第38話 ~ また遊ぼうよ ~
終章第38話です。
帝都の住民の1人ルールトは、酔っていた。
小さな鍛冶場を営む彼の楽しみは、なんと言っても酒だ。
夜遅くまで鋼を打ち、飲み屋が閉まるギリギリに入店して、ほろ酔いになるまで酒を呑む。
それが日課だった。
昨今の戦機運のおかげで、売上は上がっている。
人の命が奪われることは悲しいと思うが、いつもよりも高い酒を頼めることは、辛党としてはありがたかった。
フラフラとよく知る通りを歩き、家へと向かう。
いつも決まったルート。これも日課の家だった。
ところが、今日に限って兵隊が道を封鎖していた。
このところ、帝都には厳戒態勢が敷かれている。
戦が近いからだろう。
仕方なく別ルートを選ぶ。
子供の頃は遊び回った場所だ。
裏道はいくらでも知っている。
石畳の出っ張りに躓く。
バランスを失うと、ルールトは近くの家に突っ込んでしまった。
「いてて……」
したたかに打った頭を抱える。
やってしまった、と壊れた木のドアを見つめた。
素直に家人に謝ろうと思い、辺りをうかがう。
火が消えた炊事場があった。あまり使われていないらしい。火の臭いがしない。少なくとも最近使ったことがないようだ。
一向に人は出てこない。
あれほど盛大な音を立てたのにだ。
空き家だろうか。
だとしたら、もったいない話だ。
最近、帝都の地価が上がっている。
新しい神様とやらの託宣によって、マキシアはすっかり悪者扱いされ、帝都から離れる者が多いが、結局戦となればマキシアが強いと見る考えがあり、遠くから移住してくるものが後を絶たない。
ルールトが住んでいる場所の近くも、ほとんど埋まってしまった。
空き家があるというなら、ルールトの耳に入ってもおかしくないはずだった。
思い切って、中に進んでみる。
もう酔いも冷めていた。
奥へと進む。
足を踏む度に、床が奇妙な音を立てていた。
ドアを見つける。
念のためノックするが、やはり反応はない。
「お邪魔します」
中へと入った。
「なんだ、これはっ!」
ルールトは息を呑んだ。
みるみる瞼が開いていく。
力が抜け、膝を折ると、頭を抱えた。
◆◆◆
馬に跨がった女帝ライカ・グランデール・マキシア。
魔導具を掲げたアーラジャ元首にして島国連合代表のドクトル・ケセ・アーラジャ。
2人は睨み合った。
互いの闘気もしくは怒気が空気に交じり、妙に熱い。
間に入ったゼネクロの首筋には汗が走り、飄々とした表情のパルシアの背中でさえ、しっとりと濡れていた。
一色即発。
その中を一陣の海風が駆け抜けていく。
塩気を含んだ空気が、2人の国の代表の髪を揺らした。
「何が望みだ?」
先に口を開いたのはライカだった。
ドクトルは全く表情を動かさず、こういう。
「俺たちを認めろ」
「島国連合をか?」
「違う。弱き者を、お前たちが長年虐げてきた者たちを認めろ」
「どう認めろ、と?」
「強者として……」
「まるで自分たちが強者ではない言い方ではないか」
この場でもっとも強いのは、紛れもなく【太陽の手】の起爆装置を握ったドクトルだ。
現に、ライカともゼネクロも飛びかかろうとはしない。
「強さとは他人が認めてこその強さだ。恐れ戦き、圧倒され、何者も侵しがたいと思うからこそ、強さは意味を持つ。俺はそう思っている」
ドクトルは言い切る。
言葉に対して、揺るぎない自信がある言い方だった。
だが、ライカは鼻で笑う。
「まるで子供だな」
「なんだと……」
ドクトルは眉をひそめる。
「そなたは何を恐れる……」
「…………!」
「何に戦き、何に圧倒され、何者に侵されたというのだ」
「だまれ」
「そなたは今、【太陽の手】という最強の攻撃手段を持っている。なのに、何故そうして怯える。私には部屋の角で震える子供にしか見えないぞ」
「黙れといっている、女帝!!」
これが見えないのか、と起動装置を掲げた。
緊張が走る。
ぐっと我慢していたゼネクロが、いよいよ息を呑んだ。
しかし、マキシア帝国初の女帝は、冷静に年上の若き元首を見つめていた。
「押すがよい、元首」
「な――」
「いいのかい、お姫様」
口を噤む元首の代わりに、パルシアが問うた。
見せつけるかのようにライカはゆっくりと頷く。
「良い。私には元首が、その引き金を引けるような勇敢な者とはとても思えぬ」
「あはははは……。そうだね。ぼくが仕える元首はとっても優しいんだ」
「なら、どうする、ダークエルフ」
「そうだね。こうするしかないね」
