第37話 ~ 本当にぶっ飛んでるヤツ ~
終章第37話です。
ドクトルとパルシアは、庁舎を抜け出し、夜の港町を港湾の方へ向かって走っていた。
お供はいない。2人だけだ。
部下を置いて、敵前で背中を向ける君主の姿ほど、恥ずかしいものはいない。
だが、ドクトルは生粋の覇王ではなかった。
彼にとって、家臣は駒でしかない。
だから、迷いも後ろめたさもなく、町を離れることに躊躇はなかった。
連れてきた家臣はほとんどが文官だ。
逃げる時にお荷物になるのは目に見えていた。
なるべく裏通りを選びながら、闇に乗じる。
幸い庁舎から港湾まで、さほど距離はない。
もう少しというところで、背後から複数の馬の蹄が聞こえた。
ドクトルたちを抜かすと、巧みな手綱さばきで馬頭を返す。
相手は5人だ。
そのうち3人は、バダバを守る衛士だろう。
肩の辺りに、マキシアの紋章が刻まれていた。
残り2人を見て、ドクトルは目を細める。
1人は馬から下り、残りは馬上からアーラジャ君主を見下げた。
海の方から風が滑ってくる。
やや肌寒い海風は、長い金髪と帝国の赤い紋様が入ったマントをなびかせた。
「ライカ・グランデール・マキシア……」
呪いでも込めるかのように、ドクトルはフルネームを呟く。
苦虫をかみつぶした顔を浮かべる。
一方で、マキシア帝国女帝は、凜々しい容貌を一片たりとも変えず、口を開いた。
「面白いところで会いますな、元首」
「ええ……。そうだな」
「夜も更けぬこんな真夜中に、どちらへいかれるおつもりですか?」
「夜風に当たりに、というのはどうかな、ライカちゃん」
ドクトルの代わりに答えたのは、パルシアだった。
ダークエルフ故か、それとも元々もった資質か。
緊迫する場面でも、笑顔を絶やすことはない。
横で見ていたゼネクロからすれば、釘が1本抜けているとしか思えなかった。
ライカは決してドクトルから目を離さなかった。
じっとアーラジャ元首を睨む。
「元首……。お戻りを。今宵、お供も付けずに出歩くのは大変危険かと」
「ほう。理由を教えてくれ、陛下」
ライカの表情はようやく変わる。
形のよい眉を動かすと、目を細めた。
「ならば、余計庁舎にお戻りになった方がよろしいかと」
「もったいぶるなよ、女帝」
「貴様! いい加減その無礼な物言いはやめたらどうだ?」
ゼネクロが怒鳴る。
勇ましい歴戦の勇士の怒りでも、ドクトルは眉一つ動かさず、ライカを睨んだ。
「何故だ? 俺とて一国の主だぞ。我々は同じ席についている以上、対等であるはずだ」
「笑わせるな! たかが100年にも満たない都市国家が、オーバリアント最大の版図を持つマキシアと対等だと」
「ゼネクロ!」
ライカはいさめる。
鞭のような言葉に、老兵はぐっと堪えた。
だが、怒りは収まらない。
若い元首を睨んでいる。今にも飛びかからん勢いだ。
「失礼。化かし合いはやめましょう」
「今までの化かし合いだったとはな。随分、余裕がある緊急事態なのだな」
「この――」
「ゼネクロ……」
一瞬、殴りかかろうとしたゼネクロを、ライカは馬で遮った。
依然として馬上から降りず、ドクトルを見下げる。
「元首と同行しているアーラジャの商務副大臣ホセ・ブレリンカが何者かに襲われました」
「へぇ……。で、ホセくんは無事なの」
対応したのは、パルシアだった。
「……はい。現在、安全な場所へ私の部下が移送している最中です」
「それはお手数をかけてごめんね、陛下。じゃあ、こっちに引き渡してもらえないかな。ホセくんは、とっても優秀なぼくたちの国の大臣なんだ」
「それは出来ません」
「なんでなんで? ホセくんはアーラジャの副大臣だよ。引き渡すのが筋ってもんじゃないかな?」
「副大臣はあなた方のところには戻らないと。どうやら、今回の暗殺はあなた方が仕組んだことではないかと考えているようです」
