは必死に剣を受け止めながらも、ライカに尋ねた。
「約束しろ、ライカ・グランデール・マキシア」
「何をだ?」
「お前が作る新しい世界に、パルシアの居場所を与えると」
我慢の限界だった。
パルシアは涙する。
この極限の中でも、ドクトルは変わっていない。
相変わらず、パルシアのことを想ってくれていたのだ。
ライカは力を抜く。
そっと剣を引き、鞘に収めた。
「むろんだ、元首」
それはカールズの望みだった。
あの絵の中にある空白部分。
そこに収まるはずだった種族もまた、オーバリアントにいる大事なものの1つだった。
ドクトルはナイフを捨てる。
隻眼を上げ、ライカに言った。
「わかった。島国連合はマキシアに降る」
こうして、マキシアと島国連合の戦いは終わりを告げるのだった。
土壇場でいちゃいちゃ始めるのか……。