すると、パルシアはドクトルから起爆装置を取り上げてしまった。
「パル――」
「ごめんね、ドクトル。やっぱ君には荷が重いと思うんだ」
だから――。
パルシアは起爆装置を押した。
ためらいもなく――。
瞬間、北の方で光が見えた。
しばらくして、轟音が響く。
強烈な風が海風を押し返すように海へと吹き抜けていった。
港湾にあった空樽を舞い上がり、家々の窓を激しく揺らす。
しばらくして収まった。
【太陽の手】が使われたのは間違いない。
だが、光の方向が見当違いだった。
爆心地も随分手前だ。
「やっぱりね」
乱れた髪を直しながら、パルシアは口角を上げた。
「帝都に仕掛けていた【太陽の手】は、とっくの昔に見つけていたというわけだ」
「魔導兵器を使って、一都市を躊躇なく破壊してしまうような相手だ。帝都に仕掛けないわけがないし、交渉の際の切り札にしかねない。幸い、ウルリアノ王国から【太陽の手】の設計図はもらっていたから、形状もわかっていた」
「それでもよく見つけられたものだ。あんなに広い帝都なのに」
ライカはマントを広げた。
見せつけるかのように、マキシア帝国の国章を見せつける。
「舐められたものだな、マキシアも」
ふん、と女帝は鼻を鳴らした。
「お前たちは誰と戦っていると思っているのだ。マキシア帝国最大版図にして、オーバリアント最強の国家を相手にしているのだぞ。たかが一兵器を保有したからと、対等などとおこがましい!」
痴れ者が! 分際を弁えよ!!
一喝する。
戴冠して1年足らずとは思えないほど、王者の風格を漂わせていた。
対して、ドクトルは唇を噛む。
まざまざと国主として格を見せつけられたのだ。
己の未熟さと、対峙する者の強さに一瞬でも魅入られてしまった己を呪った。
決着は着いた。
その空気の中で聞こえてきたのは、拍手だった。
「さすがはライカ女帝だね。いやー、ドクトル。君も、そしてぼくもまだまだ未熟者だったみたいだ」
「うるさい!」
「さて。どうする、ドクトル。このままお縄につく」
パルシアはケラケラ笑いながら問うた。
ゼネクロは眉をひそめる。
後ろの衛兵も槍を向け、2人を囲んだ。
「貴様ら、まさかこの状況で逃げられると思っているのか?」
「生憎、ぼくたちは逃げるのも得意でね」
パルシアは懐から先ほどとは違う起動装置を取り出す。
「まだあるのか!」
「ご心配なく。これは【太陽の手】のじゃないよ」
ボタンを押し込む。
瞬間、大きな音が港湾に響き渡った。
爆発を疑ったがそうではない。
おそらく音だけを出す魔導具なのだろう。
「なにが――」
陽動かと思ったが、2人は逃げない。
むしろ何かを待っているような気がした。
ライカも馬上から辺りを伺う。
つと海の方に目をやった瞬間、何かが光った。
ゼネクロも同じく目撃する。
ついで甲高く、伸びのある音が近づいてきた。
「まさか――」
「艦砲!!」
ばあああああああああああんんんんん!!
派手な音が貫く。
港湾にあった積み荷を吹き飛ばした。
火がついた樽が、ライカの近くに落ちると、今まで平静だった馬が飛び上がる。
うまく手綱を捌くと、なんとか落ち着かせた。
「しまった!」
ゼネクロが叫ぶ。
ドクトルとパルシアの姿が消えていた。
艦砲に気を取られた隙に、逃げ出したらしい。
だが、2人の姿は割と近くにあった。
大きな木箱の上に登り、ライカたちを見下げている。
「陛下、会えてよかったよ。とっても楽しかった」
「私はあまり楽しめていないが」
「それは仕方ないかな。一応、ぼくはダークエルフだからね」
パルシアは首を竦めた。
「パルシア、ドクトル元首。我々は相容れないのか?」
「俺は矛を下ろすつもりはない。お前たち、マキシアは我ら島国連合の敵だ」
より一層苛烈に、ドクトルはライカを睨んだ。
どこか野性味を感じる。
これがドクトル・ケセ・アーラジャの素顔なのだろう。
さらに艦砲が港町を襲う。
すでに町の方では騒ぎになっていた。
「じゃあね、陛下。また遊ぼうよ」
「…………」
パルシアは手を振り、ドクトルは黙って姿を消した。
ゼネクロは追撃を命じるが、ライカは抑える。
代わりに、港町の鎮火に協力するよう旨を伝えた。
「危ないことをする。一つ間違えば、自分たちが巻き込まれるかもしれんのに」
「最後の手段とはそういうものだろう。それよりもゼネクロ、行くぞ」
「は? どこへ?」
「決まっている」
洋上だ。
葵の御紋とか見せればいいのかな?