「ふーん。でもさ。それをぼくたちに信じろっていうのは、無理じゃない? 出来れば、ホセくんと直にあって事の真相を確かめたいなあ」
はあ……。
ライカは深いため息を吐く。
これ以上、何をいってもとぼけるだけだ。
化かし合いという点において、ダークエルフに勝てるとは思えなかった。
「これ以上の論争は時間の無駄のようですね」
「そうでもないよ。互いを信じ合えば、道は開けるさ」
ダークエルフがいうのか……。
「ホセを返さないというのであれば、マキシアは国家ぐるみで我が国の大臣を誘拐したと喧伝することになるがよろしいか?」
「なんだと! 我が国の港町に爆薬を仕掛けておいてよくいう!」
憤ったのはゼネクロだった。
老兵の言葉に、ドクトルとパルシアの表情が変わる。
特に――常に笑顔を絶やさなかったダークエルフから一瞬、笑みが消えたのは印象的だった。
「すでに人をやって撤去させている。いよいよ進退窮まりましたよ、元首」
「ふーん。バレバレか。結構、巧妙に隠していたんだけどね」
やれやれと首を振り、肩をすくめた。
衛兵、そしてゼネクロが包囲の輪を作る。
だが、2人は慌てた様子はない。
一斉に飛びかからんという距離まで迫った時、ドクトルは懐から何かを出した。
「動くな!」
警告する。
何か魔導具の一種だろうか。
ライカは門外漢なのでわからないが、エルフが使う古代の言葉が刻まれていた。
その魔導具を、ドクトルは掲げる。
「なんじゃ、それは?」
「ゼネクロ、動くな」
警告を無視して動こうとする老兵を、ライカ自らたしなめる。
うまくは説明できない。
勇者とともに、希有な冒険をしてきたからだろうか。
その魔導具からは、今までにない危険性を感じた。
「うーん。良い勘してるね。さすがは勇者とともに旅をしてきただけはある」
「茶化すな、ダークエルフ。それはなんじゃ?」
にぃ、とパルシアは口端を歪めた。
そしてはっきりとこう言った。
「遠隔起動装置っていえばいいのかな? 簡単にいえば――」
【太陽の手】の起動装置だよ。
「【太陽の手】の!」
「そそ。結構作るのを苦労したんだよって言いたいところだけどさ。お姫様は見てるんだよね? 実際【太陽の手】が使用されているところを」
ライカは1度、チマヌ山脈で使われたのを目撃している。あの凄惨ともいえる光は、いまだに忘れられなかった。
「【太陽の手】を作ったダークエルフはさ。本当にぶっ飛んでるヤツでね。あのおっかない兵器でも手に余るのに、それをどこにいても起動させることが出来る魔導具とか作っちゃったんだよ」
そういえば、とライカは思い出していた。
ドーラのギルド所員がマフイラが、エーリヤなるダークエルフが遠隔地から【太陽の手】を起動しようとしていた――と。
「はったりだ! 陛下、下知を!」
ゼネクロは今にも飛びかかりそうだったが、ライカは抑えた。
話が真実なのだとしたら……。
ライカは考える。
仮に【太陽の手】を仕掛けるとすれば……。
1つは港町バダバになるだろう。
自分の手元に置けることと、何よりマキシア皇帝であるライカがいる。
向こうはライカが手練れだと知っているから、暗殺者を送り込むよりも、町1つ破壊した方が早い。
ドクトルならそう考えるだろう。
だが、リスクは大きい。
何より元首がいるからだ。
なら、他の都市と言うことにもなるが、1番皇帝を脅しやすいとなれば。
思った瞬間、ぞっと背中に怖気が走る。
憎々しげに、アーラジャ元首を睨んだ。
「まさか……。ドクトル」
「表情が変わったな、女帝殿。ようやく貴様の素顔を目にしたような気がするぞ」
ドクトルは不敵に微笑む。
同時に、ライカは確信した。
【太陽の手】を仕掛けた先――それは。
「貴様、帝都に仕掛けたのか!?」
皇帝の怒りは、海風とともに辺りのものを吹き散らした。
まあ、そうなるよね。




